2014-15 リクエスト | 愛月撤灯・6

 

 

「ヨンア」
王様との話の後で康安殿を退出した回廊の端。
迂達赤兵舎へ戻るため皇宮を出ようとしていた俺は、その叔母上の声に足を止めた。
「媽媽がお呼びだ」
それだけ言って歩いていく叔母上に従いながら僅かに驚き、急な呼び出しの理由を考える。

思い当たることは全くない。
武閣氏がいれば、俺が守りにつく必要もない。
「何故」
俺が尋ねると前を行く叔母上が声を落とした。

「いずれ耳に入るだろうから先に言うておく。王様が近々側妃を娶られることになる」
思いがけない言葉に足が止まる。
「・・・どういう事だ」
立ち止らぬ叔母上に数歩寄り、また共に回廊を歩き始める。
「媽媽には先だってのあの事件以来ご懐妊の兆しなし。
重臣らも元の公主の媽媽とは別に、高麗の有力貴族の派閥結束の為、側妃を出しておきたいらしい」
「王様は認めておられるのか」

叔母上は俺の言葉に息を吐いた。
「認めるも認めぬも。継嗣がないと重臣に言われればそれ以上どうしようもないではないか。
三年断られたが、継嗣がない皇室の不安定さに対し、側妃を置かぬ事に不満や反発も上がっておる。
最近では王様も書筳も開かれ、さすがにお考えを改めるようだ。 おまけにもっと残酷な事にはな」

そこで叔母上はようやく足を緩め、目だけを振り向けた。
「側妃の候補からお相手を選ぶのは媽媽ご自身だ。
すでに数人と、もう顔合わせをしていらっしゃる」

先程の王様のお言葉とご様子。
合点が行ったと、思わず膝を打ちたくなった。
自身の悋気に振り回されて、守るべき方のお心内を覗くことすら忘れていた。
俺の悋気どころの話ではない。
継嗣を得られるために、側妃を娶る王様。
その側妃をご自身で選出される王妃媽媽。
今までそれを目にしなかったのは仕えた王様がみな幼君だった、それだけの理由だ。

俺は叔母上の斜め後ろを歩み、天を仰ぎ息を吐いた。
判っていたはずだ、歴代の王とて皆そうしていた。
継嗣を一人でも多く得る為、一人でも多くの側妃を。
中には自ら皇宮を遊興の場に、遊郭にした王もいる。
あの忠恵など良い例だ。

それでも王様と王妃媽媽にそれが起きぬなど。
そんな事があるわけがないのに、何故長閑にそんな風に考えた。

御二人が愛し合っておられるからだ。
想い合い労わり合う今のお姿を拝見しているからだ。
それでもどうしようもない。それも判る。
だから面倒なのだ、この皇宮という場所は。

「皇宮の尊き方の御法度を知っておるか」
叔母上がまた歩を速めながら、その背で問う。
「・・・何だ」
「悋気だ、ヨンア。継嗣を得るは何よりの一大事。
得られるまでは、幾人でも側妃がやって来る。
美しい姫、高貴の姫、若い姫、それはそれは次々と。
その中でも最も美しく最も高貴で、最も継嗣を得やすい姫を選び出す。
それが内命婦最高位、王妃媽媽のご手腕とされるのだ。
媽媽はこれからそれらの姫を選び、毎夜王様を送りだす。
その姫が継嗣を得る事を祈り、王様の同衾の手筈を整える。
王様は媽媽に毎夜見送られ、その姫との褥に向かわれる。
どうだ、出来るかお前なら」
「・・・・・・」

黙って首を振る此方を横目で睨み、叔母上は声を抑え鋭く言い捨てた。
「ならば下らぬことで王様と媽媽の御心を乱すな。お前だけではない、医仙とてそうだ。
心せよ。医仙にも 重々言い聞かせておけ」

