2015.01.06 愛月撤灯さらん

2014-15 リクエスト｜愛月撤灯・3

明け方の冷えた寝台の上で、俺は薄く目を開く。
横が冷たい。腕を伸ばし指であたりを探る。
温かく柔らかい愛おしい塊が見つからず、俺は確りと眸を開いた。
普段であればあの方の体で暖まっているはずの寝台の場所には、既に小さな体はなかった。

慌てて身を起こし、寝台を飛び下りる。
そして居間への扉を開いて足早に抜け、厨への仕切り扉を音高く開く。

「あれ、おはよう。早いのね、今朝は」
開いた扉の先で厨に立ち振り向いたこの方は、此方に向かい微笑んだ。

その髪は料理の為に後ろで結われておっても、顔の周りでふわりと揺れ、一瞬遅れてこの方の動きに付き従う。
柔らかく、辺りに花の香をふりまきながら。

駄目だ考えるなと、そう思っても止まらない。

朝早くに厨に立ち、料理に精をだし。
美しく装い、いつでも笑顔を浮かべ。
昼の間には懸命にその役目をこなし。

俺の事だけを見、俺の事にだけ心を砕き。
俺の事だけを想い、俺の為にだけ涙を流す。

この方がそんな方だと、俺は誰よりも知っている。
知っているのに、何ゆえこれ程心がざわめくのか。
その理由も判っている。
この方がそういう方だと分かれば、黙って見過ごす者など居るはずがない。
男であれば皆欲しがろう。

今までとて考えてみれば。
チャン侍医も奇轍も徳興君も医術だ天人だ駒だと言いながら、女人としてのこの方に全く興味がなかったとは思えん。絶対に。
迂達赤たちとて、俺がこうなるまではこの方への興味津津だったではないか。
あの足を剥き出しにした姿に騒ぎ、その姿が見える度に天女だ何だと大騒ぎしていたのがいい証拠だ。
この方の周りで全くぐらつかずにいらしたのは、畏れ多くも王様お一人ではなかったか。

ただでさえこれだけ人目を引く方だ。
目を引かれれば、そこを見るのは本能。
黙って立ったその姿に目を引かれ、この方のその中身まで知られれば。

俺はそれが腹立たしい。そんな事など起こってもおらぬのに。
それが嫌だから、隠したいのだ。
隠して隠して何処にも出さず、閉じ込めて俺だけの物にしたいのだ。

そうだ。
この方が揺れていると思っているのでなく、周りの者の揺れが鬱陶しいのだ。
今は起こっていないとしても、起こると知っているから腹立たしいのだ。

呑んだ毒は肚の中で今、体中に巡り始めた。

*****

最後の留めは、今日起きた。
正午の鐘を聞きながらあの方と昼を共にしようと、急く足取りで典医寺へと向かっていた。

テマンもさすがに覚えたか、昼時には俺に従うことも少なくなっている。

典医寺の表門を入る。
珍しく前庭で薬員や他の医員たちと交わす明るい声が、すぐにこの耳に飛び込んできた。
その楽しそうな声の方へ眸は向かい、耳はその一言も漏らすまいと聳つ。

そうしながら微笑を堪え切れずに声の主へ向かおうとした途端。
向いたこの眸が、その紅い唇を捕えた。

あの方の唇は今それは鮮やかな緋色に染められ、雪の中で寒椿が花咲くように見えた。

今朝のあの方の唇の色を思い出す。
いや。絶対にあれほど鮮やかな色ではなかった。
そうであれば忘れるわけがない。

その時、この眸の先であの方と楽しげに話をしていた薬員の一人が、ふと言い出した。
「それにしてもウンスさま、その紅よく御似合いです。お綺麗ですよ」
あの方はふふと恥ずかしげに笑いながら、横に立つキム侍医へと頭を下げた。
「キム先生のおかげよ。高麗の紅は、どうも唇に合わない事があって。
天竺の紅は、多分成分が違うのね。蜜蝋かな。
この間指甲花のアイライナーが成功したから、これで口紅もあればしばらくいろんなお化粧が楽しめる。
嬉しいな、本当にありがとう」

その声に横のキム侍医が首を振りながら
「いえいえ。お役に立てれば。
しかし大護軍に美しい姿を見せたいからと、天竺より紅の取り寄せを頼まれるとは。
大護軍も幸せな御方です」
そう言って懐手でゆったりと笑った。

俺は眸を閉じ、肚から息を整えた。
そうだ。今侍医は言った。あの方は俺の為、美しく装いたいと。
腹を立てる事など何一つない。
あれほど美しい許嫁を誇れば良い。
俺の為に開こうとする花が、一度くらい他の男から水をもらったからとて。
咲いているのは、俺の為なのだから。
水をやった男がこうしてそれを認めておる。
認めておるのに何を腹を立てる。

キム侍医とあの方の周囲の薬員の女人たちが自分も欲しいと賑やかしげにはしゃぐ。
男の医官たちは意中の相手に渡したいと騒ぎ、その一角はそれはそれは騒がしくなった。

俺は其処へ歩み寄っていった。
周囲の者たちが気付き、微笑んで頭を下げる。
頷いた俺が最後にキム侍医に向かい
「侍医」
そう呟くとキム侍医は微笑み
「大護軍。ウンス殿は大層悩まれてから、あの紅の色をお決めになりました」
立ち去ろうとしたすれ違いざま、小声で俺に囁いた。

俺はすれ違おうとした肩に手を置き男の足を止めた。
驚いたように振り返るその顔を真正面より睨み返す。
お前に言われずとも、褒める時は褒める。
キム侍医は俺の視線に僅かに目を瞠ったが、また柔和な笑顔に戻ると、頭を下げて立ち去った。

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何時も悩めるヨンなのですね(^w^)
愛するがゆえ、愛しすぎるゆえ
いいなぁ～!ってたまに羨ましくなる(;＞_＜;)
でも、その愛しすぎるヨンを
読むのが私の乙女心をキュンキュン
させるのです(///∇///)

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