2014-15 リクエスト ｜ 愛月撤灯・1

【 愛月撤灯 】

だいたい、こういう事には慣れてない。
「イムジャ」
目の前のこの人が苦虫を噛み潰したような、それはそれは険しい顔で眉間にすごい皺をよせている。
美容整形外科医としてはその皺にボトックスの2本でも打たなきゃ、落ち着いて見てられない程よ。
「聞いているのか」
続くこの人の荒い声に、その眉間の皺から渋々目を上げて頷く。
「聞いてるわよ。何よ、今度は何なの」

焦燥感と苛立ちに、己の拳を握り締める。
この方と二人で居れば、何処であろうと俺は構わない。
歴史が変わろうが国が傾こうが、この方さえ居れば構わない。

この国を守るは、此処にこの方がいるが故。
王様を御守りするは、王様がこの方を守るその俺の心を汲んで下さったが故。
そして畏れ多くも、王様がこの国を守るのは民の為であると、王様の貫かれる信義を信じたが故。

俺はただこの方を護る。身も心も護る。
この方が俺の元に居る限り、絶対に先には逝かぬ。

二人で居れば全てがうまく行く。
そうだ。
二人きりで、居られるのならば。

目の前で髪を振りたて此方を睨むこの方の目。
それを正面より見返し、俺は息を吐いた。

*****

「ねえヨンア、見て見て」
ある朝声に呼ばれた俺は居間より、声の聞こえる寝屋へと急いだ。

寝屋の扉を開けば、障子越しの窓から射す淡々とした象牙色の光。
その中で着替えを終えた俺のこの方が、にっこり笑って立っている。
その三日月の目許はいつもよりもずっと深い色と影を投げかけ、この眸を確りと捕える。

宵闇のような目許の美しさと妖しさに、朝から抱いた不埒な思いを打ち消そうと首を振り、
「如何しました」
無理に眸を逸らしやっとの事で問うた。

この方はその問いに頬を膨らませると、
「気が付いてないの？前に、帰って来る時、北から持ってきた木。
指甲花、覚えてないかなあ」
ああ、あの振り回していた木の枝かとすぐに思い出す。
「覚えております」

俺が頷くと嬉しそうに笑ったこの方は
「あの時言ったでしょ？うまく行ったら化粧品にももしかしたら使えるかもしれない、って。
トギと一緒に作ってみたの。
色素沈着はちょっと心配だけど、鉱物染料よりは多分影響は少ないと思うから。
煮出して、濃縮して、乾かしてから粉にして練ったのよ。
アイライナーなんて久しぶり。どうどう？アイメイク、変わった？目許、いつもと違わない？」

そう言って俺に近寄り、その瞳を閉じる。
いつもより尚長く見える睫毛、頬におちる影。
閉じてもなお瞼に思い出す美しい目許の幻に、雑念を払おうと再び強く頭を振る。
「･･･判りません」

ようやくそう伝えると間近に寄ったこの方は、落胆したよう息を吐いた。
「そうかぁ･･･褒めてほしかったのになあ」
そんな事なら容易いのだ。
褒めて褒めて甘やかし、イムジャがこの世で最も美しいと誉めそやすことも出来よう。
それでもそれが出来ぬのは。
素直にこの口が褒め言葉を紡げぬのは。

呑んだ毒が、この体に回っているからだ。

*****

「大護軍！！」

トクマンが兵舎の入り口扉を開け、吹抜けの俺の元へ真直ぐに駆けてくる。
大きな声に振り返り問い質す。
「どうした」
「手縛の鍛錬中の新入りが肩を打ち、典医寺へ」
俺は眉を顰める。
「大事ないか」
トクマンは首を振ると溜息を吐き
「ああ、怪我はどうって事有りません。大護軍に鍛錬をつけて頂く時の方が、皆余程ひどいです」

ほう、俺のせいだとそう言うか。
「お前らの鍛え方が足りん」
そう言うとトクマンは素直に頷き頭を下げる。
「はい」
「で、わざわざ報告か」
それならばチュンソクが把握しておけば良い。
何故わざわざこいつは駆けて来てまで、それを俺に伝えようとなどする。

水を向けたその声に、トクマンが思い出したよう
「そうなんです、典医寺に行ったんですが。
医仙がお綺麗だと、その怪我した若い奴らが大騒ぎを始めて」

･･･先に言え。
その報告を聞き思わず腰を上げる。

天窓より差し込む光で十分明るい兵舎の吹抜け。
陽光とは違う光が頭の中で弾けるようで、俺は溜息を堪えトクマンを見遣った。
そこへ手縛の鍛錬を終えたらしきチュンソクが入口扉から中へと踏み行って来る。
「大護軍、申し訳ありません。手縛の鍛錬中に熱が入りすぎ、新入りが打ち身を」

