2014-15 リクエスト | 愛月撤灯・2

 

 

「ねえヨンア、見て見て」
ある日暮れ。
明日は互いに遅い時間の出仕と決まり、俺達は久々に二人で夕餉の買い出しに出た。

「嬉しい、久しぶりに2人でゆっくりできるのね。野菜が欲しいの、それからお豆。
あとは適当に美味しそうなものを見繕いたいな。
帰りは一緒にどっかで外食してもいいよね、それとも家に帰ってゆっくり食べようか?」
あの方は出掛けにそう言い、嬉しそうに俺の手を握り、揺らしながら歩いた。
そして市に入り人目が増えると、名残惜しそうにゆっくりとその手を解いた。

市の店先で足を止め、いちいち並んだ品を覗き込み、此方を振り向き嬉しそうに小さく叫ぶ。
手をひらひらさせて俺を呼ぶその姿を眺める俺の目許は、きっと緩んでおろう。

しかし楽しそうに品を見比べ必要のない店まで覗き込む、その姿に掛かる声の多い事に驚いてもいた。
「奥方様」
「奥方様」
そう言って店の人間が入れ代わり立ち代わりあの方に向け、微笑みかけて頭を下げる。
老若男女関わりなく、皆がこの方を知っているようだ。

その声にこの方はまたいちいち足を止めては
「今日は何があるの?」
「これ美味しそう、どうやって食べるの?」
などと、丁寧に立ち話をしている。

「今日は大護軍もご一緒ですか」
俺には全く見覚えのない商人たちだ。
何故この顔を知っているのかと、俺は首を捻った。

空は花葉色から朱鷺色へと変わり、そぞろ歩く市の空気を紅く染め上げる。
紅く染まった空気の中に、宵の冷気が忍び込む。
あっという間に冷えた空気に、 俺はあの方を眸で追った。
立ち話のおかげでまだあの方が出がけに欲しいと言った品のほとんどは手に入れていない。
しかしこれ以上冷え込めば、あの方が風邪を引くやも知れん。

続きは明日早く済ませれば良い。
そう判じ、あの方に声を掛けようとしたその時。
「何かお探し物ですか」
そう言って店の中から男が一人、店先に佇み品を見るあの方に向け近寄ってきた。
今までとは違うその馴れ馴れしい気配に気付き、俺は一瞬早く、男のその進む足とあの方の間に立った。

 

あなたに美味しいスープを作ってあげたいな。寒いし、ビタミンは大切だしね。
そう思いながら、お店の前で野菜を見ていた。

このカブとか良さそうね。
ああ決めたわ、この冬は絶対テンジャンを仕込む。もう少しして、2月くらいになったら。
麹菌ならきっと典医寺で手に入るはずだし、大豆を蒸して塩水を入れてもいいのかな。
天然にがりだもの。 あとは発酵温度が大切よね。
水刺房に行けば、きっと甕があるはず。
テンジャンができればアサリとねぎときのこで、どうにかテンジャンチゲもどきができる。

うーん。もし高麗の時代に白菜と唐辛子があれば、キムチだって漬けてあげられるのに。
自分で漬けた事はないけど、ハルモニの手伝いで何となく手順は覚えてるからきっとできる。
そんな風に考えながら野菜選びに精を出してた時、
「何かお探し物ですか」
店員のお兄さんの声と、それより一瞬早く目の前に立ち塞がったその背中の動きの早さ。
私は驚いて目を丸くした。

 

「心配無用。妻が野菜を選んでいるだけだ」
その声に出てきた男は商売人らしく笑うと
「さようでしたか、旦那様はお幸せだ。
こんなお美しい奥方様に毎晩お料理を拵えて頂けるとは」

そう言って俺の背越しに後ろのこの方へと
「では奥方様、何か御用があれば」
そう言い残し、店内へと退いた。

「イムジャ、買い出しはもう良い。
冷えてきた故、そろそろ帰りましょう」
俺はこの方の冷たい小さな手を握り、その店先を後にした。
もうこの店には二度と寄らせぬ、そう決めて。
何故に俺が背にしたこの方にわざわざ声を掛けてから、引込む道理がある。
その苛立ちが雪道の中、宅への帰路の辿る足を速める。
手を引かれるこの方が足早についてくる。
「ヨンア、早いってば」

息を切らせた明るい声が言う。
「何故に」
前を向いたまま呟いた低い声に
「え?」
後ろのこの方が声を上げる。俺はようやく足を止め、後ろを振り返った。
「何故にイムジャはそう」
「そう、何?」
本当に分からぬのだろう。
俺の目を受けてこの方は幼子のよう、きょとんと問い返した。

その背後で暮れ空が朱鷺色に輝いている。
沈みかけた陽が丸く大きく光を投げかける。
何もかもがその日一番に輝く、冬の日暮れ間近。
市の脇の木立の枝から風に吹かれた細雪が散り、目の前のこの方へさらさらと振り掛かる。
それが残り陽を受けて輝き、まるで細雪を纏ったこの方自身が光っているようだ。

夢のように美しい景色かもしれん。
それでも今の俺は、その美しさにすら腹が立つ。

「・・・笠でも被って下さい」
「笠?」
突拍子もない申出にこの方が問い返す。
「どこに行こうとこれ程に人目を引くなら、俺があなたに笠を買う。
出掛ける時は被って下さい」
「・・・ヨンア、どうしたの?」

この時俺の呑んだ毒が、俺のこの方にも伝ったのだ。

 

*****

 

「恥ずかしいから、あんまり見ないで」

別のある夜、髪を洗った後の寝屋の中。
濡髪を小分けに束にし、指先に小さく巻きつけて。
その毛束の先を裂いた細い紙で縛り、この方は笑って言った。

「しかしイムジャ、髪を乾かさねば風邪を」
これほど冷える冬夜。
いくらオンドルの効いた寝屋の中とはいえ、そんな半乾きの髪では。
そう思い声を掛けると小さな背がくるりと周り、此方ににこりと笑いかける。
「大丈夫、あなたに温めてもらうから」
その甘えた声音に、俺は眸で微笑み返す。
「それは構わぬが、一体何を」
その問いにこの方は嬉し気に
「今は内緒。明日のお楽しみよ」
そう言って、もう一度笑った。

 

こないだ買い物に行ったときは、最後に何だかちょっと機嫌悪そうだったものね。
この人の為に綺麗にしたい気持ちは変わらない。笠なんてかぶせられたら困るわ。
笠をかぶせたくないと思うくらい、上手に髪が巻けるといいな。

そう思いながら私はもう一つ即席カールを作って、その毛先を裂いた韓紙で結ぶ。
見てなさい、明日はゆるふわカールになってる予定なんだから。

そう思いながら次のブロッキングした毛束を、私はくるくると指に巻きつけた。

 

 

 

 

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