2014-15 リクエスト | 雨雫・3

 

 

典医寺に駆け込んだ大護軍が、足を止めて黙って考え込んでる。
医仙はどうしたんだ。すぐにそのまま駆けていくと思ったのに。

上って見張っていた木の上で身を翻し、幹を辿って下へと降りる。
「・・・トギ」
木の陰に隠れて小さい声で呼ぶと耳聡いあいつは左右を見回し、誰もいないのを確かめてからすっと木陰の俺に寄る。
「医仙、どうしたんだ」
俺の確かめるような声に、トギは首を振る。

分かんない、でもずっと元気がないとその指が教える。
「いつくらいから」
少し考え込むと、トギの指が困ったみたいに動き出す。
戻って来て少ししてから泣いてる。ここ最近はひどくなった。
「泣いてるのか」
うん、泣いている。あの天界の道具を弄りながら泣いてることが多い。
「なんか言ったりはしないのか」
以前のようにやかましく騒ぎ立てればまだましだ、貝のように何も言わないから困ってる。
「そっか。大護軍には言ってるのかな」

それだけが心配で、呟いた。
それはない、とトギが困ったようにまた首を振る。
「何で」
あんたの大護軍には黙っててくれと、念を押された。
だけどもう駄目だから、キム先生にだけ言った。
このままじゃ病になってしまう。あんたの大護軍に、助けて欲しいと伝えて。

トギは心の底から困ったみたいに、首を傾げて俺に頼む
俺はトギの肩を叩いて、歩きだした大護軍へ駆け寄った。
「・・・テマナ」
「はい」

先を歩いていく大護軍の背に付き、俺は返答した。
「何か判ったか」
「ここしばらく、天界の道具を弄りながら泣いてるって。
大護軍には黙っててくれと念を押された、 でもこのままじゃ病になる、大護軍に助けてほしいって」
「そうか」
その背に向かって、思い切って言ってみる。
「大護軍」
「なんだ」
「医仙、帰りたいわけじゃないです」
「・・・何故判る」
大護軍は苦しそうに眉を寄せた。
俺が言っていいんだろうか。言った方がいいんだろうか。

 

「テマナー!」

大護軍のお屋敷の杉の上にいた俺は呼び声に驚いて慌てて飛び下り、呼ばれた声へと駆けつける。
おかしな気配なんかしなかったぞ、どうしたんだ。
「う、医仙!」
急いで駆け寄り声を掛けると、医仙がにっこり笑って
「はい!」
そう言って俺へと、紙で挟んだ丸い熱い平たいものを渡す。
「な、何ですかこれ」
駆け付けて息を切らしたままで尋ねる。
「食べてみて」
食べ物なのか。丸い熱いそれの匂いを嗅ぐ。甘い匂いがする。
俺のそんな様子に、医仙がくくくと笑う。

「大丈夫よテマナ、おかしなものじゃないから。あ、でも食べ慣れないし、熱いからゆっくりね」
頷いて恐る恐る端っこを齧ると、中から熱い甘い汁が垂れる。
驚いて口を離して医仙を見ると、医仙は笑いながら
「ホットック。熱いでしょ?揚げ焼きだから。でも、熱いうちに食べた方が美味しいから」
そう言って、首を傾げる。
「美味しい?」
「は、はい」

本当は舌を焼く熱さで、まだ味なんて碌々わからない。
けど作ってくれた医仙の気持ちが嬉しくて、そう言って頷いた。
「じゃあ、けがとかじゃないんですね。急に呼ばれてびっくりして」
「ああ、ごめんごめん。全然そんなんじゃないの。熱いうちに食べてほしかっただけ。
じゃあこれ、他の皆に持ってってくれる?」

さっきのあの熱い丸い菓子がたくさん載った皿をはい、と俺に差し出して、医仙が言った。
「皆にも、熱いから気をつけてって言ってね」
「は、はい。ありがとうございます」
医仙はにこにこ笑いながら、俺に手を振ってから厨への裏木戸を開け、中へ入って行った。

お屋敷の歩哨の奴らにあの熱い菓子を配って、空になった皿を持ち縁側の前に立つ。
「医仙」
そう声を掛ける。部屋の中から顔を出した医仙は手に持った空の皿を見て
「ありがと、配ってくれたんだ」
その声にはいと頷くと、
「じゃあちょっとだけ時間ある?」

そう言って俺を手招きした。
俺が縁側に座ると大きな包みを出して
「これは、迂達赤のみんなの分。お使い頼むから、帰る前にもうひとつ御馳走するね」

そう言って、大きめの茶碗を俺に差し出した。
懐かしい山の果物の匂いがする。
「柚子茶。飲んで」
それを飲むと、口の中いっぱいにあの黄色い果物の味と匂いが広がった。
「本物みたいです」
俺のその言葉をわかってくれたのか、医仙は頷きながら
「そうでしょ?本物の柚子絞って飲んでるみたいよね。実も皮も、全部使うから」
そう言って。

「山ではよく捥いで喰いました」
「柚子を?」
「はい」
「柚子だけ?」
「いえ」
獲物が取れないときは果物は楽だ。逃げないから。
「他にも喰いました。いろんな果物や木の実」
俺がそう言うと、医仙はうんうんと頷いた。
「ねえ、テマナ」
「はい」
「テマナは、帰りたくなったことないの?」
「え」

医仙がまっすぐ見つめるその目に、俺は驚いて目をぱちぱちと瞬かせた。
「山と皇宮じゃ、全然違うでしょ?山に帰りたくなった事ない?」
「ないです」
俺は迷いなく、すぐ言った。そんな事ない。
大変だったことはあるけど、隊長に会った時から離れたいと思ったことは一度もない。
隊長の呼び名がどんなに変わっても。

