2014-15 リクエスト | 愛月撤灯・8

 

 

次の声は、どこで聞こえたんだろう。
そうだ。
媽媽の往診に伺うために、典医寺から坤成殿に歩いてる時。

「大護軍」
回廊を歩いてた私は、その先で聞こえた女の人の呼び声に気付いて小走りになった。
珍しいな、偶然会えるなんて。
そう思ってひょこっと回廊の角を曲がって、あの人の姿を見つけて。
そしてその目の前に立ってる、さっきの声の主だろう女の人を、一緒に見つけた。

尚宮服を着てるって事は、武閣氏の誰かじゃない。
でも服の種類で見分けられるほど詳しくないから、この人が誰なのかは分からない。
「出来上がりました」
その女の人はそう言って、抱えていた包みをあの人にゆっくり手渡した。
まるであの人の大きな手をそっと握るみたいに。
あの人の顔を恥ずかしげに見上げて。
そして何故か、その胸元からあの人の額帯を一本だけ出して渡した。

は?どうしてそれがそこから出てくるの?

「混ざってしまってはお困りかと」
そう静かに言う彼女に、
「・・・ああ、気配り感謝する」
少し戸惑ったように、あの人がその額帯に手を伸ばす。
「しかし兵なら、己の帯はすぐ見分けがつく」
「さようでございましたか、差し出た真似を」
「いや。急かして済まん」

そう言って包みを手に歩きだしたあの人に、その女の人は頭をゆっくり傾ける。
「いつでもお声をお掛けください。お待ちしております」
「ああ」
あの人はその声に肩越しに振り返ると頷いて 歩き始めたけど。
彼女はそこに立って、あの人の背中をずっとずっと、回廊の角を曲がって見えなくなるまで、熱い瞳で見送っていた。
化粧っ気のない素顔。うっすら赤くなった頬。
キラキラした目の彼女はとっても綺麗に見えた。

ねえ、あの人は誰?
なんであなたの額帯を、すごく特別なものみたいにわざわざ胸元から出したの?
そんな風にあの帯に触れるのを、許される人なの?

許されてるんでしょ、だからそうしたんじゃない。
あんたがあの人に好かれてるって信じて呑気に座ってる間だって、あの人の周りにはいろんな人がいる。
あんたが見ようとしなかった、知らなかったことがいろいろ起きてる。

嫌な声。嫌な言葉。
それが聞こえないように、私は耳を塞ぐ。

 

*****

 

「ヨンアぁ?」
マンボ姐さんが酒楼の私の席の正面に座り、驚いたみたいに声を上げる。
「何だって天女が、ヨンアの昔話なんざ知りたがるんだい」

師叔の薬房に立ち寄ったのは化粧品の材料が欲しかったから。
そうよ、抹茶とか陳皮とか、いろいろ欲しかったの。
マンボ姐さんの酒楼に立ち寄ったのは、お腹が空いたから。
そうよ、クッパがすっごく食べたかったの。
あの人のことを詮索したかったわけじゃない。
ただ、ちょっとおしゃべりがしたかったの。

「うーん、何となく。許嫁の方を亡くしたこと、その後苦しんでたのは知ってるんです。
でも、何というか・・・過去の女性関係って、知らないなって」
私の声と真っ赤な耳に、マンボ姐さんは噴きだした。

 

ははーん。こりゃ何かあったね。
クッパを杓文字で掻きまわし、珍しく口をつけようとしない天女をじっと見る。
天女のその様子と、知りたがる内容。大方ヨンアの周りの女に妬いてるんだろう。
でなきゃ直接、あの男に尋ねるだろうさ。

正直に言うに越したことはない。
ここで隠したって人の口には戸は立たない、何れどっからかばれるだろうさ。
あたしは肩を竦めると、息を吐いた。
「まあ、清いとは言えないね。一晩だけなのかも知れないけどね」

その頃の景色を思い出して、くっと笑う。
「明け方に足腰立たなくなった女が這うみたいに、離れから出てくるのを見たのも一度二度じゃない。
ヨンアはそのままぐうすか寝虚仮て、目が覚めて飲みに行って、明け方ふらりと帰って来るのさ。
女連れのこともあれば、 首に真赤な紅をつけて、一人の時もあった。
まあ男相手に派手に喧嘩して、一人で衣汚して帰って来るってのがほとんどだったけどね」

 

・・・聞かなきゃよかった。
美味しそうなマンボ姐さんのクッパを ぐるぐるぐるぐる、ただ掻きまわす。
でも食べる気になれない。すっかり食欲が失せた私は溜息をついた。

ほら、やっぱりね。あんたが初めてのわけないじゃない。
愛されたのは、あんただけじゃない。
過去にだっていたし、これからだってあんただけが愛されるなんて、そんなの誰にも保障出来ない。
私はスプーンを置くと卓に手をついて、席を立ちあがって、マンボ姐さんに頭を下げた。
「変なこと訊いてごめんなさい。約束を思い出したから、今日は帰ります。
あの人には、この事・・・」

 

あたしはその天女の声に頷いた。
「ああ、こんな事言ったなんてばれたら、ヨンアが大暴れだからね。
あたしは何も言ってない。天女も何も聞いてない。ただの茶飲み話さ、天女も忘れな」
けど最後にこれだけは、言ってやんなきゃいけない。
「あの男が二回以上一緒にいた女は、メヒがいなくなった後はあんただけだよ、天女。
あんたと会って以来他の女を連れてるのは、誓って言うけど、見たことはない。
あんたがいなかった間もね。その気持ちを分かってやんな」

力なく頷いて店を出てく天女を見送りながら、あたしは溜息をついた。
嘘をついておくべきだったかね。

 

 

 

 

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