2016再開祭 | 茉莉花・弐

 

 

しかし何分にもチュンソクどころか、チェ・ヨンよりも高位の男。
敬姫の皇位剥奪の裏での経緯を知る二人も、反論の声を上げる事は許されない。
そして判院事という位だけでなく、チュンソクはどうあっても反論出来ない別の理由があった。

先刻判院事が口にした一言。
兄上というその方こそ、チュンソクを長い事慕い続けた敬姫の父、儀賓大監。
単なる高官というだけではない。
王の実姉銀主公主
そんな男に向かって、反論など出来よう筈もない。

ああ、とチュンソクは判院事に届かないように細く溜息を吐く。

チェ・ヨンがこうした政の煩わしさに一切関わりのない、あの天人を選んだのが羨ましい。
どれ程に敬姫のひたむきさに心が揺さぶられようと、自分もそうすべきだったのかも知れない。

心からチェ・ヨンを敬いその生き様を目指したなら、政にも厄介な人付き合いにも縁のない女人を選ぶべきだったのではないか。
敬姫のひたむきさにと揺れたと屁理屈を捏ねながら、己の中に昇進や後ろ盾を得る事への欲は微塵もないのだろうか。
肚の裡、何処か隅の隅にもそんな汚い考えは一欠片もないと、胸を張って断言できるのだろうか。

しかし何処までも人の好い判院事は、物思わし気なチュンソクの表情を一体どう誤解したのか。
靨の浮かぶふくよかな手をチュンソクの鎧の両肩に気安く掛けると、顔を覗き込むように言う。
「近々儂の屋敷で、娘の六度目の誕生祝の宴がある。兄上ご一家もご招待しておる。そなたも共に来るが良い」

そして照れたように豊かな肉付きの頬を赤らめながら
「もう祝宴を開くような齢でもないのだが、何しろようやく恵まれた一人娘でな。目の中に入れても痛くないのだ。
望む事は何でもしてやりとうてなあ」
誰も尋ねていないのに一人満悦したように頷くと、笑顔のままで、チュンソクの脇のチェ・ヨンへ目を移す。

おい、此方にまでふざけたことを言い出すなよ。
チェ・ヨンがその気配に胸裡で呟くと同時に、
「そうだ大護軍。あの時そなたと医仙が、病身の敬姫を救って下さったのだったな」

この爺、何処まで見当違いに突走る気だ。
「某は何もしておりません」
チェ・ヨンの断言は、全く耳に届いていないらしい。
「敬姫の恩人でもある。ましてや許嫁の医仙にも助けて頂いておる。
是非二方にも宴席に参列してもらえぬか。きっと娘も喜ぶであろう」

どうやら言いたいことだけをべらべら話す口と、聞きたい言葉だけを選んで聞く耳を持っているらしい。
チェ・ヨンは呆れて目の前の男を無言で見据える。
悪意も裏もない純粋な申し出だからこそ、適当にあしらって躱す事も難しい。
昇格も栄誉も望まぬ己は判院事の心証を損ねても一向に構わないが、今後縁続きとなるチュンソクは。

瞬時迷って即答を避けたチェ・ヨンは
「・・・医仙に確かめます」

それだけ言って、判院事の顎から目を逸らした。

 

*****

 

「私、多分そのおじさん知ってるわ」

夕の典医寺。
役目を終えて駆け付け、今日の昼の判院事との出来事を言葉少なに告げたヨンにウンスは言って笑いだした。
「いつだったかなあ。媽媽の朝の回診の前。叔母様と一緒に坤成殿の近くにいた時」

 

「ああ、チェ尚宮ではないか」
呼び掛けられたチェ尚宮はウンスと並んで足を止め、前からやって来る男に頭を下げた。

やだ。転がる方が早いんじゃない?
心の中でそう思いながら、ウンスは正面から来る赤い服の男を見た。

私が主治医なら絶対に、食事療法と生活習慣の改善と運動を薦める。
そうでなければこの時代、その体形は太り過ぎだ。
子供の頃の絵本で見たハンプティ・ダンプティにそっくりだと、懐かしい挿絵を思い出しながら。

あの頃読んだ、不思議の国のアリス。どこが面白いのかがさっぱり判らなかった。
有名なアニメの印象が強かったせいか、白黒の昔風の挿絵のその絵本を、幼かったウンスは少し怖く思った。
確かにアリスはとても可愛かったけど我儘に思えたし、キャラクターは口が裂けた猫や時計を下げて走るウサギ。
とことん意地の悪そうな女王に、トランプの兵隊。
おまけにその玉子のお化けは確か高い壁の上に座っていて、最後は落ちて割れてしまったような記憶がある。

玉子に手足を生やしたような赤い服の男は、二人の目前までやって来たところで
「久しぶりだな。王妃媽媽はご機嫌麗しくあられるか。このところ久しくお会いしておらぬが」
チェ尚宮に向かって尋ねながら、にこにこと笑って聞いた。

「はい、判院事様」
卒なく答えながらチェ尚宮は視線で、ウンスに早く行けと言うように回廊の先を示した。
どうやらこの話好きらしい男に捕まって、王妃の診察が遅れるのが気になって仕方がないのだろう。
視線の意味を感じ取り、ウンスは立ち話を始めたその玉子男とチェ尚宮に頭を下げると
「じゃあ私はこれで。媽媽の朝の回診があります、の、で・・・」

試しに言ってみると、チェ尚宮はよくやったと言うように小さく頷いた。
どうやら自分の解釈は正解だったらしい。
「そうなのか、残念だ。お噂は伺っておるがお話しする機会に恵まれなかったからな。是非一度、ゆっくりと」
引き留めるためか、面倒くさそうな話を始めた玉子男をそこに置き去りに。
中座するマナーとしてぺこりと礼をすると、ウンスは回廊を坤成殿へと向かって、一目散に歩き始めた。

 

 


 

 

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1 個のコメント

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    婚姻につきものなのが
    親戚づきあい…
    義両親だけならまだしも
    おじさんかー ( ̄_ ̄ i) 
    面倒くさいねー 
    しかも 甘い汁大好きそうな ハンプティ・ダンプティ
    天涯孤独って さみしいけど
    こんな時は… 楽かも

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