あの人が難しい顔をして、媽媽のお部屋から出てきた。
回廊の隅に隠れて、曲がり角から目だけを出して様子を伺ってた私は、慌てて陰に引っ込んだ。
何だか嫌だったんだもの。
媽媽のあの目、早く出てお行きなさいっていう目。
さっきまでは怒ってるあの人に腹が立ったし、私のせいじゃないのにって思ってたけど。
私の事を知っている人なら一緒にいても気にならない、嘘じゃないけど、本心だったけど、でも。
部屋を出たあの人は大きく息を吐いた。
媽媽のお部屋の前に立っていた叔母様と言葉を交わして、回廊をまっすぐこっちに歩き始めた。
王妃媽媽の御部屋を出で、守りの叔母上に声を掛ける。
「ではな」
「お話はあったか」
叔母上はそれだけ問うた。その問いに頷く。
「伺った」
「どうして差し上げようもない」
「そうだな」
俺は大きく息を吐いた。
「俺は怒鳴って罵れるだけ楽だった」
「分かったなら控えろ」
「・・・ああ」
武閣氏隊長、王妃媽媽付き筆頭尚宮の顔に戻った叔母上に顎を下げ、回廊を歩き出す。
角を曲がり足を止めずに、あの方の前を静かに通り過ぎながら言う。
「ついて来て下さい」
「・・・ばれてたの?」
あの方はそう言うと俺の後ろから、足音を響かせながら急ぎ足でついてくる。
回廊を歩ききり、皇庭を突切り、東屋まで来て俺は足を止めた。
後ろのこの方はこの足に遅れまいと、最後はほとんど 駆けるようについて来た。
足を止めたこの方に振り返り、その目を見る。
「あなたにまず詫びを。そして二度とせぬと約束を。
済まなかった」
俺の青臭い悋気など、畏れ多くもあの御二人に比べればまるで子供の駄々。
本当の痛みとは声にも出せぬ処に深く沈み、身を心を痛めつけるものだった。
御二人から羨ましいと、気持ちが分かると言われるほどに。
裏の御二人の気持ちを拝察するほどに、己の器の小ささを指摘されているようだった。
あの時壁を殴りつけた拳で今己を殴り、目を醒ます時だ。
俺は固く目を閉じそして開いた。
これから御二人に出来る事は何だ。
俺が、そして俺達が。
これ以上御二人の御心を乱すことなく、その安寧を御守りするために出来る事は。
東屋にかかる橋の袂。
目の前に佇むこの方の口から、弾む白い息が雲のように湧き上がる。
「医仙」
本当に久々にそう呼んだ声に、驚いたようこの方が 目を見開いて俺を見た。
「医仙」
その呼び方に私は驚いて目の前のこの人の顔を見た。
どれだけ久し振りに、そう呼ばれたんだろう。
「・・・なに?」
その他人みたいな声にようやくそれだけ答えると、この人は少しだけ考えるように下を向き、そして目を上げて私に聞いた。
「此処だけの話です。 医仙の御為にも一切の他言無用」
何なのよ。そう怒鳴りたい気持ちを押さえて私は頷く。
「分かった。なに?」
「媽媽はこの後、御子を授かれますか。医仙の診立ては如何ですか」
その突然の問いかけに呆気にとられ、私はあなたの顔を見た。
今、それしか確認できん。
継嗣がいらっしゃらぬからこんな事態になるのだ。
御子を授かれば、周囲も多少は追撃の手を緩めよう。
そこに望みを掛けるしかない。一日も早く、御二人がまた穏やかに御幸せになるには。
そしてどの側妃よりも、王妃媽媽に御子が授かるのが最も良い道に決まっているのだ。
だから俺のあなたとしてではなく、 高麗の医仙に伺いたい。
天界の医術を持つ高麗の医仙のその診立てを。
医仙として、その名に誓って教えてほしい。
医仙であるこの方は首を傾げる。
「不可能ではないと思う。不妊症ではないし。
確かに婦人科系がお丈夫ではないから、ご懐妊の前後は周囲の注意や配慮が必要だけど。
何故そんなこと訊くの?媽媽と何をしてたの?」
「医仙としてそう言えますね。不可能でないと」
重ねてそう訊く声に、この方は不審げに頷きながらじっと俺を眺めた。
急にこの人を呼び出した媽媽。私が出て行く時の態度も変だった。
人払いしたお部屋で、媽媽と2人きりだったこの人。かなり長い時間出て来なかった。
そして出て来て、急に媽媽のご懐妊について、医仙と他人行儀に呼びながら尋ねるなんて。
心臓がどんどん嫌な音で鳴る。
信じてる。そんな事、地球がひっくり返ったって絶対に起こるわけない。
起こるわけないじゃない。
あれだけ王様を愛していらっしゃる媽媽。
私を愛してくれてるこの人。
叔母様だって、部屋のすぐ前にいた。そんな事、起こるわけない。
媽媽は私の事をよく知っていて下さる。
この人は王様に誰より信頼されて、誰より近くで仕えてる。
私は溜息をついて、手を握り締める。大丈夫、絶対考え過ぎ。馬鹿みたい。
そりゃ媽媽はお綺麗で、私とは違って穏やかで、私にないものをたくさん持ってる。
だけど媽媽を疑うなんて、この人を疑うなんてそんなの笑っちゃう。ほんと馬鹿よね。
心の中で否定しても笑ってみても、何だか嫌な雲が晴れてくれないのは何故?