伺った王妃媽媽の部屋の中、あの方の声が漏れ聞こえていた。
いらっしゃるのかと胸内で息を吐く。
「王妃媽媽、迂達赤大護軍チェ・ヨン参りました」
叔母上が扉前で御部屋の中に声を掛けると、中から
「どうぞ」
と、王妃媽媽の御声が返る。
その御声を受け、横の武閣氏が扉を開けた。

俺は質内へ一歩踏み込む。
王妃媽媽の差し向かい、背を向けるあの方を確かめた後、
「失礼致します」
そう言うと王妃媽媽の方へ歩を進める。

同時に入室しようとした叔母上に王妃媽媽の御声が掛かる。
「人払いを。みな外で待て」
人払いをされるところを見ると、やはり此度の御呼出しは側妃の件か。
あの方もその御声に椅子から立ち上がる。
「媽媽、私はこれで・・・」
「分かりました。お気をつけて、医仙」

あっさりと仰ったその御声。
戸惑うようにあの方は王妃媽媽と俺に目を走らせて頭を下げ、御部屋を出た。
俺はその場に控え、眸を下げて王妃媽媽の御言葉を待つ。
「お座り下さい」
「・・・は」
その声に椅子を引き、先程まであの方が腰掛けていた其処へ腰を下ろす。

「チェ尚宮より既に、聞き及んだご様子」
「・・・は」
他の言葉は何もお返しできず、ただ頷いた。
「王様は、何かおっしゃっていましたか」
「具体的には何も」
王妃媽媽は、ふと苦い息を吐かれて
「そうですか」
そうとだけ、囁くようにおっしゃった。
「ただ」

言葉を継ぐと、王妃媽媽が目を上げ此方を見る。
「ただ?」
「ただ、愛する者に悋気を抱く側と、愛する者に悋気を抱かせる側では何方が辛いか、と」
「・・・そうでしたか」

王様が好んで側妃を迎えられるわけがない。
媽媽が好んで側妃を選出されるわけもない。
そこに在る気持ちの重さに比べ、怒鳴り散らした己の余りの小ささ下らなさに、身の置き所がない程だ。

「大護軍」
「は」
「そうやってお怒りになるお気持ち、良く判ります」
「・・・王妃媽媽」
王妃媽媽は堪え切れぬように溜息を洩らされた。

「怒鳴って楽になれるのならば、妾とて側妃選びの重臣会議を執り行う宣任殿に踏み込みたいものじゃ」

そう言って笑う媽媽のお顔を拝することも出来ず、黙ったままで下を向く。
王妃媽媽はその俺にお目を当てられる。
「それが人間というものです。愛する方を一人占めしたい。
どこにも誰にも、渡しとうはない。違いますか、大護軍」
「・・・は」
「でも、分かってもおるのです。王様が妾のこの胸内を、どれ程案じておられるか。
妾が御子を今、授かっておらぬのは事実です。
側妃に授かってもらわねば、王様の足元を危うくさせます。
だからこそ、怒り切ることも出来ぬ。憎んで罵り、悋気に狂い切ることも出来ぬ」

自嘲するよう仰って、王妃媽媽はふと仰った。
「だから医仙に、意地悪を致しました」
「意地悪、でございますか」
「ええ」
遠くを見るよう顔を上げ、王妃媽媽は静かに笑われた。

「あのように気楽に、王様が向かい合って下されば。
それであれば妾も王様をもっと楽にして差し上げられるのに。
妾の知っている者であれば、王様と通じようと信じていられる、そう言えれば」
「王妃媽媽の御立場とは違います」
「羨ましい事です。だから意地悪を致しました。医仙に、お詫びをお伝えください」
「・・・は」

俺は頭を下げた。
まず詫びねばならぬのは、誰よりも己だ。

王妃媽媽は卓の上の茶器を静かに御手に取られ、茶を点て始めた。
俺は目を下げたまま、茶器の触れ合う小さな音に耳を澄ませた。

 

 

 

 

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