2016再開祭 | 茉莉花・伍

 

 

先刻からまただ。
チェ・ヨンは苛気のまま、半歩後から前を歩くウンスの様子を見ていた。
何かあるたびチュンソクへ声を掛け、事ある毎に背後を気に掛ける。
それ程気を揉むならいっそ判院事ではなく、チュンソクと並んで歩けば良いと思いながら。

今も吐いたチュンソクの息に振り返り、心配そうに後を確かめる。
それ程気になるなら、膠のように奴の隣に張り付いていれば良い。
いっそのこと自分に向かって場所を変われと言われれば、寧ろ諦めもつくだろう。

影でいると選んだ過去の自分にチェ・ヨンが歯噛みする。
日向を歩く者は気付かない。伸びる影を確かめたりはしない。時に忘れて平然と踏み付ける。

ならば違う道を選ぶべきだったのか。
正面に立ち塞がり強引に周囲の全ての景色を隠し、その顎を掴んで無理に自分だけに向け続ければ良いのか。
そんな突飛な考えにヨンは自嘲する、出来る訳がない癖に。

何故ウンスには出来ないのだろう。
自分の姿だけ見、自分の声だけ聴き、自分の事だけ考えて一日を終えるのがそれ程に難しいのだろうか。
ヨンには呼吸や拍動と同じ程、生きる為に意識する事すらないのに、しないウンスが不思議で仕方ない。

何故自分と共に居るのに他の男の名が出るのか。他の話をするのか。
何故今もこうして自分の前で、自分以外の男を気に掛けるのか。
奇轍のような攻撃を仕掛ける敵でもなければ、医仙として看護の要る病人でもない。

チュンソクに恨みはない。チュンソク以外なら尚の事赦せない。
それでも目下のチェ・ヨンの最大の敵は、長年の朋であり互いに知り尽くした、自分を心配そうに見る横の男だった。

相手がチュンソクだったのはまだ幸いと言える。
迂達赤の部下だったり、まして徳興君や奇轍のような敵だったりしようものなら、迷うことなく拳か脚が飛んでいた。

チェ・ヨンはどうにか落ち着こうと、歯噛みと調息を繰り返す。

一番の問題は、影は絶対に光から離れられない事だ。
光のある処、必ず其処に添っている。
たとえその光が自分に向けて射さない時でも。

 

*****

 

さっきから変だと、ウンスはもう一度後ろを振り向いた。
溜息の主がチェ・ヨンでなかったと知り、ほんの少しだけ安心しながら考える。
皇宮で待ち合わせたチュンソクと判院事の屋敷へ向かう時から、いや、思い起こせば典医寺でデートに誘った時から。

あの時深く考えなかった自分を、今になってウンスは悔やむ。
チェ・ヨンの言葉の少なさや、大切な事を雨だれの一滴のようにポツポツとしか話さないのはよく知っているのに。

もっときちんと聞くべきだった。声に出して伝えるべきだった。
あなたが大好きなの、だから一緒にデートしたいのと。
2人のウエディングの参考になりそうだから高麗式のパーティに参加してみたいの、ただの好奇心だからと。
俗物とバカにされるのが何だって言うんだろう。
チェ・ヨンなら呆れはしても、軽蔑なんてしないと判っていたのに。
自分が格好をつけたい見栄だけで、大切なチャンスを一つ逃した。

先に正直に言っておけば今少しは気が楽だった。
チェ・ヨンならその時少しばかり機嫌を悪くしても、きっと必ず後で理解してくれると知っているのに。
言わなかったから、変に恰好をつけたから、今のチェ・ヨンの態度にこんなに心配が募る。

どうしたのヨンア、どこか痛いの?

そう聞いて脈を取りたいが今は周囲に人目が多過ぎるのは、破天荒なウンスでも理解できる。
溜息が一つ聞こえれば、どうかしたのかと振り返る。
チェ・ヨンよりも高官だと聞いているから、ハンプティ・ダンプティにそっくりな横の男性を無視する事も出来ない。
自分の行動でこれ以上、チェ・ヨンを悩ませたくない。
うまくいかないなあ、苦手だなあと、ウンスは玉子男の横でムダ話に適当な相槌を打ちながら落ち込むのだ。

男性と付き合うのも碌に経験がないのに、まして婚約だの結婚だの自分自身の人生で正真正銘初めての事で。
何度も経験しなかったのはラッキーかもしれないが、こういう時には後悔に襲われる。
高麗の平均結婚年齢は知らないが、21世紀でも既に晩婚年代だった自分が若い結婚と思われないのは承知の上。

チェ・ヨンが過去にとても愛した女性がいたことが怖くなる。
思い出の中の女性には対抗できない気がするのだ。
消えてしまった幻は、一番美しいところで時を凍らせる。
それ以上喧嘩をして罵り合うことも、憎んで別れることもなく、そして老いていくこともないから。

自分には、この世界では絶対にありえない医学の知識と技術がある。
けれどそれが何なんだろう。
医学部を卒業しインターン、レジデント、そして実際の医療現場にいたのだから知っていて当然だ。
逆にそれが目的でチェ・ヨンが一緒にいるのだとすれば、自分は後でもっと深く傷つきそうだ。

ああ、違う。そんな男ではないと知っているのに。
医仙と称されるこの医術が目的ではない、過去の女性を引きずっているわけでもない。
高官だろうと、たとえ王だろうと、そんな肩書を気にする筈もない。
それがチェ・ヨンだと誰より知っているのに、何故今日はこれ程心が揺れるのだろう。

チェ・ヨンの様子がいつもと少し違う、それだけでこんなに怖くなる。
怖いのに怖いと、正直に伝える事も出来ないくらいに。

「どうかされたかな、医仙」
この空気を読めないのは、暢気な玉子男も同じらしい。
心配そうに振り返ったウンスの視線に気が付いて尋ねながら、足を止めウンスの顔をじっと見ている。
「あ」

そう思いながら、それでも溜息の主がチェ・ヨンでなかった事に少しだけ安心し、
「・・・いえ、何でもないんです」

ウンスは返事をして、横を歩く判院事に向き直った。

 

 

 

 

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