2016 再開祭 | 言問 2018・中篇

 

 

 

「これは?」
「・・・塩です」
「これは?」
「醤です」
「これは?」
「セウジョッ。アミの塩辛です」

木のテーブルの上には、料理時代劇で見るような大小の陶製の瓶。
蓋を開けてひとつずつ覗き込んで確かめる私に、タウンさんが教えてくれる。

「塩以外は自家製なんだね」
「そうです。ウンス様が作り方を教えてくださいましたから」
「こういうのでそれぞれの家庭の味が判る」

お家探検をしたかったけど、それは許してもらえなかった。
案内されたのは居間の裏口から抜けた先のキッチン。
その厨は埃避けなのか、床にはきちんと石を敷き詰めている。

木製の調理台と思われるテーブルの上には、床に据えられた竈と別に、卓上コンロとして利用する七輪みたいな小さな炉。
さすがに上水道設備はないから、水は隅の水甕に貯めてある。

すぐ判ったのは他のどれよりも大きい甕が石床に四角く切られた、一段低いエリアに置かれていたから。
そしてそのエリアから表に向かって、排水溝と思われる細い溝が続いている。

「あの水場もウンスのアイディアなの?」
「ウンスさまは、私たちの知らないことを何でも御存じです。
ものを腐らせぬよう乾かす事も、保存に塩や酒を使う事も、部屋を清潔に保つやり方も」
その言い方が、まるで自分の家族を褒めるみたいに誇らしそうだ。

「タウンさんは、ウンスが好きなんだね」
「はい。好きですし、尊敬していますし、心配です」
「心配?」
「あの方は何処か幼い子のようで。真直ぐで力加減を知りません」

それは本心なのだろう。あの人は最初からそういう人だった。
どれだけ口で何を言っても、結局自分より他の人の為に動く。
医者という職業の特性か、それとも本来の性格なのか。
損してると思うと可哀想でもあるし、あの男の求める女性はそうでなければ務まらないとも思う。

何もかも抱き締めて、世間の善悪でなく相手を認めて、心の痛みを笑顔で癒す人。明るい道に強引にでも引っ張っていく人。

「そんな人は、一人でこっそり泣いてる」
「ええ。そう思います」
「一緒にいてあげてね」
「はい」
「うん。タウンさんがいてくれて良かった」
「違います。ウンスさまが可愛らし過ぎて、私の事を変えたんです。元来の私はそれ程良い人間ではありません」
「そうかあ」
「ウンスさまだから、周囲に人が集まるんです。ウンスさまが一生懸命だから、周囲も一生懸命になります」

あながちウソとも思えない。私は頷いて、厨の隅の甕に向かった。
「じゃあ今日は私がご飯の支度を手伝う。みんな呼んで、大宴会を開こうよ。
迂達赤の皆とか、手裏房とか、タウンさんの大好きなチェ尚宮コモとかさ?」

私の提案にタウンさんは驚いたように目を丸くする。
「だからその前に、お家を案内して下さいな」
「大護軍とウンスさまに伺って参ります。それまでは動かず、ここにいて下さい」

ここ、とキッチンの床を指して、タウンさんは一人で居間に続く扉を開けて、思いついたように振り向いて最後に言った。
「一歩でも表に出たら、たとえあなたでも許しません」
「はい」

隙をついて庭だけでも観察しようと思ったのに、さすがに抜け目がない。恐るべし、武芸者の勘。
睨まれて諦めて俯く。キッチンの甕の中身でも確かめて、暇を潰すしかない。

 

 

 

 

「・・・出たな」
大股に居間に入って来るなり、男は眉をしかめて唸った。

広々とした居間は、もともとは中央で区切れるような作り。
それを二部屋分ぶち抜いているところが豪快なこの男らしい。

その居間に置かれた長いテーブルの上には、数え切れないほどの皿が載っている。
「この時代は何しろコチュが入って来てないのよ。あれは16世紀になってからでしょ?だから味付けが」
その御馳走を前に、不満そうに鼻に皺を寄せるのはウンスさん。

「それも通説だよ。確かに16世紀の後半の朝鮮出兵で伝来したって説もあるけど。
でも15世紀中ごろに韓国で書かれた本に椒醤って表記があるんだって。
そもそも大陸経由で日本に入ったんだとしたら、李氏朝鮮も条件は同じだし。
日本より地理的に近い陸続きなんだから、今の高麗に韓国固有種の唐辛子があってもおかしくない」
「物知りなのねー」
「ええ。あなた方のおかげで勉強してるんで。探してみなよ」

私達が向かい合って調味料談義に興じる中で、長テーブルの特等席である上座に座ると、男は頬杖を突いた。

「何しに来た」
「うーん。まあいろいろ。そろそろラストスパートなので、その前の謎解きに?」
「最後なの?」

ウンスさんはそう言うと、チェ・ヨンと一緒にこっちを見る。
「最後だよ。本当はこんなに時間をかける気もなかった」
「そうなの」
「足掛け5年は長過ぎる。最初から決めていたし」
「じゃあ、もうちょっとだけね」
「うん。だからみんなにも来てもらった。会うのも最後だから」

チェ・ヨンとウンスさんの声を無言で聞く、居間に集う面々。
尚宮コモ、チュンソク隊長、そしてテマンとマンボ姐さん。

「ひとまずこの先の為に、宴会で酔っ払う前にちょっとだけお話を聞かせて下さい」

その6人を前に、私は深々と頭を下げた。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    チェ・ヨン邸大解剖!! …なんて、撮影中の現場に取材に入った番宣番組を想像してしまいました~
    さらんさん、細かいところまでリクエストに答えて頂き本当にありがとうございます。
    これからの展開が楽しみです(^^)

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