そこまで言って俺に不思議そうな目を当てる。
「どうかしましたか」
「いや」
チュンソクは続いてトクマンに視線を投げた。
「お前も大護軍に報告か」
「ああ、いえ、それはそうなんですが俺はどちらかと言うと、奴らの大騒ぎの方を･･･」

チュンソクがそのトクマンの声に気色ばむ。
「何をやらかした」
トクマンはチュンソクに首を振ると
「いえ。何をと言うわけでなく、ただ医仙がお綺麗だと騒いだだけで」
チュンソクはそれを聞くやトクマンの足を思い切り下段から蹴り飛ばし、鋭く抑えた声を上げた。
「余計な事を言うな、トクマニ！」

俺は頭を振る。言おうが言うまいが既にに起きた。
トクマンが言わずとて、何処からか何れ聞こえてきただろう。
最後に此方を向き立ち尽くすチュンソクの肩に手を置くと、その掌に力を込めた。
「典医寺へ向かったのはどいつだ」
「･･･新兵です。ウォンミンとキモですが」
「そうか」

奴の肩の手を離し横を抜けながら、最後に声を掛ける。
「その二人、次の鍛錬は、必ず俺がつける」
背後でトクマンが息を呑み、己の額を叩く音がする。
「だから言ったろうが」
トクマンを叱りつけるチュンソクの声を聞きつつ兵舎の扉を開け、雪の積もった外へ出た。
駆け寄ったテマンが後ろに付き、黙って従う。

トクマニ、お前は馬鹿だ。
俺は息を吐き、心で奴にそう怒鳴る。

誰も俺の大護軍には敵わない。
大護軍は強くて、でかくて、誰にも倒せない。ただ一人だけは別として。

お前は俺よりも長く大護軍と一緒にいるのに、まだそれが分かってない。
本当に間抜けだ。どうしようもない。

医仙だけは、絶対だめだ。
医仙の話が出たら最後、大護軍は乱れる。
心のどっかがぐずりとなるんだ。
次に来るのは、怒りの波だ。
俺より長く共にいて何で分からないんだ、阿呆が。

肚の中で散々トクマンを罵りながら、俺は黙って大護軍の後ろに従って歩く。
大護軍の肚を読もうと、耳を澄ます。
その息、足音、どこかにいつもと違いはないか。
でも分からない。後ろでは目も見えない。
足音は雪のせいで、思ったより乱れはない。
その足音の行先だけは分かる。きっと典医寺のはずだ。

途の雪を踏みしめつつ、俺の足は典医寺へと向かう。
後ろに黙って従うテマンが必死に気配を読もうとしている。
分かっていても声が掛けられぬ。
あの方が心変わりをした訳ではない。
いつでもあの瞳が映しているのは俺だと十分分かっている。

では何故これほど腹が立つ。
雪道を歩く己に問いかける。
迂達赤を信じていないのか。
いや、信じている。
さもなくば戦場で背を預けるなど到底出来ることではない。
では何がこれほど落ち着かぬ。

典医寺へ向かう道の真中。
足を止めれば、背後のテマンの気配も止まる。

答えが出ないまま、逢いに行ってどうなる。
余計な言い争いを増やすだけだろう。
あの方が悪いわけではない。迂達赤を疑うわけでもない。
ならばわざわざ典医寺に行き、一体何を言うつもりだ。
心を伴わぬ言の葉など、並べれば並べるだけ空々しい。

俺はそこで踵を返した。
後ろのテマンが黙したままそれに従う。

俺はこの時、毒を呑み込んだのだ。

いよいよ1/5　【信義】【相続者たち】Wで放送♪
録画容量、足りていますか❤
予約し忘れていませんか？
そして放送リアルタイム視聴者様、羨ましすぎます･･･
私の分まで、ぜひお楽しみください･･･っっ(ﾉω･､)

そして記念すべき本日再開：クリスマスリク話
44. 無題
私も皆様と同じくﾖﾝのヤキモチを妬く姿が見てみたいです！

（ふにたんさま）

ぞろ目ヨン（44）長篇、始まりました。嫉妬話、参ります。
お正月にやらなくて、ある意味良かったと。
真剣に嫉妬させると重いのです･･･さすがヨンです･･･
楽しんで頂けると嬉しいのですが、重すぎて楽しんで頂く自信がなく。
これもアリかな、と思って頂ければ。

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