2014-15 リクエスト | 愛月撤灯・5

 

 

「・・・軍。大護軍」

呼び声に我に返り顔を上げる。
守りに就いた時にまで我を見失ってはこの役目、返上するより他ないか。
そう判ずる次の瞬間に、王様と交わした約束が頭の中で蘇る。
俺のあの方を守るため力を貸して下さる王様を、裏切る事など許されぬ。

俺は黙って康安殿の私室、執務机の前に腰を下ろされた王様へ頭を下げる。
「は」
お返事を待つがお声は戻らず、怪訝に思い 顔を上げる。
王様は無言で此方を見遣り、御口元を微かに上げていらっしゃる。
「どうした」
「いえ」
王様は首を振られ俺を見ながら
「聞いた」
それだけ仰る。そして部屋の隅に控えた筆頭内官に向かい
「ドチ、人払いを」
呟いた王様の御声に、すぐさま内官たちが動きだす。

室内は机前に腰掛けた王様と、その横へ控える己の二人となった。
何故突然の人払いを。全く合点が行かぬまま
「畏れながら、聞いたとは何を」

意味を飲み込めずお尋ねすれば、王様は黙ったままで此方を眺めた後にくっと喉で笑われた。
「典医寺での大暴れの件をな」

何ということだ。
しかし王様は言葉を繋ごうと開けたこの口を御手で制し
「ああ、有体に申せば、大護軍のことは聞いておらぬ。
ただ大護軍と部屋に篭られた医仙が、大声でいろいろ言っていらしたと、そう伝え聞いた」
面白そうに仰った。人の悪い御方だ。俺は息を吐き
「御耳汚し、申し訳なく」
そう頭を下げれば堪え切れなくなられたか、王様は、ははと先程よりも大きな声で笑われる。
「詫びるということは、事実と認めるか」

意地の悪いご質問に否とも応とも答えられず、この顔も上げられぬ。
「どうした」
「いえ」
「ここでもう一度、伝え聞いた医仙の言葉を繰ることも出来るのだが」
王様ならば、本気でそうされるだろう。
そんな事になれば恥の上塗りだ。
俺は溜息を吐き、首を振る。

「王様」
そんな俺を眺め、王様は微かに息を吐かれた。
「覚えておるか」
「は?」
「寡人は以前言ったことがある。大護軍から見れば、寡人は小さく見えるだろうと」
「王様」

確かに仰られたことがある。ずっと以前。
終わったと思っていた話を王様が蒸し返すことに驚き、俺は目を瞠る。
御口の端を苦く歪ませ、王様は執務机に肘をつき、組んだ両の指に顎先を載せられた。
「最初は、あの時だ。大護軍がまだ迂達赤隊長。
そして医仙を迎えに行く初端となった、あの元よりの帰途の襲撃の折」
王様はそこで意地悪気に此方をご覧になる。

「そなたが、斬られた王妃をその腕に抱いた」
「王様、あれは」
「分かっている、分かっている」
だがなと息を吐き、王様は言葉を続けられた。

「もう理屈ではない。後々こうして思うても、これ程腸の捩じれる心持ちになる。
そなたがどうこうではないのだ。 護れなかった己がただ情けなく」
「あれは某の失態です。某がお守りすべきでした」
「次はあの時だ。怪我の完治せぬ大護軍を王妃が内密に坤成殿へ呼び出した折」

ひたすら目を下げる俺を見て、
「・・・そなたが羨ましい」
突然掛かるそのお言葉に俺は顔を上げた。
王様は、真直ぐに俺を見ていらした。
「王様、何かございましたか」

いつもと御様子が違う。どこかがおかしい。
しかしその異和感の出所が掴めず、俺は伺った。
「愛するものに悋気を抱く側、愛するものに悋気を抱かせる側。
何方が辛いのであろうな、大護軍」
「は?」
「悋気を抱く時、男は想い人の女人を憎むが、女人は二人の間を裂いた相手の女人を憎むとな。
つまり男は幻にも悋気を抱いて相手を憎むが、女人は実際事が起きねば悋気を抱かぬということだ」

王様は皮肉気に呟かれた。
「好んで間に人を挟む訳ではない。寡人には医仙の気持ちが分かる気がするのだ、大護軍。
あの方が悪いのではない。ただそなたを想うて、成すべきことを成しておるだけなのだ。
周囲の人間との間に入っているだけなのだから。
そしてそなたはそれに怒れば、堂々と医仙と喧嘩をすることも出来る。それが許される。
だからこそそなたらが羨ましいのだ」

