2016 再開祭 | 言問 2018・前篇

 

 

【 言問 2018 】

 

 

 

 

・・・くっ!

馬鹿でかい立派な木製の門前で一人、拳を握り締めて膝を折る。
某ロダンの有名彫刻みたいな、いやそれ程高尚なものではない、どちらかというとスポーツのクラスで頑張った空気椅子みたいなポーズ。

もしももう一度来る機会があれば、是非言ってみたかった。
だって時代劇ではよく言ってるじゃないか。あの決め言葉。
ようやく口にする機会に恵まれた。

「이리오너라ーー!」

イリオノラ、直訳すると”是非いらっしゃい”。

何で訪問しておいて、挨拶が”是非いらっしゃい”なのだろうか。
日本語の”頼もう”の方が文体的にも遥かに美しくはなかろうか。

不思議だ。異文化だ。まあこの際それはどうでもいい。

だって先刻から大きな門前で髭面のコムさんが、呆れたみたいな怖がるみたいな顔で見ている。
怪しいですよね判ります。そして突っ込みたかろうに黙っていてくれる事にも感謝します。
あなたは”気は優しくて力持ち”の権化と思っているので。

そんな肚裡を知らないであろうコムさんは、門前の不審者に恐る恐るといった風情で尋ねた。
「何か、御用」
「ですとも」
「・・・ですね」
無意味に胸を張って威張った態度が良いのか。それとも卑屈に体を丸めてこそこそする方が良いのか。
残念ながら私の辞書には、卑屈という言葉はない。

堂々たる傍若無人な態度に諦め顔のコムさんが、大きな手で分厚い門扉を押し開いてくれる。
目の前で一枚板の見事な門扉が、軋みながら地面を擦る。
数え切れないほどの開閉で、門の角具が地面を抉って刻んだ深い溝。

埋めてあげたいなあ。チュホンが足を取られたら大変だし。
まあ埋めるのはいつでも可能だし、こっちの自由なわけだが。

まずは自分が足を取られないように、慎重にその溝を跨ぐ。
이리오너라と叫べた事で、今回の目的の半分は達成したと言っても過言ではない。

そう思いながら立派な門を堂々とくぐって、御自慢の薬園の先へと飛び石の上を歩き始める。

「御客人」

飛び石の上を、文字通り飛んで渡り始めた背後から声が掛かる。
振り返ると門前で仁王立ちになったコムさんが、体に似合わない繊細な指先で、庭の飛び石を示した。

「飛び石は、飛んで渡るものじゃ」
「知っている。飛び飛びに置かれてるから飛び石と呼ぶんだよ」
「それなら何故」
「うーーん。飛びたいから?」

駄目だこいつ。
口には出さないまま露骨にそんな顔で溜息をつき、コムさんは儀礼的に頭を下げてから、大きな背を向けてしまった。

門を入ると、右手に厩舎。チュホンは随分と贅沢な暮らしをしているようだ。
一頭にしては随分とゆとりのある大きな馬房。
清潔な藁が敷き詰められた馬房の周りから、自慢の薬園が始まっているらしい。

蘆薈と呼ばれるアロエ。油灯の油も取れる椿。雪の中に咲く、春を知らせる福寿草。
たっぷりと生った赤い実を抱く南天。真冬には茂った葉しか見えない枇杷。

成程、季節ごとに大まかな区分けがしてある。
その辺りには、冬の薬木が多く植わっていた。

冬にもこれ程たっぷりと陽が射すのは、この家の北側が皇宮の裏に続くなだらかな山に塞がれているから。
家の前の私道は南北に伸びていて、南からの陽を遮る建物がない。

庭の径の飛び石でホップスコッチし始めた背後から、 コムさんの体に見合う大きな溜息が聞こえた。

 

 

 

「이리오너라ーー!」

庭の季節の木々や薬草の合間を縫って玄関まで。
思った以上に奥行きがあり、コムさんのいた門から結構歩いた。
成程、これなら自宅の庭でガーデンウエディングも可能なはずだ。

玄関先でもう一度イリオノラの声を掛けると、中から扉が開く音。
顔を覗かせたのは黒髪を結髪、オヨモリにした小柄な女性。

武芸者特有の伸びた背筋、小柄な体、旦那さんと並ぶとその胸まで届くかどうか。
肩に乗れるほど小さいけれど、旦那さんが絶対にが上がらない凛々しい視線。
コムさんが壊れ物のように大切に扱う、可愛らしくて強い人。

「안녕하세요 한끼 만하세요」

メチャクチャだ。知ってる韓国語を並べたと思われても仕方ない。
こんにちは、一食くださいだなんて。

「出来ません」

あっさり一言だけ言って、タウンさんが扉を閉めようとする。
「ま、待て!」
鼻先でぴしゃりと閉じられそうな扉に、反射的に爪先を突っ込んで止め、ひとまず丁重に願い出る。

「あの、ここでハイと言ってもらえないと、話が進まないんで」
「知りません」
「そこを何とか」

私の辞書に卑屈という言葉はない筈なのに、口調がだんだんカン・ホドンさんのようになってきた。
「ギブ・アンド・テイクです。Give & take
そうでないとこの先コムさんにあんな事、こんな事の不都合が起こる可能性が」

立場を利用して脅かしたくはないけれど、此方にも都合というものがある。
タウンさんは物凄い嫌な顔で私を一瞥すると、次にドアストッパー代わりに突っ込んだ爪先を指差す。
「判りました。どうぞ」

やったと頭を下げ、タウンさんの気が変わる前に開かれた扉から正々堂々と中に入る。

高麗貴族、チェ・ヨン邸母屋。

 

 

玄関の框を上がると、目の前に真直ぐな板張りの廊下。
右手は先刻抜けて来た薬園を兼ねた庭。
左手にはそれぞれの部屋につながる扉。
廊下は突き当りで左手に向けて曲がる。

うーん。感慨深い。
「厨に行きにくくないですか?」
質問にタウンさんは首を振る。

「裏手にも勝手口があるので」
「不便は?井戸が足りないとか、オンドルが不調とか、排水が悪いとか」
「ありません」
「じゃあ具体的に、チェ・ヨンやウンスに何か不満が」

その瞬間、前を歩いていたタウンさんの鋭い視線が飛んで来る。

「あったらここには居りません」
「すみません」
謝罪の声に渋々頷くと、また無言で歩き出すタウンさん。

「あの、今日のご飯は何だろう」
「御膳の事しか頭にないのですか」
「うん。今日はタウンさんの見事なシェフぶりも目玉のひとつとして、大々的に」
「取り上げて頂かなくて結構です」

あらやだ怒ってる。取り付く島もない。
冷たい声で突き放した後、心底嫌そうに彼女は吐き捨てた。

「一刻も早く召し上がってお帰り下さい、さらんさん」

さっさと喰ってとっとと帰れ、の丁寧語バージョンで。

 

 

 

 

以前のリクエストでさらんさんが高麗に潜入するお話ありましたよね。
その新バージョン。
さらんさん、ヨン、ウンスの新居にお邪魔して一泊、いかがですか?
タウンさんのおごちそう食べて、お風呂にも入って、他にも誰か呼んだりして、酒盛り‼……
で、お泊まり(*^^*)
新婚の夫婦にイラッとされちゃう。
サザエさんちじゃないけど、間取りもわかったら楽しそう!(mimozaさま)

 

 

※このお話は2014-15 リクエスト:言問 の続きバージョンです。

話のつながりは全くありませんが、ヨンで頂けると嬉しいです❤

 

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