疑うわけじゃないのに、裏切られたような気持ちになっちゃうのはどうして?
「媽媽が、どうしたの?何故ご懐妊についてなんて」
あなたが媽媽のご懐妊について、突然心配するなんて。
「媽媽が、どうしたの?何故ご懐妊についてなんて」
まだだ。この方に知らせるにはまだ早い。
王様より俺に直接のお話があってからだ。
そして何れ王妃媽媽よりこの方にお話もあろう。
それからでなくば、余計なことを知るだけ面倒になる。
「いえ、ふと気になっただけです」
「理由もないのに、ご懐妊について気になるの?」
この方がますます不審げに俺を見る。
「継嗣を望むのは、等しく民心の総意です。
お幸せなお二人を見たいが故です。
俺とて微力であれ国の禄を食む臣として、いかな尽力も惜しまぬ」
「・・・そうよね、王様と媽媽のお幸せの為よね?」
突然上がったこの方の不安げな声に、俺は改めてその瞳を真直ぐ見た。
「勿論です」
「もちろんです」
その真っ直ぐな目に嘘なんてない。 言えない、言えっこない。
大丈夫よね。疑ってるわけじゃない。
私の一番信頼してる二人が、そんな事するわけない。
あの頃付き合ったあいつが私を捨てたのは、そもそも私を愛してなかったから。
相手の女が私より金持ちだって、そう言われたじゃない。お金で変わるような心だったのよ。
この人とは違う、この人はそんなこと興味がない。それは私が誰より知ってる。
ねえ、また繰り返すの?信じて、裏切られて?
心の中で、そんな声がする。 その声に頭を振る。
もう二度と聞こえないように。

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新たなる心配が・・・・(>.<)
バカなウンス❗二人を信じなさい(-_-#)
でも、そういう心配をいつもしてる
ヨンの心も解ってあげて(ノ_<。)
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なんだか マズイですよこれは…
誤解しちゃいます。 ウンス 頭の中で
頑張って 否定してるけど…
あ~ なんてこった
間の悪い。
う~ しびれてきた!
きゃー!
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医仙… 懐かしい呼び方に、戸惑うウンス。
初めて、嫉妬の気持ちが、芽生えましたね。
説明すれば、解決するけど、今はその時期ではない。
暫く嫉妬させて、ヨンの気持ちも、わからせるのも、いい経験です。
今までが、経験少なすぎるから。
リク話が、残らないのは、残念だけど、しっかりと、読み込んで楽しみますわ。
放送見つつ、二次と絡めつつ、新たな発見がないか、そして二次を、読み込み、今年も信義三昧、幸せ。
33話放送は、カットされた部分もあり、ちょっと残念。
DVDあるのに、また放送見てる私って、お馬鹿だなあ。
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ウンスさん、あらぬ疑いを持ってしまいました。まぁ、王妃様がそうなるようにわざと仰っていましたからね。
ヨンが冷静になったらウンスが嫉妬?
この二人のことは結局わんこも喰わないアレですよね。
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またまた新しい展開となり、目が離せません(笑)
今年もさらん嬢の筆力に惑乱される私…
悋気とは恐ろしいものです。
底なし沼のよう…(笑)
まお…さらんちゃんの事だから一筋縄ではいかない展開になるのかしら?
うきゅ♪
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深くなってきましたね。。
ワンビママにお子を設けさせてあげたいですね・・・。
ヨンとウンス、これからどうお二人と絡んでいくのか、楽しみにしています。
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ウンスちゃん、ゆれてます。
でも、医仙と呼ぶチェヨンくん、久しぶりすぎて、不安です。
側妃のこと、まだウンスちゃんに話さないのですか。
ウンスちゃん、心を隠すの上手だから、心配です。
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さらんさん こんにちは♪ なんだか 今は ウンスが 誤解しているように思うので・・何とか ウンスの 心のモヤモヤを 消してあげてください☆
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いつも楽しく読ませて頂いておりますm(__)m
このシリーズ、なんとももどかしいですね…(>人<;)
でも、度合いは違えど、皆色々なしがらみがあって生きていて、そのために勘ぐったり誤解したりしてしまうことは少なくないですよね。
あぁ、つくづく政に直接関わるような人間じゃなくて良かった~と、つい思ってしまいました(;^_^A
続き、楽しみにしております(o^^o)
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>モモさん
こんばんは❤コメありがとうございます
これはもう、仕方ない事ですが。
まあ、痛み分けと言う事で・・・σ(^_^;)
どっちも少し、思い知るべきかと。
リク話とはいえ、成長を期待しますw
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>くるくるしなもんさん
こんばんは❤コメありがとうございます
そうですね。タイミングとは、げに恐ろしきかな。
一歩ずれると、どんどんずれて行きます・・・
間の悪さに関しては、髭ぽっぽの右に出る方はいないと
そう思っていましたが・・・(爆
あ~でもリク話のぽっぽは、めちゃくちゃ恰好よく書きます!
