2016 再開祭 | 釣月耕雲・壱

 

 

【 釣月耕雲 】

 

 

呼び出された典医寺の明るい部屋へ一歩踏み入った途端。

「久しぶり。聞いたわ、だから来てもらったの」
ウンスの切り口上に、チェ・ヨンは眸の前の顔を改めて見つめる。
「何をです」
「開京の城下で、大きいお祭りがあるって。本当?」
「はい」

高い声は挨拶もそこそこに、いきなり本題へと斬り込む。
下らぬ話をくどくど聞かされるよりはましだと思うよりない。
祭の件を天人の耳に入れた者を恨みつつ、ヨンは諦めの息を吐いた。
「だからその間だけで良いの。外に出して」
「無理です」
「1人でとは言わない。ガードがついてもガマンするわ」
「がーど」

天界語にヨンが眉を顰めても、ウンスは気に病む風もなく話し続ける。
応じるまで椅子に腰掛ける事も許さないつもりか。
扉前に立ちはだかり、医官服の腰に手を当て胸を張るウンスの勝気な茶色い瞳に、ヨンの首が振られる。

腹立たしいと、ヨンは心で呟いた。

何処までも自身の立場が判っておらぬらしい。
攫ったのも返すのも此方の責だが、だからと言って勝手は許さん。
無事に帰りたくば大人しく息を潜め、人目を遣り過ごして欲しい。
自ら目立つ矢面に立ちながら、射るな狙うなと言う方が間違いだ。

しかし黒い眸は冷静を装い、目前のウンスを無表情に見つめる。
そんなヨンの思惑など、全く気にするわけもない。
「出店とかないの?」
ウンスは知りたい事だけを勝手気儘に、矢継ぎ早に質問していく。
「臨時の市が」
既に祭の噂まで耳に届いている。隠しておけるものでは無い。
判じたヨンが短く応える。

「じゃあ、私も出店したい」
「は」
余りに予想を外れた願いに、咽喉から間の抜けた声が出た。
天界の智慧を我が物にしよう、手に入らぬなら殺してしまえと奇轍が付け狙っている的の本人が、何を言っている。

「私が持ってる天界のテクニック。この世界では見慣れない、そうね、たとえば簡単なコスメとか。
あとは、薬菓と伝統茶のティセットとか。そういうちょっと珍しいものを出せば、ウケると思う」
「危険です」
「だって別に、キチョルだって私を殺そうとしてるわけじゃないわ。ずっとここにいたら息が詰まる。
少しは自由にさせてよ。隠れてるより人前に堂々といた方が、まだマシでしょ?
どうせキチョルは皇宮にも平気で入って来られるんだし」

捲し立てる声から身を躱すように、立ち塞がるウンスの脇を抜ける。
中に進んだヨンは断り無く、部屋に据えた卓の椅子を引くと腰掛ける。
「祭を愉しむ余裕など無い」
「あなたにはなくてもこっちにはあるの。ずっとここにしかいられないなんて、退屈で死にそう」

退屈で死んだ者など見た事も聞いた事も無いと、ヨンは呆れてウンスを見る。
死ぬの生きるのと、天界では皆これほど大仰に物を言うのだろうか。

それならとうの昔に死ねた。退屈と諦めと絶望で。
軽蔑したようなヨンの眸に射られたウンスは平然と
「実際に死ぬわけじゃないわ。ものの例えよ」

そう言って肩を竦め、視線を受け流して言った。
「1人で出るのがダメって言うなら、漢方医の先生でも誰でも一緒でかまわない。
とにかく外に出してよ。出してくれれば文句は言わない」

確かにこれ以上、喧しい声で文句など聞きたくもない。
ウンスの言う通り。
外に出ようと皇宮内に居ようと、あの奇轍の伸ばす手は避けられない。
皇宮の壁どころか、その気になれば北の国境も超える。
そんな男からいつまでも隠れ続けるのも性に合わない。

ならばチャン侍医と共にこの女人を守り、勝手な動きを封じた方がましだろう。
何しろ目を離したが最後、何処へ飛んで行くか判らないのだ。
ヨンは高い声にうんざりしながら、渋々頷いた。

 

 

 

 

ウンスが化粧品のお店&薬膳カフェ(のようなもの)をオープンして大盛況?
オーナーになって、可愛い店員さん、イケメンの店員さんの新キャラも登場。
なんてお話、どうでしょう?
(mimoza様)

 

 

4 件のコメント

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    まったくもぉε-(•́ω•̀๑)
    と 言いながらも
    ウンスを見てなくちゃ。
    侍医に 任せれば…って 気にもならない
    俺が守って差し上げねば! (๑•̀ㅂ•́)و✧
    なんだかんだで 面倒見いいんだよねー。

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    二人がお互いの気持ちに
    気がついて無い頃のお話ですね❤
    タイトルの【釣月耕雲】
    無理だと諦めずに挑戦する
    無限への挑戦。
    と言う意味だそうですね。
    ヨンとウンスにぴったりな
    言葉だと思います(^^)
    続きが楽しみです~~(^-^)

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    ウンスの(mimozaの?)突拍子もない思いつきに呆れるヨン。
    チャン先生もいらっしゃるあの頃のお話なのですね。
    釣月耕雲…どんなお話になるのか、楽しみです。

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    いつもお話ありがとうございます。
    結局はウンスの勝ちなんですよね。
    ヨンファイトです!
    続きが楽しみでにやけてしまいます。

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