2016 再開祭 | 佳節・廿

 

 

「あの方と共に聞く。酔払い共の中に置きたくない」
突然の足止めに言い捨て後を追おうとした俺の背に、叔母上が予想もしなかった声を掛ける。

「お前の母上は、勇敢な女人だった」

その声に足を止め、背後を振り返る。

「産気づいたと兄上から急ぎの文が来て丸三日。今でも覚えている」
足を止めたままの俺に並ぶと、叔母上は変わらぬ歩調のままゆっくりと河原を歩き続ける。

「三日三晩陣痛に耐え、お前を産み落とされた。涙を流して喜ばれてな。
最後は寧ろ兄上の方が顔色を失って、倒れそうになっておられた」
「そうだったのか」
「途中で産婆が聞いた。赤子の命を取るかご自身の命を取るか。何と言ったと思う、お前の母上は」
「赤子か」

俺の命を選んで下さったのだろうか。
突然の思い出話に碌に考える事も出来ずに返すと、叔母上は首を振った。

「この子は強い子だ、私には判ると。だからこの子が死ぬ訳は無い。
私もこの子を残して死ぬ訳に行かぬ。どちらも生きるとおっしゃった」
「・・・そうか」
「誤解するなよ。お前を選ばなかったのではない。母上は生きてお前を育てたかったのだ。
母の命の代わりに生まれた子として、お前に重荷を負って欲しくなかったのだ」

物心ついた時から寝たきりではあったが、母上の笑顔は憶えている。
白く透き通る陽射しの部屋、白い寝間着、白い布団の上にいた御姿。
交わした言葉。優しい声。駆け寄る俺を抱き、頭を撫でて下さる腕。
もしも母上が亡くなっていれば、その思い出は一つも残らなかった。

「強い子とおっしゃったのか」
「そうだ。はっきり覚えている。この子は強い子だ、私には判ると」
「そうか」
「どの子にも父母の懸ける想いがある。幾つになろうと親にとっては、一生息子であり娘だ。
残された子も、残した親も、一生忘れぬ想いが受け継がれる」
「・・・ああ」

何れ判る。俺も父になれば。あの方が母となれば。
その時思い知るだろう。父上と母上の想いの深さを。
そして御義父と御義母上の想いの深さを。

それだけでは無い。
口煩く手が早い叔母上の想いも。
そしてあの方にも同じように愛して下さる親類縁者の方々がいらした筈だ。

血は繋がっていく。父母から、祖父母から、曽祖父母から。
脈々と流れる血を受け継いで今の己、今のあの方が此処に居る。
そして繋がって行くのは血の縁だけではない。
諦めず見捨てず見守り続け、繋がって側にいてくれる心がある。
だからこそあの酔客たちを、最後には結局渋々許す事になる。

「周囲への感謝も忘れるな」
「ああ」
「ウンスの前で言えば、御両親を思い出す。悲しくなるかと思ってな。
折を見て、お前から話すかどうかを決めろ」
「・・・ああ」

相変わらず言葉足らずな気遣いをすると、苦い笑いが込み上げる。
そういうところは血筋かもしれん。
「判ったら戻れ」
「ああ」

それでも一人走り出さず横を歩く俺に、叔母上の怪訝な目が当たる。
「行け。恋女房が淋しがる」
「年寄りに暗がりはきつかろう」
「舐めるなよ」

口調とは裏腹に蝋燭の灯の中、横顔の叔母上の目許が僅かに和らぐ。

「生意気な甥子の世話になどならん」
「大護軍!」
「あ、やっと来た」
「大護軍、ここですよー!!」
「何やってんだい、甥も叔母も全く」
「大護軍、チェ尚宮殿、飲みましょう」
「仕切り直しだな」

焚火を囲んだ車座から、歩み寄るほんの短い間すら待ちきれん家族達が立ち上がり出迎えの声を上げる。
その輪から少し外れ、石に腰掛け盃を手に笑いながら待つあの方の姿。
その左右には護衛さながら、マンボとタウンがぴたりと従いている。

こいつらの誰も口にせずとも、祝う為に此処で待っている。
互いに声に出しはせずとも、判っているから許すしか無い。

ああして無理矢理に鼻先から奪われようとも、掠め取ったのも家族だから仕方無い。
万一家族以外なら、命を懸けて救い返そうするのがこいつらだから、許すしか無い。

「大護軍、鶏美味いですよ!持って来ます」
「自分で盛る」
「大護軍!まずは一献!」
「適当に呑む」
「なんだヨンア、受けろや!今夜は潰れるまで呑ませてやる」
「無理だ」
「ヒドヒョンも呑もうぜ!皆で旦那と呑み比べだ」
「ヨン相手では勝ち目は無い」
「チェ・ヨンは若い頃から笊だからな。年取って少しは衰えたか」
「爺扱いするな」

掛かる声に応え焚火を囲む輪に加わる途中で、叔母上の沓先はあの方へ逸れる。

「食べたか」
横に立ち問う叔母上に、あの方の明るい声が返る。
「お帰りなさい!待ってたんです。一緒に食べようと思って」

歓待の声に、叔母上が困ったように曖昧に頷く。
「人一倍の大食いがよく我慢できたな。腹が減っておろう」
「だって叔母様とあの人抜きじゃ、つまんないですから」
「では頂くとするか。その腹と背がくっつく前にな」
「わあい!」

