【 薄 】
朝霧の立ち篭める山中を、二人の男が黙々と歩いていた。
春の萌え始めた下草の揺れる音に、テマンが足を止める。
そのまま耳を澄ました後に漸く硬くした体の緊張を解き、
「て、隊長」
と、その先の一点を指す。
其処から眺めるチェ・ヨンには何も見えない。
眸を細めたチェ・ヨンの横顔を確かめると、テマンはいきなり駆け出す。
後を追おうにも山育ちのテマンに追い付くのは至難の業だ。
チェ・ヨンが追い付いた時には既にその先の小さな木立の中に座り込み、テマンはヨンを手招いた。
「隊長」
「如何した」
木立は下枝が折れ、生々しい切り口を晒している。
辺りにはまだ鼻先を殴りつける程に濃い血の匂い。
下草に残る荒々しく巨きな足跡、残った血溜まり。
その血痕の主を引き摺って行ったと思われる赤黒く深い溝は線を描いて木立を出で、深い山中へと続いていた。
巨きな足跡を確かめ、チェ・ヨンが唸る。
「・・・虎」
「は、はい」
その時再び鳴った下草にチェ・ヨンの眸が向いた。
そこに居たのはほんの小さい、生まれたての鹿毛の仔馬だった。
ようやく臍の緒が取れたばかりの仔馬は、折れた木枝のような細い四肢を踏ん張り、よろめきながら立っていた。
「お、俺、水を」
言い残したテマンが慌てて木立を駆け出て行く。
母馬が舐め取るはずの濡れた体のまま、その優しさを失った仔馬の大きな黒い目がチェ・ヨンを見た。
眸を逸らすことを許されない気がして、チェ・ヨンもその黒い目を見詰め返した。
付近に獣の気配はない。
母馬も、その母馬を腹に収めただろう虎も、もう近くには居ないのだろう。
出産中の無防備なところを襲われたのかも知れないと、チェ・ヨンは思った。
さもなくばこうして生まれたての仔馬だけが残されている訳がない。
一人か。
チェ・ヨンの瞬きしない眸に、仔馬が低く鼻を鳴らした。
*****
「隊長、こいつは」
「厩に入れろ」
予定より遅い帰りを待っていたトルベの前に現れたチェ・ヨンは、仔馬を繋いだ荒縄をその手に押し付ける。
「それは構いませんが・・・すごい土産ですね」
「成り行きだ」
短く言って兵舎の方へ歩き去るチェ・ヨンの背後、残ったテマンがその荒縄を受け取った。
「こいつは果樹馬か。牧子にでも遭ったのか?」
仔馬を確かめたトルベの問いに
「ち、違う。果樹馬はもっとちいちゃい」
首を振ったテマンは歩き続けた仔馬を労わるように掛けた荒縄をそっと引き、先日仔馬を死産した母馬の隣の馬房に入れる。
「こいつも充分小さいだろう」
トルベはテマンの答が得心出来ぬように、馬房の仔馬を顎で差す。
「う、う生まれたばっかりで」
それ以上どう答えて良いのか判らないよう、テマンは痞えながら返す。
その母馬は顔を上げ風の匂いをしきりに嗅ぐと、馬房の横木越しに首を伸ばして隣の馬房を覗き込む。
仔馬は警戒した様子で馬房の中を後退り、隅に積まれた藁の上に力尽きたように寝転んだ。
黙って様子を見ていたテマンは母馬の鼻面を優しく撫でる。
言葉を掛けずとも母馬はそれで落ち着いたよう、隣の仔馬を収めた馬房との仕切壁に身を寄せた。
「うまく、いく」
囁くような小声の意味が判らず、トルベは首を傾げた。
「ち、ち乳」
迂達赤私室の窓の下。
生木段に寝転び眸を閉じていたチェ・ヨンは、鬱陶しそうに重い瞼を上げる。
「乳、か」
其処に立っていたテマンは目が合うと嬉しそうに頷いた。
「の、飲みそうです。あいつ、あの」
「仔馬」
「ははい。見つけた、あの」
「何より」
雪解けを迎えたばかりの山で産み落とされ、母馬は既に亡く。
その山中よりはいささか安全とは言え、一人で生きて行かねば直に母馬の二の舞だろう。
乳でも藁でも口にし、踏まれても蹴られても踏み返し蹴り返せ。
濡れた大きな黒い目を思い出し、チェ・ヨンは再び瞼を閉じる。
そんな風に懸命に生きるのが面倒だから、俺はもう眠りたいんだ。
何方もいらっしゃらないなら??
さらんさんが描かれる戦うヨンが読みたいです!
戦塲のヨンとチュホンの絆をお願いします❤
(hinamiさま)
リクエスト最終章(これは本当の最終章)です。
楽しんで頂けた時はポチっと頂けたら嬉しいです。
今日のクリック ありがとうございます。
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仔馬もいいタイミングで
ヨンに出会いましたね
運命だわ
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産まれたばかりの子馬…読みながらもしかしてヨンアと愛馬チュホン?の話かな…?とワクワクしながら次が気になりました(///∇///)読めて嬉しいです。ありがとうございますm(__)m
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仔馬ちゃん、チュホンに?
もし、これがヨンとの出逢いなら、お話の中とは言え、私も運命の日に立ち会えて興奮します。
ヨンとチュホン…
ヨンと…ウンス
運命の出逢い
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赤ちゃんチュホンとヨンのいまに至るまでの絆のお話。とっても楽しみです。
これがリク最終、ちょっと寂しい感じがしますがまだまだ本編ありますしワクワクもしています!
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さらん様の中でのチュホンとヨンの出会い
チュホン可哀想ですけど良い人に出会えてほっこり
あぁー、リクエストもさらん様の二次もとうとう最終章ですか…
さ、寂しい。゚(。pдq。)゚。
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さらんさん。
ワクワクする序章ありがとうございます❤
最終リクエストが私になるとは
思っていませんでした。
再開祭の最終のお題が
ヨンとウンスのloveで無くて
皆様ごめんなさい(^^;
頑固で我儘で、賢くて優しい。
戦場で一番大切な
ヨンのパートナー。
さらんさん家のチュホンが
好きすぎて、困ってしまうです❤
それと、奇皇后51話見終わりました!
チュモン、シンイ以来
久々に嵌まりまくった史劇です(*^^*)
韓国の俳優さんは演技が上手いと
再確認しました(^-^)