今も山の景色を夢に見ることはある。
その夢には、いつだって隊長がいる。
そして呼ばれる。

テマナ、一緒に来い。

嬉しい気持ちで一目散にそこへ走って行って、目が覚めるんだ。

「俺は、大護軍さえいればいいから」
「そうかあ」
その言葉に、医仙は嬉しそうに頷いた。
「同じね、私と」
そう言って俺をじっと見た。
「私も、あの人がいればそれだけでいいの。おんなじね」
「はい」
俺が笑って頷くと、医仙はあの果物の香りの湯を飲みながら
「そうかあ」
もう一度、そう言って笑ったんだ。

俺とおんなじだと医仙ははっきり言った。同じだったら帰りたくなんかない。
大護軍の側にいたいって思ってる。だけどそれを伝えるのは俺じゃなくて、医仙だ。

俺は口を結んで、それから開いて、息をして大護軍に言った。
「俺とおんなじだって」
それだけ言うと大護軍が首だけを俺に向けて
「言ったのか、お前に」
そう訊いた。
「はい」
その目を見て、訊かれた声に、俺はまっすぐうなずいた。
「・・・そうか」

それだけ言ってまた前を向く大護軍の背に従って、俺はそれ以上何も言わずに、黙って歩いた。

 

 

 

 

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14 件のコメント

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    テマンの『俺とおんなじだって』という言葉で少しは安心できたかもしれませんね(^^)
    ヨン、勇気を出してウンスの気持ちを聞いてみて欲しいな!

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    久しぶりの トギ&テマン…
    ヨンとウンスの ウォッチャ―だから
    少しの変化も見逃さない
    テマンが言うんだもの
    ウンスはヨンと一緒にいたいのは
    間違いないのよね~…
    うまく ウンスの心が ヨンに伝わればいいんだけど 。゚(T^T)゚。

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    さらんさん、こんばんは!ウンスに涙の訳、ずううっと考えています。ヨンには言いたくない、でも涙が出てしまうその理由、、、
    明日には答えがわかるのでしょうか。それまで考えて続けます。
    そしてヨンに絶対の信頼を置いていて、迷いのないテマン、可愛くて好きです。

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    帰りたいわけではない事は、テマンの言葉で伝わったのかな。このあと、お互いの気持ちをさらけ出し合えるのでしょうか?

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    さらんさん、今夜もお話の続きをありがとうございます。
    ああ…そうかあ。
    うんうん、そうかあ…。
    戻りたいわけでもないし、戻ろうと思ってもいないし、ヨンとの生活に一ミリも不満などないけれど、もうひとつの世界には、かけがえのない人たちがいるんですものね…。
    切ないなあ…。
    その切なさを、一番大切な人に知られることがまた、さらに切ないのですよね。
    切なさを描かせたら“ピカイチ”のさらんさん。
    私も高麗版ホットドッグを食べながら、早く続きを拝読したいです~(*^。^*)
    さらんさん、美味しい休日でしたか?
    私は先ほどまで、韓国料理屋さんでプルコギと味噌チゲ等々、頂いてきましたよ~。
    さらんさんお話、高級なデザートのようです❤
    ご馳走様です(*^_^*)

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    さらんさん、失礼しました!
    ホットドッグじゃなくて、ホットックですね⁈
    これまた、美味しそう~❤︎
    ヨンも食べたかしら?

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    >まろんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    テマン、ほんとにほんとにもう、ああ。
    この子がいなければ駄目になったことがたくさんあります@さらん設定
    ヨンが危ういところでこちら側へ引き戻す、その純粋さと
    生命力の強さ、逞しさ。
    頑張れヨン!と思わず叫ぶ書き手ですw

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    書いてはいないのですが、テマンはずーーーっとヨンにくっついていますw
    もう二人で一つ状態w
    ウンスは一緒にいたい、それには全く嘘はないです。
    伝わるかなあ、と、私もドキドキです(;^_^A

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    >pivoine22さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    テマンはもう、迷いなく真っ直ぐ。そしてそれはヨンにも伝わっています。
    ウンスの涙の理由が伝わると良いな、と願いつつ、
    もう暫しお付き合い頂ければ嬉しいです(*v.v)。

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    >p172172さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ヨン&テマンの場合、言葉は最低限ですが気持ちは完全に通じるかと。
    そしてウンスの告白で、その気持ちが明確になれば良いなと願いつつ・・・

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    >muuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    素敵な週末リフレッシュですね(〃∇〃)
    美容室⇒韓国料理❤私は実はプルコギのあの甘めのヤンニョム?タレが苦手で
    どうしても辛めへと走ってしまうのです(;^_^A
    切なさには終わりがなく、攫ったという事実、
    離したくないと願った欲は、いつでもヨンの心に
    影を落とすのですが・・・
    ヨンがもう一歩成長すれば、そこを乗り切らないから
    いつまでもウンスが心を痛めると、分かると思うのです。
    リク話では無理ですが、本編ではそこも乗り切ってほしいなと願います・・・σ(^_^;)

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    >muuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ホットック、ヨンはどうなのでしょうw
    ウンスの事、きっと帰って来たヨンに熱々を出したは良いものの
    「これは俺には…少々甘すぎるかと…」とか言いにくそうに言われて
    しゅーんとなりそうです( ´艸`)

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    口数の少ないテマンが更に意思疎通の下手な二人の間で奮闘してくれている様に嬉しくなります。
    ウンスにはトギが、ヨンにはテマンが付いていてくれる。
    ウンスが言った「テマンと同じ」がちゃんとヨンに届くといいな。

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    >ままちゃんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    これは、届いています。
    届いて、そしてそれを真摯に受け止めての最終話、最後のヨンの誘いです。
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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