弾むような足取りで即席の長卓に近寄ったあの方が、銘々皿に王妃媽媽の御膳の品を取り分けていく。
横でタウンが竈の灰の下から取り出した朴葉包を、長卓上で器用に開く。
「すごーい!いい匂い!!」

包の中から勢い良く上がる白い湯気に、あの方のはしゃぐ声がする。
タウンが切り分けた鶏肉を皿へ受けると満足そうに笑って会釈し、皿を手にあの方が俺の許へ歩いてくる。
「ヨーンア」

そう言って目の前に差し出された、鮮やかな彩の祝膳。
「召し上がって下さい」
「だって、あなたの為に作ったのにー!」

その声に車座の男達が途端にしんと静まる。
この方は何か拵えたろうか。
祝膳を下賜して下さったのは王妃媽媽で、鶏を捌いたのはタウンとコム。
魚を釣り上げ朴葉包を焼いたのは参列のこいつらだ。
誰もが同じ事を思っておる事は、表情からすぐ判る。

「ほら、私はきれいな盛り付けを頑張ったの!」

首を傾げる俺に誇らし気な笑顔で、小さな両手が皿を掲げてみせる。

ヒドは呆れた視線で星を見上げ、チュンソクは気まずそうに咳払いする。
アン・ジェに至っては吹き出すのを堪えるようにこの方から視線を外す。
師叔は首を捻り、シウルとチホは目を見交わし、最後にトクマンが
「医仙、それなら俺でも・・・」

遠慮がちに呟いた次の瞬間、奴は頭を押さえて蹲る。
「い!」
車座の対面、テマンが険しい眼つきで頭を抱えるトクマンに呟いた。
「馬鹿野郎」

その指先に挟まれた爪先程の小石がからりと乾いた音を立て、河原に落ちて再び紛れた。

 

 

 

 

8 件のコメント

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    なんか、心が温かくなりましたo(^o^)o
    そして、笑っちゃいました(^^)
    ヨンやウンス、チュンソクやヒデ、トクマン達の表情が見てるように思い浮かびました(^o^)v
    毎日、お話を読めてちょー幸せです♡
    ありがとうございます(//∇//)

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    自分が生まれた日の話を
    叔母様から 聞けるなんて…
    自分の覚えている お母さんと
    叔母様の話す お母さんの様子 
    かさね合わせて ものすごく幸せ
    いつか ウンスに話してあげなくっちゃ。
    そして家族同然の みんなに
    祝ってもらってる しあわせ~
    だけど この二人のあまあま~ な 
    なかには 誰も入れない… (〃∇〃)

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    叔母さま❤
    生意気な甥子
    人一倍の大食いな甥嫁
    二人の為にも長生きしなきゃね(^^)
    やっぱりトクマン君は?
    馬鹿野郎~でしたね(笑)

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    ホントに可愛いウンスですね。
    誰が笑おうと呆れようと、チェ・ヨンだけは愛しさが増すはずです(//∇//)
    私も顔がニヤけて、心があったかくなりました(^-^)

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    さらんさん、お久し振りです。
    今日は色々と親と子について思いを巡らせることがあったので、チェ尚宮とヨンとの会話が深く刺さりました。心にしみたっていうか。
    さらんさんの中で、さらんさんのヨンが、さらんさんのチェ尚宮が、ちゃんと生きているからだと改めて思いました。

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    ヨンの亡き母の、ヨンに対する想い…、母になろうとしている女性、母になった女性は、皆、その想いに自分の想いを重ね合わせるでしょう。
    お子を授かることがなかった、授かろうとしなかった、授かれない体になった女性は、自分を産んでくれた母の想いに感謝するでしょう。ヨンの母の想いは、立場がまるで違う女性でも、「自分をこの世に産んでくれた母…」という、共通の想いで、受け止めることができたと思います。
    涙…します。感謝で…。
    ヨン、早くみんなのところで野外パーティーしましょう。ウンスが心を込めて
    ☆☆綺麗な盛り付け☆☆
    をしてくれたのですから…。
    心……うれしいね。可愛いね。

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    この落とし処が待ってたのか…
    …チェ尚宮の懐古
    貴方の力量は驚愕。
    文法etcには感心しっぱなしでしたが
    うーーん!
    学ばされます。
    ヨン母親の場面、仲間達との関わり場面、今現在私たち教師が抱えている問題のほぼ根幹ですね。見せられました。
    大袈裟と思われるでしょうが
    模索しながら(無責任論文至上主義教師は別もん)現場を戦いの場とマイナス思考に陥ってた自分に活を入れてもらいました。
    ありがとうございました。
    空いた時間や夜、中毒のように読んでます。
    仕事しろ(笑)…してます( ゚Д゚)ノ
    「信義」を超えてるわw 二次小説というより作り直した100倍魅力の「信義」だねw
    教えてくれた友人に感謝\(^^)/

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