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>チェヨン1さん
こんばんは❤コメありがとうございます
そうなんですよね、分かります!
DVD持っているのに、うぇ?と、自分に問いかける日々。
私の場合、リアル視聴がどちらにしろ無理で溜めるだけなので
HD録画、諦めましたが・・・
録画したいお気持ち、よーくわかりますヾ(@°▽°@)ノ
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>あみいさん
こんばんは❤コメありがとうございます
そうですね、媽媽はご自身でも認めていらっしゃいましたし・・・
本当にこの二人はもう、あれなのですよね(笑
最後が上がるまで、どきどきしっぱなしでした。
このまままた変に流れたら、と嫌な汗出ました(゚ー゚;
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>まあもさん
こんばんは❤コメありがとうございます
ふふふー、さすがにリク話の10話程度で
変な展開は無理でした(;´▽`A“
15くらいあったらわかりませんでしたが(え
しかし、ヨンも気づくのが遅いなーと
書き手ながら、若干やな汗・・・(°д°;)
もう少し、女心をわかってほしいものです。
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王と王妃の苦しみに比べたら子供の喧嘩ですね。ヨンはその事に気が付いたみたいだけれど、相変わらず、言葉が足らないヨンですね。
あまりにもタイミングが悪い。一つずれるとこじれるのが止まらない。ウンスもヨンの気持ちが分かるきっかけにはなったけど、ヨンと違って心の中にしまいこんじゃうからな~。この事にヨンが気がついてくれるといいんだけど。
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>★sachi★さん
こんばんは❤コメありがとうございます
そうですね、あと数話で終わりなので、なかなか深くがっちりとは
絡ませてあげられないですが・・・
最後の大団円を目指します( ´艸`)
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>ポチッとなさん
こんばんは❤コメありがとうございます
呼称によって他人の受ける印象や、自身の心持ちも
変わるのかなあ、と思います。
医仙の名をかけ見立ててほしい、だから医仙と呼んだ、
ヨンにとってはそういう理由なのですが・・・
難しいですね(;´▽`A“
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>キハさん
こんばんは❤コメありがとうございます
キハさまのおっしゃる通り、めちゃめちゃ誤解中ですw
しかしヨンがどうにかしたよう、ウンスもどうにかするしかなく。
そしてどうにかなる事を祈りつつ、あと数話お付き合い頂けると嬉しいです❤
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>しのぶちんさん
こんばんは❤コメありがとうございます
政の関係者や、そして上流階級、支配階級、
これらの方々には、ありがちな事ですね。
人を人とも思わない。ただ形骸化した外面が大切。
しかし、うちのヨン、ピンチはチャンス派です(爆
どうにかするかもしれません。頑張ってほしいものです( ´艸`)
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すみません(T ^ T)
先ほど8の方にコメをしてしまいましたが、記事一覧で確認すれば良かったのに、テーマ別の所からリクエストの所に入ってしまい…>_<…
トンチンカンなコメをしています(;_;)
お許し下さい。私のコメは削除して下さいね(-。-;
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>ままちゃんさん
おはようございます❤コメありがとうございます
言葉は足りないですね。
こういうすれ違いはどこにでも起きるのでしょうが
だからと言ってそれに甘えては・・・
ただ今回は、オンニも黙ってはいません。
あれだけ怒鳴り散らされれば当然ですがw
相手の態度は、自分の鏡。ヨンの反省を期待します(;´▽`A“
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>トマトさん
おはようございます❤コメありがとうございます
行方不明のお話が見つかって良かったです❤
更新のテンポが速すぎ、捜索までして頂き
本当に申し訳なく・・・
スマホで見ると、PCとは反映方法が違うので
ちょっと見にくいですね。
私も更新速度、検討いたします m(_ _ )m
暫くはこんな感じでお付き合い頂ければ、嬉しいです❤
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さらん様、こんばんは❤︎
ウンス…誤解してますね?
また考え過ぎてますね?
相手を思いやるあまり、言葉が足りない。
誰よりも幸せな二人なのですから、早く仲睦まじい姿が見たいです。
呆れるほど、ウンスに甘いヨンが❤︎
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>夢夢さん
こんばんは❤コメありがとうございます
この話のウンスは短絡的ですね。
短絡的でないと、話が膠着するのでw
後のUP速度に係る為、短絡的になって頂きました(;^_^A
甘いヨン…うーん、これも、最後は甘い、のかな?