ご様子が、明らかにいつもと違う。
そのお顔を見る俺の視線など介さぬかのよう、王様は大きく息を吐いた。
そして静かに御声を落とすと
「愛月撤灯だな、大護軍」

此方を見られるその御目に、俺は黙ったまま頭を下げた。

愛月撤灯。偏愛も、過ぎたるは猶及ばざるが如しか。

 

*****

 

「時々、分からなくなるんです」
「・・・医仙」
目に痛いほどの冬の日差しが差し込む媽媽のお部屋。
卓越しに媽媽と差し向いになって、私は呟いた。

心配そうに返される媽媽の御声に情けなさがこみ上げる。
はっきりした御年を伺ったことはないけれど媽媽が王様とご結婚されたのは20歳そこそこだったはず。
ということは私より10近くお若い。そんなお若い媽媽に、恋愛相談なんて。
でも悩んだ時に誰かに相談して、冷静になって、答えが出ることもある。
何と言っても結婚生活の先輩だもの。

「どうして嫉妬なんてするんだろう。私は何もしてないのに、って思っちゃうんです。
まるで自分が苦しむために、理由を探してるみたい」
「医仙」
「分かってもらえないのは悔しいし、でも何を言っても怒るし」
「医仙はどうなのでしょう。仰ったとおり本当に大護軍が他の女人と関わっても、何とも思いませんか」
媽媽が静かにそう訊き返される。

「思いません、だって、私の事を知ってるひとなら・・・」
私を知ってる人なら、あの人とどうこうなんてそんな心配する必要ないじゃない。それが普通よね。
思い出しても腹が立ってくる。 私が何をしたっていうの。どうして信じてくれないのよ。
こうして媽媽に話してても、悲しくて悔しくて。

「医仙。ひとの心は理屈では片は付きませぬ。
時に己が間違っていると分かっていても、憎みも恨みもするものです。妾のように。
妾は、大護軍のお気持ちも判ります」
「・・・媽媽」
思わなかった媽媽の返事に私は目を丸くした。
「医仙が受け止められぬなら、妾が伺います」
「媽媽・・・?」
「チェ尚宮」

媽媽はそこで、部屋の隅に立っている叔母様に向けて顔を傾け、静かに呼んだ。
「・・・はい」
叔母様は音を立てずに一歩前に出た。
「大護軍を呼べ」
「・・・媽媽」
叔母様の声に、媽媽は僅かに眉を寄せた。
「呼べと申した」
叔母様は短く息を吐くと
「はい」
と言って、媽媽のお部屋を出て行った。
私の後ろで部屋の扉が開き、そして閉まる音がする。

「ま、媽媽」
それは、いくらなんでも。そう言おうとした時、媽媽は私を見て仰った。
「医仙がおっしゃったのです。 医仙がご存じの女人であれば、何とも思わぬと。
妾は医仙を存じております。ならば何とも思われないでしょう」
そ、れはそうだけど。言葉に詰まる私を見つめ、媽媽は静かに
「いずれにせよ、今は御二人とも頭に血が上っておられるご様子。
まずは少し冷静になられた方が」
そう、囁かれた。

そのまま何かを考えるご様子でじっと目を落とし、卓の上に置いたご自身の指先を見ている。
何だろう。いつもとご様子が違う。その真剣な目に、私の中でクエスチョンマークが飛び交う。
「媽媽、何かありましたか」
私が声を掛けたのと同じタイミング、部屋の入り口で叔母様の声が響く。
「媽媽、迂達赤大護軍チェ・ヨン参りました」

その声に私の背中が固まる。 媽媽は私の目の前で
「どうぞ」
と静かに答える。
私の後ろで扉が開く。あの人の匂い。あの人の息が聞こえる。その足音が扉で止まる。
自分の背中に、あの人の目が当てられてるのが分かる。

「・・・失礼いたします」
あの声がそう言って、足音がこっちに 一歩、二歩、進む。
続いて中に入ろうとした叔母様に、媽媽は静かに言った。
「人払いを。みな外で待て」
私は椅子から立ち上がった。
「媽媽、私はこれで・・・」
「分かりました。お気をつけて、医仙」

余りにもあっさりとそう答える媽媽に驚いて、思わず目を白黒させる。
あれ?引き止められるかと思ったのに。
媽媽は微笑みながら、目で仰っている。

早く出てお行きなさい、と。
・・・何だろう、この感じ。

私は媽媽に頭を下げると無言であの人の横を抜けお部屋を後にした。

 

 

 

 

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