2016再開祭 | 茉莉花・廿肆

 

 

「お嫁さんになるのよ!!」
ここまで泣き喚けば、いつもの父親ならどんなに無理難題でも絶対に聞き入れる。
クムジュには勝算があった。
父親の部屋の床に大の字になり、手足をばたつかせ、声が枯れるまで泣き叫んだ。

家人も下働きも皆呆れながら、屋敷中に響き渡るクムジュの泣き声を聞いていた。

また始まった。それも今日は随分遅くになってから。
ある雑司はそう思いながら、厨の表の井戸で黙ったまま首を振った。
手元の水桶の中には、まだ洗い切れない皿が山積みだというのに。

早く寝なければならないのに、うるさくて眠れない。
ある奴婢は狭い粗末な房の中、隣の奴婢と半ば重なり溜息を吐いた。
人使いの荒いこの家では、明日も朝早くから仕事が多すぎるのに。

包丁を使っているのに、気が散って仕事にならない。
ある調理番は瓜の皮を剥きつつ指を落としそうになり舌打ちをした。
勝手な娘に何でも作れと命令を受け、下拵えに追われているのに。

そして全員が思っていた。
結局運が良くなければ、チェ・ヨンのような心から仕えたい主には巡り会えないと。
そのチェ・ヨンに嫁ごうなど、あの娘はどうかしているに違いない。
あの娘など父親の家門の権勢以外に、何も持っていないではないか。
人に人として接する事が出来ないのは、齢のせいだけではない。
父親があれでは、娘が人情も判らぬ我儘になるのも仕方がない。

そして件の父親と娘は、部屋の中での大騒ぎを続けていた。
「チェ・ヨン様の、お嫁さんになるのよ!!」
「琴珠」
父の判院事は、困り果てた顔のままでもう一度首を振る。

「無理を言うでない。大護軍にはもう、医仙という許婚がおられる」
「そんなこと関係ない!お父上の力でどうにかして!!」
「いい加減にしなさい」
「いい加減にするのはお父上の方です!私は絶対にチェ・ヨン様のお嫁さんになるの!」

ああんと声を立てて再び激しく泣き出したクムジュに、判院事は大きく溜息を吐くと首を振った。
「それは出来ん」
「どうして!お父上が駄目なら、伯父様に」
「それでも無理なのだ」
「お父上も、伯父様もみんな嫌い!大っ嫌い!!役立たず!!」

チェ・ヨンの宅前で門前払いを食った後、帰宅するなり父親の部屋へ直行して、ここまで頼んでいるというのに。
自分の望みを聞き入れないなら、父親も雑司も奴婢も調理番も同じだ。
自分の頼みが叶わないなら、叶うまでどんな手でも使ってやる。
もしも馬小屋なんて出来上がったら、壊してでも燃やしてでも。

大の字の手足で床を打ちながら、クムジュは幼いなりに次の一手を考えていた。

 

*****

 

信じられない。

チェ・ヨンと向かい合う夕食のテーブルで、ウンスは行儀悪く箸先を噛み締めた。
この時代、木の箸だからこんな事が出来る。
21世紀のステンレスの箸なら、硬すぎて到底噛もうという気になれなかったろう。
チェ・ヨンは口許に止まったウンスの箸に目を遣ると、何とも言えない顔で首を振った。

居間に揺れる蝋燭の灯。いつもの夕食の光景。
タウンの作るパンチャンは美味しいし、コムが世話する鶏卵で作ったケランチムはまだ湯気を立てている。

玉子。厭な事を思い出したと、ウンスが尚更キリキリと箸を噛む。
チェ・ヨンのせいでない事はよく判っている。
けれど箸先を噛む力を緩めて口を開いたら、責める言葉を吐いてしまいそうで。

元はと言えば自業自得だ。ウンスにも判っている。
チェ・ヨンは行きたくないと言ったのに、ウエディングの事を考えて高麗のパーティに参加したいと欲をかいた。
王妃かチェ尚宮に頭を下げて高麗式パーティのノウハウを教えてもらえば、こんな事にはならなかったはずだ。

そうだ。どうせなら今晩みたいな時に、2人で飲みに行くべきだった。
この間どうやら大騒ぎをしたみたいだから、今日は飲みに行こうとは誘えない。
誘っても断られるだろうし、断られればもっと落ち込む。
「・・・イムジャ」

チェ・ヨンも箸が進まないらしい。
それでも見兼ねたようにそれをテーブルの上に音もなく下ろすと、低い声がウンスを呼んだ。
「良いですか」

箸を噛んだままでは答えられない。ウンスは無言で頷いた。
そんなウンスを確かめて、チェ・ヨンは根気よく諭す。
「明日馬を返す。それで終いです」
「・・・おしまいになると思う?あの玉子親子が」

箸先を咥えたままで噛んでいた歯だけ緩め、ウンスがハッキリしない声で言った。
そうだ。それを考えているから食欲もなくなる。
あの子はとてもしつこい気がする。チェ・ヨンが拒否した事を受け止められない気がする。
叱られることも、ルールを教えられることもなく、甘やかされて育った子供の特徴として。
自己中心的で我儘で、忍耐力がなくて短気で他の人を思いやれない。
そしてすぐ泣く。
だから絶対に、このまま終わりそうにはない気がする。

ああ、いっそのこと心理学なんて知らなければ良かったのに。
なまじ副専攻とした学生時代の自分が恨めしい。
嫌な予感に包まれながらウンスは口の箸を抜いて杓文字に持ち替え、湯気を立てるケランチムを掬って口に放り込んだ。

 

 

 

 

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