2016 再開祭 | 一酔千日・中篇

 

 

「大護軍様、奥方様!」
「大護軍様、お出掛けですか」
「奥方様、先日はありがとうございます」

この方が人懐こいのは知っていた。
誰にでも好かれ、誰もがこの方の味方になる、それも判っていた。
王様、そして王妃媽媽を筆頭に、結局皆この方に引き寄せられる。

己の周囲が良い例だ。
チャン侍医を始めとして迂達赤らも。
俺に手疵を負わせたと憎しみの眼を向けていたテマンも、当初は厄介者扱いをしていたトギも。
常に皇宮の者と距離を置く、頑固な叔母上までも。

だがまさか、開京城下でこれ程多くの顔見知りが出来ていたとは思いもしなかった。
共に出歩く度に声を掛ける者が増える。今となっては市を真直ぐ歩く事すら難しい。
暮れていく陽の中、店を畳む民らが並んで歩くこの方と俺を目にし、四方八方から声を掛ける。

この方の小さな手はいつの間にか俺の掌の中から逃げ、また寒そうに丸まってしまう。
しかし衆人環視の道の真中、皆が俺とこの方を見知っているのに改めて握り直すのも。
そんな風に躊躇する間に声を掛ける者は増える一方で、その手を握り直す好機を逃す。

正しく手持ち無沙汰になった腕を体の脇にぶら下げ、眸は声に向かって駆け寄るこの方を追う。
俺達の事を思うなら声を掛けずに放っておけと、半ば八つ当たりのように苛りながら。

今もそうだ。前から歩いて来た男が一人、俺達に気付いて小走りに駆け寄って深く頭を下げた。
「大護軍様、奥方様!お久し振りです」
「あ、ウィボムさん、こんにちは!」

・・・ウィボムというのか。俺も知らぬ名を知っているとは。
何処か面白くない気分で男を眺める目前、この方は我関せずという調子で立ち話に興じている。
「良い新年をお過ごしですか」
「うん!ウィボムさんは?お店はどう?」
「大護軍様が戦を収めて下さるおかげで、皆畑仕事に精が出ます。
品物もきちんと入って、繁盛しております。本当にありがとうございます、大護軍様」

・・・一体何の店を営んでいるのだったか。
この方と市に出る折に何処かで見かけた顔ではあるが、その商いまでは思い出せない。
しかし男は心から嬉し気に俺に笑いかけ、あまつさえ礼の言葉まで述べる始末だ。
今更知らぬとも言い出せず、俺は曖昧に唸った。
「・・・何よりだ」
「今晩は冷えそうです。御二人ともお風邪を召しませんように」
「うん。ウィボムさんもね。ちょっとでもおかしいと思ったら、絶対無理しないですぐうちに来てね?ご家族もよ?」
「はい、ありがとうございます」

最後に深々と頭を下げ見送る男を後に、再び歩き出したこの方の背後から凄い勢いで近寄る気配。
反射的に鬼剣に手を掛けこの方を背に庇い、気配の正体を確かめて急いで歩を止める。

駆けて来たのは小さな二つの影。
突然剣を片手に立ちはだかる俺に眼を丸くしてじっと俺を見上げ、次の瞬間その顔を泣き出しそうに歪めた。
「おい!」
「・・・う・・・っ」
「泣くな!」

迂達赤を叱り飛ばす時の恫喝にも似た声に、この方が背後を飛び出すと二人の幼子の前にしゃがみ込む。
「あああああ、どうしたの?」
「ウンス、おねえちゃん」
「うん。どうしたのイクピル」
「このおじさん、だあれ」

・・・アジョシ。
この方はお姉さんで、俺は年寄り扱いか。
子供相手に大人げないとは思っても、思わず眉間が険しくなる俺に、もう一人の子が慌ててその口を塞ぐ。

「ばか、イクピラ!この方はてほぐんさまだよ!」
「てほぐんさま」
「ごめんなさい、てほぐんさま!」

最初の子より幾つか年嵩なのだろう。その少年は詫びながら俺に向けて頭を下げた。

「イクソナ、てほぐんさまってだぁれ」
「おまえも見たことあるだろ!前に馬にのって、よろいを着てた」
「えー」
「がいせんの時だよ!みんな大さわぎしてただろ」
「いいのよ、いいの!それよりどうしたの?お母さんがまたどっか痛いのかな?」
この方は逸れて行きそうな二人の話を押し留めて確かめるように、どうやら兄弟らしき幼子に問うた。

「ううん。母さんは元気だよ。ただウンスお姉ちゃんが見えたからあいさつしようと思って」
「良かった。薬は全部終わった?」
「ううん。母さんが、ほんとに痛い時だけだいじに飲んでるんだ」
「そうかあ・・・でもねイクソン、それじゃダメだって、お母さんに教えてあげて?
あの薬はまず最初は全部なくなるまで、きちんと使って欲しいの。そうでないと治りが悪くなっちゃうから、ね?
ウンスお姉ちゃんがそう言ってたって。お姉ちゃんも、すぐまた診察に行くから」
「うん、言っとく!」
子らは頷くと俺達に、正確にはこの方に手を振って、元来た道を駆け出した。

「気を付けてねー!」
この方は背伸びをし、遠くなる二つの小さな後姿に手を振った。
姿が夕焼けに溶けて見えなくなってから
「あの兄弟のお母さんは、脚気腫満なの。栄養状態が良くないから浮腫がひどいのよ。
九味檳榔湯を出したんだけど・・・生活習慣病だから、悪化すると呼吸困難や他の病気も誘発するし」

この方は再び前を向き、歩き始めながら言った。
患者の病もその家族の事も、ひとつ残らず頭に入っているのか。
先刻迄とは打って変わった口調で呟くと、紅い唇を噛む。

「薬湯を出しても、栄養状態が改善されなきゃ再発するわ。患者も高価な薬をきちんと飲んでくれるとは限らない。
根治療法が必要なの。でも個人じゃ限界がある」

そうだ。この方が見せてくれる夢は大きく明るく、それ故に影は果てなく暗く濃い。
それでもその夢を現実にするなら、この手に掴み取る為には、立ち止まる暇はない。
もっと身近に薬院を。安価で安定し手に入れられる薬草の手配を。
王様への直訴を。重心への説得を。典医寺と東西大悲院への根回しを。
この方がご自身を削るように献身する民の健康が、皆に等しく行き渡るよう。

相変わらず俺を本気にさせるのが上手な方だ。
ようやく周囲からの声の途切れた夕陽の道で、俺はこの方の手を握り直した。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    ウンスの人柄が現れてます
    誰にでも 優しく、明るく接して
    陽の気を振りまいてる
    人々が 穏やかに暮らせるのも
    大護軍と医仙のおかげって いいたくなるわ
    モテモテのウンスに ちょっと
    嫉妬? (๑⊙ლ⊙)ぷ

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    お早う御座います。ウンスは、医師治せるなら治してあげたいと思うわよね。今の時代ならともかく。ウンスが、居る時代は、何かと。難しいかも。でもウンスは、負けないよね。出来る事を、するだけ。ウンス頑張れ !

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