2014 Xmas | 首爾2012・3

 

 

行こうと言ってひとまず外には出たけど、どこに行けばいいのかな。
アッパたちに連絡したいのに、公衆電話が1つも見当たらない。
携帯が普及しすぎて誰も使わないから?
確かにここにいる時は、私だって使わなかったものね。

考えたって仕方ない。この人が頼れるのは、今私だけのはず。
いくら強いこの人だってきっと不安なはずよ。
私が高麗に行った時、あんなに不安だったんだもの。

私はこの人の横に並んで歩きだす。
かつんかつんとブーツのヒールがアスファルトを弾く、懐かしい音。
だけど今の私には違和感しかない。

 

擦れ違う者共が、変わらずに此方を眺める。
下界の者である俺が紛れ込んだと露見したか。
鬼剣すら持たぬ今、何かあれば己の拳のみで何処までこの方を護れるのか。
殺気とも異なる妙な気配を感じつつ、俺は横を歩むこの方の耳許に囁いた。
「イムジャ」
「なあに?」

真直ぐ俺を見上げる瞳。
躰を傾け、一層その耳許へ唇を寄せ、小声で話を続ける。
そうでもしなければ雑踏の音、声など掻き消されそうだ。
「俺は、妙ではないですか」
「妙?変じゃないわよ全然」
「ならば周囲の者共は、何故振り返る」

この人がそういうのを聞いて、公衆電話探しをやめて改めて周りの視線を確認する。
女の子の目が一極集中ハート型じゃないの。
それが分かって、改めて横のこの人を見上げる。

・・・・・・そりゃ、なるわ。ハート型でも星型でも、なるわよ、なるに決まってるじゃない。
絶対目立っちゃう、こんなに素敵だもの。
「ヨンア、来て」
あなたの腕を取ると、無理やり自分の腕を絡ませた。
「イムジャ、これでは護れぬ」
そう言って解こうとするあなたの腕を、 私は目一杯押さえつけた。
「護るなんて心配しなくていいから。覚えてる?
この世界で武器を持ってる人は、町の中にはいないから」

 

その声にようやく詰めた息を吐く。
そうだ。そうだった。
天界は誰も武器を持たずとも、長閑にそして平和に生きられるのだった。
「だから私を信じて、このままでいて」
次は此方の耳許に囁くこの方の声に、俺は頷いた。
「信じる」

どこに行こう?あんまり奉恩寺からは離れられない。
第一私たち、天門もくぐってないのに。
2人で夜、私たちの家のあの寝台で一緒に眠ったのが最後。
なのにどうしてここに来ちゃったの。どうやって。
考えても考えても答えが出ない。
「イムジャ」
あなたの声に足を止める。横を見ると心配そうな黒い瞳が降って来る。
「どうしました」
その声に私は力一杯首を振る。
「何でもないの、大丈夫」

思い切り振られる首。花の香の髪が撓るように舞う。
そんなに振ってはと、その頬に掌を当てて止める。
壊れてしまうほど振った、細いその首を。
「ああ、問題ない。大丈夫だ」
この方はあの夜、共寝する寝台で言った。
「コーヒーが飲みたい」
そうだ、ならばせめて。
「イムジャ、こおひいを」

 

コーヒー。 そう言われた声に私は笑い返す。
何でも覚えてる、この人は。
自分でも忘れたような、どんなに小さな私の言葉も、覚えていてくれてる。
「うん、行こう」
私はこの人の腕を掴んで走りだした。
1歩遅れて、この人があの大股でついてくる。

大丈夫。守ってあげる、私が。
命に代えても、何をしてでも。
「私が護るから、心配しないで」
走りながら振り向いてこの人に笑えば、黒い瞳が驚いたように見開かれて、その後いつもよりも少し大きく綻んだ。

「知っている」

 

*****

 

その勢いのまま駆け込んだカフェ。
店に入った途端、全ての視線を問答無用で強奪するあなた。
ただカウンターで佇むだけで絵になる。レジ横のケースを覗き込むだけでグラビアよ。
店中の視線に気まずそうに、顔を隠すみたいに髪を引っ張る仕草が、尚更注目されてる。

そして次に私を見る目の痛いことったらないわ。
うふふ、ごめんなさいね。連れがこんなに良い男で。

「ここがこおひいの店ですか」
不安そうに目を開いてそう訊くあなたに頷く。
「そうよ、何でも頼んで」
そう言ってから気付く。分かりっこないわよね。
「ヨンア、お腹空いてる?」
「腹」
この人は不思議そうに私を見つめる。

 

透き通るその扉らしき四角い板をイムジャが押し開く。
入ろうとする足を目で制し、板を抑え、中を確認する。
同じく透き通った壁らしき板のおかげで、中の様子が奥まで全て見えるのは助かる。
怪しい影は見えぬと確認の後。
抑えた扉から眸で促しこの方を通して、俺はその小さな背に膠のよう張り付く。

中の灯の眩しさに目を眇め、何やら四角い箱の中を覗く。
見たこともないものが、ずらりと並ぶ。
食いものか、違うのかすら判じられん。
この方が口にする前に確りと判じねば。

この方は妙ではないと言ったが、何処に行こうと周囲から目を当てられる。
せめてこの方の影にならねば、万一の折に護れぬ。
しかしこの匂いは一体何だ。
木の実が焦げたような。しかし山火事とは違う匂い。
こんな匂いのするものを口にして、この方にもしもの事があれば如何とする。

「ここがこおひいの店ですか」
本当にこんな異な匂いの物を口にし、あなたには何も起きぬと断言できるか。
不安の余り、思わず訊ねた。
畜生、分からぬ。
こおひいには全く知識がない。
しかし目の前の俺のこの方は嬉しそうに頷き、微笑みながら此方を見ている。

「そうよ、何でも頼んで。ヨンア、お腹空いてる?」
「腹」
空くわけがない。それどころではない。
しかしそう伝えればこの方はまた心配をする。

俺は頷く。
「ええ、多少」
そう答えればぱっと花が咲くよう笑んだこの方は、木の高卓の向こうに立つ女人に向かい
「じゃあ、エスプレッソのダブルと、チョコレートブラウニーモカのショートと、アメリカーノのトールと・・・」

延々と続く巫女の呪いのような言の葉を聞きながら、俺は卓向こうの女人に目を当てる。
この女が、俺のこの方の口にするこおひいを作るのか。
その顔を凝視する。何かの企みが透け見えれば容赦せぬ。

俺の視線に気付いたこの方は、振り返ると慌ててこの腕を掴み
「ヨンア!」
そう小さな声で、鋭く宥めた。その女を凝視する俺を責めるように。
何処までも優しい方だ。見ず知らずの女までこうして庇われる。

 

 

 

 

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