2016 再開祭 | 木香薔薇・壱

 

 

不思議な目をした人だと思った。
こんな薄い色の瞳を西京では見た事がない。いや、開京でも今まで一度も見た事がない。
大食国の血が混じっているのだろうか。けれどその肌は透き通る程白く、髪は紅く長く、羊のようにくるくると巻いてもいない。

どん、どんと打ち続ける心の臓の煩い音が、体の中を伝わって耳まで震わせる。

「あ、の・・・もしもーし?ほんとに、大丈夫ですか?」

多分俺は今、目の前のこの人をじっと見過ぎているのだろう。
戸惑ったような薄茶の瞳と、柔らかい声に訊かれて我に返る。
「え、あ、はい。はい!勿論。勿論!」

自分が思っていた以上に素頓狂な声が出てしまった。
俺は慌てて転びかけた中途半端な体勢から立ち上がり、その瞬間の足首の痛みに顔をしかめてしまう。
「若様、どうしました」
ソンヨプが俺のしかめたの表情に気付いて声を掛けるのと
「やっぱり、どこか捻りました?!」
その人が不安げな声を上げたのは同時だった。

ソンヨプはともかくこの人の前で何と格好悪いんだと、舌を打ちたい気分で急いで首を振る。
「何でもないよ」
と先ずソンヨプを宥め、
「大した事はありません。どうか気にせずに」
とその不思議な人にお伝えしたのに。

「ちょっと見せて下さい」
俺の声など気にしないのか、その人は立ち上がって、先刻の俺と同じように急いで周囲を見渡した。
ただ先刻までの俺と違うのは、何を探しているかはっきりと知っている事だろう。

瞳が少し先の茶店を見つけると店先に並べた椅子を指し
「あそこまで歩けます?トクマン君、ちょっと肩を貸してあげて」
そう言いながら返答も待たず、小さな足がその店目掛けて駆け出して行った。

 

*****

 

「ちょっと失礼しますね?」

店先の椅子の上、俺があの人の伴らしき大きな男とソンヨプとに支えられて歩き、ようやく腰を掛けた途端。
この人は断ると躊躇いもせずに俺のパジの裾を捲り上げ、手で膝から順に足首まで握ったり、指を這わせたり。

往来の真中で周囲の視線も気にしない振舞いに、俺もソンヨプも驚きの余り声を失った。
そして往来を行く者らが、やはりそんな俺達の様子に目を止める。

何か言われるか、笑われるかと思って身構えれば、皆は口々に
「また治療ですか」
「無理はされずに」
「必要な物があれば、おっしゃって下さい」

この人の振舞いが当然と云わぬばかりに明るく優しく声を掛け、あまつさえ俺にまで会釈をして通り過ぎていく。
そしてこの人はそれに一々
「そうなんです、私がケガさせちゃって」
「うん、気を付けますね」
「どうもありがとう!その時はお願いします」
そんな風に朗らかに、丁寧に応えては頭を下げている。

「さて、と」
膝下を辿る小さな手で足首を握られ、ほんの僅かに捻られた時。
力など全く入りそうもない細い指先の動きで顔をしかめた俺に得心したように頷いて、安心させるような声がした。
「ああ、捻挫だわ」
そしてすくっと椅子から立つと
「すみませーん!お水、頂けますか?」

俺の返答も確かめず、その人はすたすたと店の奥へ進んでいく。
伴の男が慌てた様子でその背の後を追いながら
「あ、う、医仙!!待って下さい!!」
と、こちらは大きな足音を立て、続いて店の奥へと姿を消した。

「変わった者らですね。特段怪しげなわけではないですけど・・・」
小さな後姿を目で追っていたソンヨプが、俺へと目を戻しながら言った。
「・・・若様」

ソンヨプは良いな。
あの後姿を目で追いかけても、またこちらに目を戻せて。

「若様、聞いてますか」

伴の男は良いな。
ああして呼びながら、小さな背について行く事が出来て。

俺は、一体どうしてしまったんだろう。
どん、どん、どん、どん。
大きく煩くなっていく心の臓の音だけが耳に響いている。

「若様、若様ってば!」
ソンヨプの大声の中、伴の大きな男が腕に桶を抱えて戻って来た。
その後ろからぱたぱたと足音を立てながら戻って来たあの人。
けれどこちらの顔を確かめるなり、顔を強張らせてその伴を追い抜いて俺の許へと駆け寄った。
「熱、出ました?大丈夫ですか?!」

額に手を当てられて、飛び上がるように背を伸ばす。
その手は先刻までと違い、あまりに冷えていたから。
「ああ、ごめんなさい。奥で水をもらってたから。井戸水だから冷たいんです」
この額から手を離し、伴の男が卓上に置いた桶からその人は布を取り上げて固く絞った。

自分の手拭いを使ってくれたのだろうか。
それは絹の上等な一枚で、水に浸せばすぐさま駄目になってしまいそうな代物なのに。

薄桃色の絹を手に、薄茶の瞳が困ったように少し細くなる。
「熱と足、どっちが辛いですか?先に冷やしたい方を。
トクマン君、手拭い持ってる?持ってたら貸してもらっていいかな?」
「あ、はい、もちろんです」
伴の男に尋ねながら、その人は絹を手に俺をじっと見つめて。

「あ・・・」

咲き誇る木香薔薇。白い衣。手にした桃色の絹。
目移りしてしまう。そのどれもに目を奪われて。
薄茶の瞳が俺の目の中で、どんどん大きくなる。

どん、どん。どん、どん。

「頭」

それ以上どこを見れば良いかが判らず、俺は水桶に頭を突込んだ。

 

 

 

 

 

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