ウンスはその時を思い出したのか、向かい合ったまま顔を顰めてチェ・ヨンへと訴えた。
「私も井戸端会議は好きだけど、あのおじさんを見て反省したもの。
仕事中の叔母様の足止めをするなんて、相当勇気あるわ。私は絶対やめようって思った」
ようやく皇宮の仕来りにも馴染んだのか。そう思うとほっとする。
これなら恐らく断るだろうと思いつつ、念を押そうとチェ・ヨンは尋ねた。
「では此度の祝宴の参加は、断りを」
「え?行くわよ、絶対」
ウンスは却って不思議そうな顔で、尋ねるヨンに首を振る。
何故だ。珍しく嫌悪の情を表していたから、絶対に断るだろうと踏んでいたのに。
「判院事が苦手なのでは」
「別に?個人的な感情はないわ。ただ足止めを食った叔母様がすごく怖い顔してたから、私はやめようって思っただけ」
「・・・それだけですか」
「そうよ。それにキョンヒ様の叔父さんでしょ?お誘いを断れば、逆にチュンソク隊長が困るかもしれないじゃない。
話したいって言ってたくらいだし、きっとあなたとお近づきになりたいんじゃないかなあ」
ウンスの言葉にヨンは小さく頭を振った。
「興味はない」
「そりゃあそうだけど、チュンソク隊長とキョンヒ様の為だもの。少しは協力してあげよう?ん?」
断れば断るほど誘い水を向けてくるウンスに、ヨンが目を細めた。
「イムジャ」
「なあに?」
「何が狙いですか」
ヨンの言葉に、ウンスの目が丸くなる。
「ね、らいなんて・・・別にないわ」
「本心ですか」
正直に話せと言えば言うほど、ウンスの挙動不審が募る。
向かい合っていた顔を背け典医寺の部屋をうろつき始めたウンスを眸で追い、ヨンは壁に背凭れた。
「もちろん本心よ。決まってるじゃない。キョンヒ様は体調も完全じゃないんだから、チュンソク隊長が心配してるでしょ?」
その早口が怪しい。 壁に凭れたヨンは無言のまま腕を組む。
「もともとチュンソク隊長の為に思い詰めて体調を崩すくらいなんだもの。
私だって出来ることがあるなら、2人がうまくいくために協力したいわ」
「そうは聞こえません」
ウンスは差し迫ったヨンの追及の声から逃げるように、凭れた壁から一番遠い部屋の反対まで歩く。
歩きながら、どうせ、とウンスは頭の中で思う。
どうせあなたに言ったら、俗物だってバカにされそう。
でもね、すごく偉いひとなのよね?あの時の叔母様の対応で分かる。そんな人の主催のパーティなのよね?
キチョルの家は確かに豪勢な食事をしたけれど、あれはパーティとは違うもの。
チャン先生やみんなとお酒を飲んだことはあるけど、それは21世紀で言う仲間の飲み会みたいなもので。
行ってみたいの。正直言って。だってこの後の私たちの披露宴の参考になるかもしれないじゃない?
高麗に来て以来宴席など参列する機会もなかったウンスは、そんな下心をヨンに悟られぬように、距離をあけてしまう。
私一人が結婚に夢中で、考え過ぎて期待し過ぎてるなんて悲しい。
結婚式は女性が主役というけれど、花婿にも協力してほしいのに。
設えられた棚の飾り壺や置物を無意味に小さな手で整え直すのは、そうしていれば背を向けても不自然ではないから。
けれど背を向けていても、ヨンが自分の背中を見る視線を痛いほど感じる。
そして壁に凭れたままのヨンは、全く違う事を考えていた。
判院事の事を悪し様には言えない。
聞きたくもない名しか聞こえない。聞きたくもない話しか届かない。
何なんだ、先刻からチュンソクチュンソクと。
そんなに奴が大切か、見知らぬ者の催す宴席に出向くほど。
確かに俺の補佐役だ。奴無しでは迂達赤は回らない。
けれど二人きりになった後まで聞きたい名ではない。
役目の時は我慢する。互いに成すべき事は多い。
けれどこうして鎧を脱ぎ、医官服を脱いだなら、後は互いの事だけ考えれば良いのではないか。
他の男の名を呼ぶくらいなら、この名を呼んでも良いのではないか。
避けるように部屋隅に逃げずに、笑ってくれても良いのではないか。
奴の為に顔も知らぬ判院事の娘の宴席で刻を無駄にするなど真平だ。
見知らぬ顔を前に愛想笑いで満たされた盃を干すくらいなら、あなたを膝に一晩中縁側に座っていたい。
二人がそうして居られるのは何よりも国が平穏な、戦も病もない証拠だとチェ・ヨンは思う。
見つめ続けているのに振り向かないウンスに、痺れを切らしたヨンが唸る。
「庭の」
突然言われてウンスが振り向くと、腕組をしたヨンが反対側の壁から自分を見ていた。
「はい?」
「薬草を摘まねば」
「それはそうだけど・・・どうして今突然そんな話になるの?いつ?」
「宴席に出る暇があるなら」
あなたはいつもそうだ、ウンスは少し拗ねた気分で思う。
いつだって正しい。するべきことをきちんとこなして。
人付き合いが苦手なのも知っている、心にもないお世辞や社交辞令を言うのも聞くのも大嫌いだと。
でも、とウンスは思ってしまう。
毎回とは言わない。でもたまにはオシャレをして2人で外出したい。
目的がなくても、デートだけしてもいいじゃない。
パーティを楽しんで、自分たちの結婚式の話をしてもいいじゃない。
付き合ってくれてもいいじゃない、めったにない機会なんだし。
この人は高麗でも指折りの有名な武士、そして政治高官でもある。
本来なら自分でそういうパーティを開いて、人脈を広げるべきだ。
ここでこうして臍を曲げて、私に意地悪をしていないで。
そして自分も言っても良いはずだとウンスは思う。
言ったっていいじゃない。婚約者が誘ってくれないなら。
デートしようって誘ったっていいはず。
自分まで臍を曲げたら、進む話も進まないのだから。
「薬草、摘むわ」
望んだウンスの返答の声にチェ・ヨンは安心したように腕組を解く。
「手伝います」
「うん、ありがとう。そうしてくれたら嬉しいし助かる」
「無論」
チェ・ヨンはようやく歩み寄るウンスを抱き留めようと腕を上げる。
ウンスは吸い込まれるように腕の中へ収まるとチェ・ヨンを抱き締め返し、甘えた色の瞳でヨンを見上げた。
「パー・・・宴会、から帰ってきたら、2人で一緒に摘もうね」

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