変わりやすい秋の空は、開京外郭に差し掛かる頃には再び黒さを増している。
冷たくなり始めた風に黒染衣の襟を立て直し顎まで埋め、俺は周囲を見渡した。
立ち並ぶ木々から風に煽られ、黄や紅や茶の枯葉が落ちる一本道。
その隙間から透かしても、見通す限り視界に人影はない。
水州からの帰路には確かにこの道を使ったが、女が同じ道を使って戻るとは限らぬ。
そもそもただ一度しか通らなかったこの道を、覚えているのかすらも怪しいものだ。
それでも何もせず手を拱いていれば、短い秋の陽はすぐに落ちる。
夜になれば更に冷え込む。
外郭の道で女一人、山賊にでも行き遭えば格好の餌食になる。
そんな事を考えた己の可笑しさに歩を緩める。
俺が手を下そうが山賊が下そうが、そこに何ら違いなどない。
どう違うと言うのか。ヨンに諫められるまで自分が考えていた。
己の口が吐いたのだ。生かしておけば面倒だと。
それはつまり邪魔なら殺めると言う意味に他ならぬ。
乾いた音を立てて落ちる枯葉を踏みしめ、再び足早に歩き出す。
不見転に風功を放ってきたわけではない。
殺めたい者にも殺められる者にもそれなりの筋があった時だけだ。
しかしヨン程深く、命の遣り取りを考えて来たわけでもない。
俺の得心できる理由があれば、後の些末事はどうでも良かった。
そうして殺めた男の娘を追う事になろうとは。
その娘から恨んでいないと言われるなどとは思ってもみなかった。
故に追い掛ける。
少なくとも今まで俺に対し常に正直だったあの娘に、言わねばならぬ事がある。
女の足なら遅からず追いつけよう。
安易に考えて飛び出て来たは良いものの、こうも歩いて姿も見えぬとは。
それでも今開京まで折り返せば、何処かで行き違いになる。
陽が西に落ちれば、雨雲ではなく夜の暗さで完全に見失う。
途に迷おうが凍え死のうが、それも女の運命だろう。
しかし言わねばならぬ言葉を伝える前に死なれるのは困る。
思わず足を速め駆け出す足許、積もる落葉が砕けて舞い上がった。
*****
息を切らし、一気に駆け付けた水州の境の丘の上。
厚く空を覆い始めた雨雲で、夕刻の訪れがいつもより早く感じる。
眼下に広がる村の家々、僅かな店も既に灯を燈している。
風に揺れる点々とした灯は、まるで初夏の蛍のようだ。
此処まで走り姿すら見かけなかったという事は、既に何処かで擦れ違ったか。
そうなれば明朝の夜明けまでは探せない。
しかしこの空模様、冷たく強くなる一方の風の湿った匂い。
今宵はまた雨が降る。避ける事すら出来ず一晩中打たれ続ければ、下手をすれば凍え死ぬ。
木通に驚いたあの女に、林の中で雨宿りをする智慧などあるものか。
だから端から思っていたのだ、般若など名前負けも甚だしいと。
俺が見つけねば死ぬ、その怖さで丘を駆け下りる。
寺にさえ居れば良い。後の事はその時に考える。
駆け付けた古刹の山門に続く石段の下、暗がりの中に灯した松明。
その灯の許に佇む鎧姿の影を認めた刹那、考える前に体が動く。
足音を消し、翻した衣裾ごと手近の銀杏の大木の幹裏へ身を隠す。
そんな馬鹿な事があるものか。
大木裏から目だけを出して、揺れる灯影が映す横顔を確かめる。
遍照。
見間違えようがない。
頭で打ち消そうと己が見つけ、弟に繋ぎ、わざわざ開京まで連れて行った。
あ奴の恨んでも恨み切れぬ宿敵の王族に付ける、二重間者に仕立てる為に。
ならば何故だ。 全てが全く腑に落ちぬ。
何故宮にいる筈の僧が禁軍の臙脂鎧を着込み、人待ち顔で此処に立っている。
その時遍照がふと顔を上げ、灯影の向こうから振り向いた。
そして闇に溶けた俺も同時に。
共に視界の先に捉えたのは、同じ小さな影とその弾む息遣い。
一日中駆け回り探し続けた女が一人、視線の先に立っている。
女は灯影に光る派手な臙脂の鎧より、木の幹に張り付いた闇の中の墨染衣に先に目がいったらしい。
「ヒド兄様・・・」
女の呟きに初めて気付いたように、遍照もその視線の先を追い、大木の影を透かすように見つめた。
吹き付けたひと際強い北風に、闇の中にも鮮やかな黄金色の葉が音を立てて降って来る。
これ以上隠れていても仕方あるまい。黄金色の雨のような落葉の中に、一歩踏み出す。
「・・・ヒド殿」
鎧姿も考えられぬ程妙なら、ここに居るのも全く意味が判らぬ。
しかし次の遍照の表情は、今までのそのどれよりも奇妙だった。
奴は微笑んだ。
今目の前に俺が現れたのも、そして女が俺を知っているのも当然という顔で。
松明に照らされ、心に染み入るような笑みを浮かべた。

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遍照が絡んでいるとそれだけで怖い。
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なんで居るのー
ううううう
なんだか お腹がいたくなる場面だわ。
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女人さん、見つかって良かった。
でも、寺…の前ですか。
あげくに、禁軍の鎧を着た遍照がいる。
何故…
ヒドが、自問自答しながら女人を探している様子は、ウンスが高麗に来たころ、あちこち出歩いて、ヨンに心配をかけていた様子に似ている。
無意識のうちに、ヒドの心に、女人の存在が入り込んでいるみたい。
にも関わらず、やっと見つけた先に、何故か遍照がいる。
嫌だなあ…
何故いるのよ…
先入観なのだけれど、遍照は苦手。
お話の更新が、いつも、待ち遠しい。
ドキドキなのです。
どうなるのかなあ………