2016 再開祭 | 薺・中篇

 

 

大護軍はご自身の婚儀を思い出されたか、三和土の上で俺から眸を逸らすと思案顔で言った。
「高麗の仕来りとは全く違う。見たろ」
「それは、確かに・・・そうなのですが、しかし」
「お前の御相手は銀主公主の姫、王様の姪姫様だ。俺とは違う」

家の格でいえば崔元直殿の御子息であり、崔家の跡取りでもある大護軍の方がずっと高い。
俺は所詮中流貴族の次男坊だ。
しかしキョンヒ様に関しては、王様から御直々に医仙の位を賜った天の医官様よりも更に高い事になる。

大護軍と医仙の御婚儀であれば、どれ程破天荒でも許される。何しろ天下無双の迂達赤大護軍と天人の医仙だ。
何が起きても皆が笑って許す。無論お二人の功績と人徳もある。だから許される。
武官としてだけでなく、まず男として俺はこの人に敵わない。
「おい」

黙り込んだ俺に、大護軍が声を掛ける。
「考え過ぎはお前の役だが」
もう話すのにも飽いたのか、そう言って三和土の縁から腰を上げ
「下らん事は考えるな」

大護軍は部屋を横切り、出入り扉に向かいながら言う。こうなってしまえば最早取り付く島はない。
俺は諦めてその背に従い、扉に向けて重い足を引き摺る。
「何刻に伺えば良い」

憂鬱な足音に呆れたのか諦めたのか、前を行く大護軍は振り向きもせずに言った。
「は」
「今日の昼、あの方に確かめる。伺えれば共に参上する」
「良いのですか」
「考えてもみろ」

背越しの声だけで判る。今正面の扉を向いたままの大護軍が、どれ程うんざりした顔をしているか。
「俺達が何を言おうと、あのお二人の事だ。
知らぬ処で結託して事を拗らせるより、眸の届く処の方がまだ良い」

さすがに御主人は、奥方様の事をよく御存じだ。
そして婚約者である以上、俺はその言葉に首を横に振れん。
大護軍のお言葉通り。あのお二人なら、それは十分に考えられる。

考えるだけでぞっとする。俺達の知らぬ処でまたあの時のような大騒ぎが起きたりしたら。
それなら下げられる頭を全て下げ、大護軍に平身低頭願い出る方が如何ほどましか。
「ありがとうございます、大護軍」
「お前の為だけではない」

鎧の肩で割るように扉を押し開き、大護軍は早朝の兵舎の廊下へと出た。
「あの方と敬姫様の組み合わせでは、此方も生きた心地がせん」
「・・・は」

俺の知る誰より肝の座った大護軍にこれほど言わせるとは。
もしや俺の大切なあの小さな姫は、天の医官様と同じくらい手強いのかもしれん。
今更ながらそう考え、俺達は今日の天気に相応しい灰色の廊下を抜け、寒い吹抜けへの階を下り始めた。

 

*****

 

お昼に典医寺にやって来たこの人に連れていかれたのは、表通りの大きな御屋敷。
相変わらず、何度見ても素敵なお庭。風情ってこういうことよね。
そう思いながらキレイに雪かきされた道を、キョンヒ様のお部屋に向かう。

門番さんから連絡が行っていたのか、積もった雪の庭先で私たちを待っててくれたハナさんが、近寄る姿を見つけると駆けて来た。
「チュンソク様、大護軍様も、医仙様も。わざわざ申し訳ございません」
「そんな事ないわ、ハナさん、久しぶり!」
「お元気でしたか、医仙様」
「医仙様じゃないってば!」
「あ、う、ウンスさま」

庭先ではしゃぐ私たちの声に、お部屋の扉がいきなり開いた。
「どうして教えてくれないんだ!」
きっと寒いから、ハナさんが敢えて教えずにおいたんだろう。
置いてけぼりをくってしまったキョンヒ様は扉の前で仁王立ちでおっしゃると、お靴を履いて雪の積もった庭先に下りて来た。
「ウンス、お元気だったか」
「もちろんです!キョンヒ様もハナさんも体調はいかがですか?風邪をひいたりしてませんか?」
「うん。大護軍もウンスも、お元気そうで何よりだ」

