2016再開祭 | 茉莉花・肆

 

 

並んで歩く日差しの中、チェ・ヨンの不機嫌な顔を横のチュンソクが不安そうに窺う。
心強い最強の援軍ではあるが、まさか来るとは思わなかった。
しかし笑顔は疎か、言葉一つ吐かないその様子。

長い付き合いで感情の動きの烈しさには慣れているつもりのチュンソクにも、計り知れない時がある。
しかしチェ・ヨンは時に自分には思いも由らぬ事を考えているのは、厭というほど知っていた。

無口であり手も早いが、決して意地の悪い男ではない。
ただその肚裡を読み取る事だけはいつまで経っても難しい。

「ああ、いい香りですね。ジャスミンですか?」
大きな庭に立つ木々。白い花の下でウンスが深い呼吸と共に足を止めた。
「じゃすみん」

判院事は満面の笑みを浮かべたままつられたように立ち止まると、満開の花でなくウンスを見つめ首を振った。
「これは元の花で、茉莉花と申します。天界にも似た花があるのだろうか」
「マツリカ?」
「はい。宮廷などで茶葉に混ぜて飲むことも」
「ああ、ジャスミンティですね。歴史のある飲み物なのねー」
「宜しければお持ちしましょう。大護軍と共にお飲みになると良い。高麗では珍しい花故、皇宮以外ではあまり咲いておらん」
「わー嬉しい!チュンソク隊長、キョンヒ様にもあげて?女性には特に良いのよ。
ストレス解消にもなるし美肌効果もあるし、ホルモンバランスも整うから」

ウンスは芳香を放つ花の許、一歩後に並ぶチュンソクに振り向いた。
苦虫を噛み潰したような面のチェ・ヨンが、声にならぬ音を立てる。
歯噛みに似ていると、横のチュンソクが恐ろしく思うような音だった。
「は、あ、ありがとうございます」

ウンスに返答するよりチェ・ヨンの様子が気にかかるチュンソクは、気も漫ろに頷いた。
しかしチュンソクの視線に気付きヨンは何故か猶更不機嫌そうに、顔を背け視線を逸らす。
何が仕出かしたのだろうか、チェ・ヨンを不快にさせるような事を。
顧みても思い当たる節がなく、首を捻るしかない。

茉莉花の芳香の漂う庭を、四人は再び歩き始めた。

「そうなのですか」
緊迫した気配を読み取る気も読み取る力もない鷹揚な判院事は、ウンスの声に頷きながら笑っている。
「女人に良い花とは知らなんだ」
「ええ、私よりキョンヒ様にはもっと良いかも」
「天の医官殿は何でも御存じだ。是非持って行ってくれ、迂達赤。我が家にも娘がおるが、飲ませて宜しいか」
ウンスは少し考えるようにしてから聞いた。

「おいくつのお嬢さんですか?」
「今日が六度目の誕生日になる」
「ああ、そうだったんですね!おめでとうございます」
「大護軍や医仙にまで祝って頂ければ、光栄だ」
「一番可愛いころですね、ジャスミンティはもう少しお姉さんになってからでも良いと思います。
緑茶にはカフェインも入っているので」
「成程、ではそうしよう。年の割にしっかりした娘でな、体に良いなどと聞くとつい儂も考えてしまう」
「親心ですね。お嬢さんはお父さんのこと、大好きでしょうね」

笑うウンスに、判院事は満更でもなさそうに目尻を下げた。
「そうであると良いがのぅ。いつか嫁に行くと言い出されたら、儂の方が泣いてしまいそうだ。
医仙のように美しく育ち、大護軍や迂達赤のような男を連れて来て欲しいものですな」

そんな事より、チェ・ヨンの様子は気にならぬのだろうか。
チュンソクにしてみるとウンスの暢気さも気が気ではない。
この後対面する敬姫、そして恐らく同席しているだろう王の姉、銀主公主とその夫の儀賓大監。
それだけで充分頭痛の種であるのに、頼みの綱のチェ・ヨンは皇宮を出た道中から一言も発しない。

ただ医仙が自分に話し掛けた時にだけ、底光りする黒い眸で様子を睨み、そして自分が目を向けると逸らす。
そんな事の繰り返しで、どうして良いのか判らない。
いつまでも顔を見つめれば怒鳴られそうな気がしたチュンソクは、誤魔化すように視線を庭へ漂わせた。

儀賓の代々文官貴族として権勢を揮う一門とは知っていた。
さもなくば長男の儀賓が公主と縁づくことは出来なかっただろう。
貢女として元の後宮に上がった奇皇后の威光で、偶然莫大な富と権力を握った寒貧貴族出身の奇轍とは違う。
この屋敷には重厚な趣があり、庭の木々一本も配慮し手入れされている。

こうして見るたびチュンソクは考えずにはいられない。
中流貴族の倅とし普通に育った己と、王続きの姫とし真綿に包まれ蝶よ花よと育てられた敬姫と。
釣り合うのだろうか、敬姫は倖せなのだろうかと。

チェ・ヨンの様子はおかしい。ウンスは判院事と話し込んだままだ。庭の先には敬姫らが待っている。
許されるならば逃げ出したい。前門の虎、後門の狼だと息を吐くと、耳聡いウンスが振り返った。

 

 

 

 

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