2014-15 リクエスト | 酩酊・2

 

 

先日は、俺を振り切り逃げ出した。
此度はあっけらかんと、一緒に呑もうと言う。
そんなこの方に呆れて、言葉も出て来ない。

奇轍の放った間者は未だ王妃媽媽の坤成殿にいる。
この方がまたいつ狙われるかも判らぬ。
そして奇轍の差し向けた七殺が開京に潜ったと明確な今。
もう一瞬たりとも気を抜く間などない。
この方に嫌いな嘘を吐かせてまで、奇轍側の目を欺くようお願いしているというのに。

頼む、頼むから此処に居てくれ。
黙って俺に、あなたを護らせろ。
そう願い大人しく静かにしていろと、手を変え品を変え言葉を変えて頼んでいるのに。

しかし幾度頼んでも、ひと時目を離した途端。
まるで自由に飛ぶ鳥か風に舞う花弁の如く、この方はこの手からひらりと逃げる。
笑いながら、紅い髪を遊ばせながら、大きな声で俺を呼びながら。
そうしながらまた何処からともなく現れ、この心の臓を鷲掴みにするのだ。

掴まえる事も縛っておく事も叶わぬなら、俺とていっそ構わねば良いものを。
あの最初の誓い。お返しすると伝えた約束。
守ると決めた、それまでは死なぬとの誓い故に、放っておく事すら儘ならぬ。

「医仙」
「なによ」
「隠れるおつもりがないのは、判りました」
「だから言ったじゃない、隠れるくらいならあの場所に馬で駆け戻ったりしない。
斬り合おうとする2人の間にナイフ片手に入ったりしな」
「判ったのでお黙りください」
話の途中に割って入るとこの方はぐっと黙り、次に俺の顔を覗き込む。
「だって飲みたいんだもん。お願い。ん?」

それほど酒が恋しいのか。
確かに奇轍の屋敷でも、出された酒を、疑いもせず飲み干そうとしていらした。
それほどお好きであれば息抜きも必要かと、天を仰いで息を吐く。
断れるわけがない。
そうだ、俺が天界から攫ってきた。
それがいつも負い目になっている。
だから断れないのだ、幼子がねだるようなその声には。

「・・・判りました。早い刻にしてください」

根負けし視線を逸らして小声で呟くと、この方が明るく輝くように笑んだ。
それほど酒がお好きか。困った方だ。

 

「チャン先生、チェ・ヨンさんと飲みに行ってくるわね、今晩」

医仙に脈診をお教えし始めて数日。
今日も典医寺の中、卓越しに向かい合って腰掛ける。
己の手首をこの方の指に委ね、突然のその医仙の言葉に私は僅かに目を瞠る。

「どうしました、珍しいこともあるものですね」
そんな軽口では誤魔化しきれず、湧き上がる苦い水。
私は眉を顰め、息を詰める。
しかし目の前の医仙は全く気付かないご様子で笑むと、うんうんと頷かれた。
「口説き落としたのよ、親睦を深めるために」

口説き落とした。
その言葉に気持ちを逆撫でされ、胸の中にざらりとした違和感が沸く。
意に添わぬ相手からの申出は、殺すと脅されようと死ぬと喚かれようと絶対に受けたりはせぬと知っている。
詳細は知らぬまでも、医仙を連れ帰りこれほど傍で影のように従い護る隊長。その様子を見れば察しはつく。
例え今は御二人とも、特別な意識はなくとも。

「あの人がお酒を飲むのは珍しいの?」
案の定、私の心の中など全く意に介さぬ医仙は私の脈を取ったままそう仰って、小首を傾げる。
「いえ、隊長は相当お強いようです。ただ」
「ただ?」
ただその心に添わぬ相手とは、決して共に呑んだりはされないでしょう。
それでもお伝えする事に躊躇い、私は静かに医仙に向かって首を振った。
隊長のお心を無断で伝えたくないのか。
隊長のお気持ちをこの方に知られるのが怖いのか。
それとも、その双方からか。

今宵は少々寝苦しい夜になりそうだ。
医仙に手首を預けたまま、まだ日の高い窓の外の皇庭の木々を眺めながら、私は深く息を吐く。

医仙が、未だ脈診にお詳しくないのが幸いだ。今の私の脈は、相当に乱れているはずだから。

 

******

 

典医寺を夕刻に出立する。
念のため、奇轍側に面の割れているテマン達は控える。
平服に着替えた迂達赤を三名、距離を取って従わせ、己は医仙の横を護り酒楼へ向かう。
夕の空気が横を歩むこの方の頬を、この視界を、薄紅に染め上げる。

路に二つの長く伸びる影を落とし、俺達は並んで歩く。
後に控えた三つの影は、それを邪魔せぬほど離れて歩いているようだ。

「ああ、嬉しいな。久々に飲める。飲めなくてもいいわ。
こうしてあなたと2人なら、いつものぎゅうぎゅう不自由な感じがないし」

医仙が横を跳ねるように歩きながら、そう言って大きく息を吸う。
それほどに不自由をお感じなのか。
医仙の言葉に思いつつも、護りの手を緩める訳にはいかぬと己を奮い立たせる。

今の失速は敵方への弱みになる。俺達全員が結束すべき時。
王様と王妃媽媽、医仙のお三方を、いつにも増して注意しお守りすべき時。

此度の書筳を成功させ、王様に忠誠を誓う家臣を集め、いつかその数を数百、数千、数万に。
その為の最初の一人として、俺は名乗りを挙げたはずだ。
背を向けたりなど出来ぬ。約束を違えるなどは以ての外。
そしてもう一つの約束。この横を歩く方をもう一度、無事にもう一度、天界までお返しする。

それを成すため計算し、一歩一歩正確に進まねばならん。
まるで薄氷を踏むが如き用心深さで。
そして火中を抜けるが如き豪胆さで。
ところがこの方はその薄氷の上に駆けあがった挙句、飛び跳ねるような暴挙に出る。
氷を滅茶苦茶に割りそうな事ばかりしでかし、此方へ突きつける。

奇轍からは逃げぬ、息は潜めぬ、やりたい事は全てやる。
ぱあとなあになる、互いに守る、共に酒を飲みに行こう。

何故なのだ。大声で叫び、頭を抱え込みたくなるほどだ。
何故この方を選んで連れてきた。
何故この方を追いかけ連れ戻した。
何故この方の肩を借りあれほど安らいだ。
何故この方に手を温められ心まで温まった。

これ程までに悩みの種のはずが、頭を悩ませている今ですら。
何故俺の耳は勝手に攲ち、この声を漏らさずに聴くのだ。
あれがこれが気に障ると、肚裡で散々文句を垂れておきながら。
何故俺の心はこの方の横で、こんなにも弾んでいるのだ。
何故俺は今顔に浮かぶ笑みの、消しようが判らないのだ。

そんな風に思う頭を振って酒楼の門をくぐり、扉から店内を確認した後にこの方を中へと通す。

 

 

 

 

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