その声に私の横のあなたが無言で頭を小さく下げ、その横でチュンソク隊長がこの人の分まで代弁するように言った。
「キョンヒ様。一先ず寒いですから」
「あ、うん。お三人とも、部屋へ」

同時にハナさんが頷くと
「すぐに暖かいものをお持ち致します」
そう言って小走りに、お庭を走って行った。

うーん。前に会った時より、一層チームワークが良くなってる。
チュンソク隊長も頑張ってるのね。
笑いながら振り向くとあなたは困った顔で私に頷いて、キョンヒ様のお部屋に向かって雪の中を歩いて行った。

 

ハナさんが運んでくれた温かいお茶を飲みながら、外の寒さで芯まで凍りそうだった体がほぐれていくのが分かる。
温かいお部屋の中は、若い女性らしいとっても可愛い内装だった。
前にお邪魔した時はご体調が悪くて、そこまでじっくり見るゆとりがお互いになかったけど。
改めてこうして見ると、その可愛さにうっとりしちゃう。

そうよねえ。考えてみればキョンヒ様は正真正銘、王家の血を引くお姫様だもの。
ピンクと白木を基調に、さり気なく置かれてるインテリアも高級だし、デザインも凝ってる。
きっとご本人のセンスもいいんだと思う。

ピンクのシルク張りの椅子にちょこんと座ったキョンヒ様は、正面に座った私とこの人に改まって頭を下げた。
「大護軍、今日は突然呼び出して申し訳ない」
「いえ」
「ウンスも、お役目は大丈夫だろうか」
「大丈夫です。他にも先生がいるし、急患でも出ない限り」
「じゃあ、少しだけお話を聞かせてほしいのだ」
「もちろんです。何か、お体の心配ですか?」

いつもは可愛らしくて奔放なキョンヒ様の改まった態度に、少しだけ心配になる。
21世紀でも結婚前にメディカルチェックを受ける患者はいた。
ウエディング前のスキンケアやちょっとしたお直し以外にも、将来の赤ちゃんの誕生に備えて婦人科系のチェックを受けたり。
中には血液検査やCTからMRIまでの、1泊程度の本格的なチェックまで。

でもこの時代にそんな習慣はないだろうし、となるとご本人に何か心配な自覚症状があるんだろうか。
もしもあるなら何なのか。この時代の治療法や薬品で、そして今の私の知識でサポート出来るのか。

今心配になっても仕方ない、覚悟を決めてニッコリ笑って見せる。患者がこれ以上不安にならないように。
「大丈夫ですよ?何でも相談して下さいね。診察の時は、男性はお部屋の外に」
「え」

キョンヒ様は私の声に、不思議そうに目を丸くした。
「ウンス、私に何か気になる処があるのか」
「え?いえ、全然。念の為、ちょっと脈診してもいいですか?」
「もちろん」

卓の向こうから伸びた真っ白な柔らかい手首の脈を診る。
・・・問題なし。早さも強さも、正常そのもの。
視診で確かめても、顔色も健康そのもの。唇や頬の血色も、目や鼻腔、耳腔から歯や口腔内の状態も。
まあ視診だけだから、表面的ではあるけれど。
「思った通り、お元気ですね。どこにも異常はありません」
私の声にキョンヒ様はこくんと頷き、後ろにいたチュンソク隊長がほっとしたように大きな息を吐く。

「うん。ご飯も美味しい。どこも悪くない。診て頂けて良かった」
「でもじゃあ、今日のご用は?お体の不調じゃないんですか?」
「婚儀の事をいろいろ教えて頂きたかったのだ。大護軍とウンスのお二人に」
「婚儀、ですか?」
「うん。お二人の婚儀はとても素敵だった。でもチュンソクは真似は駄目だから、って。だから、いろいろ教えて頂きたくて」

そこまで言ってから、キョンヒ様は恥ずかしそうに小さく笑った。
今回ばっかりは早とちりでよかったと、思わず安心の溜息が出る。

「お二人の金の指輪とか、あの花束とか。そういう天界の婚儀の則がもっとあるなら、知りたかったのだ」
「そうだったんですねー!それならもう、いくらでも!」
安心のあまりそんな風に請け負った私の耳に届く、低い溜息。
ちょっと振り返るとあなたは何とも言えない顔で

ほ ど ほ ど に

私に向かって唇だけを小さく動かした。

 

 

 

 

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