2016再開祭 | 秋茜・拾玖(終)

 

 

「どうしよう」

秋の夕陽の縁側で、膝に抱くあなたの声。
細い背越しの声を聞き、横顔を盗み見る。

俺に言った訳ではない。
透ける薄茶の瞳は燃える柑子色の雲の中、金灯実のような夕陽を見ていた。

後ろから回す両腕に細い両腕を掛け、確かめるように引き寄せて。
小さな両掌には余るこの掌をどうにか包み、互いの指を絡ませて。

秋が深くなっていると、あなたの指の温みが教える。
冷たい筈などあるまいに、あなたはこの両掌を持ち上げ口許に持って行き、温かな息を吐きかける。
「どうしよう・・・」

思い遣りの息で温まる手の甲に、前触れなくぽつりと降った冷たい滴。

雨ならば共に並んで眺められる。あなたが好きだと知っている。
雪ならば共に足跡を刻める。長い睫毛の熱に溶けた滴を拭える。

しかしこれは駄目だ。この世に降るあらゆる滴の中で、絶対に慣れる事はない。
拭おうと指を伸ばすには怖く、降るに任せるには辛過ぎて。
「如何しました」
「分からない」
「・・・一体何が」
「分からないから、困ってる」

判らないでは判らん。これでは禅問答の八方塞がりだ。
泣き止むか理由を教えるか、何方かはしてもらわねば。

「考えちゃうの」

まるで幼子のように俺の掌を握ったまま、強く目許を擦る。
この手に伝わる強さが心配になるような勢いで。
それ以上泣かせる愚言を口走る前に、あなたは大きく息を継ぎ、肩越しに此方を振り向いた。
それでもまだ湿ったままの睫毛に胸が痛い。
眸を逸らしても薄色の瞳が追い掛けて来る。

「どうやって見つけよう」
「何をです」
「あなたをよ」
「・・・は」
「次に逢う時、すぐ気づいてもらえなかったらどうしよう」

一体何事が起きたのかと、肝を冷やした己が愚かだったか。
ただ目前の秋の夕景に、僅かばかり感傷的になっただけか。
肝心な時には意地を張り決して涙を見せぬこの方は、何でもない時に突然静かに涙雨を降らせるから困る。

「下らん」
「下らんって、そんな言い方ないじゃない!」
噴き出すのを堪えて呟けば火が点いたように叫び、この掌が冷たく振り払われる。
下らんから下らんと言うたまで。何故あなたがそんな事を考える。

「俺が探します」
「え」
「必ず」
そうに決まっている。さもなくばあなたが呟く事になる。迷子のようなあの声で。

そこにいる?

あの時あなたは、俺に言っただろう。

どうにか生きていくでしょう。毎日毎日知りもしない人を診て。
夜は一人の家に帰って、扉の向こうの世界に尋ねる事になる。
不思議な世界に迷い込んで、あなたに向かって聞き続けるわ。

そこにいる?

それがどんなに辛い事か、あなたが誰より知ってるでしょう。

此処に居る。

その声を届ける為にだけ費やす人生も悪くない。
刺して気付くならば、試しに刺してみれば良い。
怖くはない。必ず救って下さる事を知っている。
どれ程遠廻りの道程にも、無駄などあり得ない。
この心が走らせる足は、必ずあなたに辿り着く。

此処に居る。

指を伸ばしあなたに触れれば、全ての答は判る。
王命があろうがあるまいが、この世であろうが天界だろうが、草の根分けても探し出す。
決して離さない。一人にしない。
二度とあの声で呼ばせない。この命と名に懸けて。

「約束よ?」
今泣いた烏がもう笑う。
あなたはようやく乾きかけた長い睫毛の目許を三日月に緩ませ、俺の頬を静かに撫でた。
「はい」
「じゃあ、サインを決めておこうかなぁ」

ようやく機嫌を直し、悪戯に輝く瞳で俺を見、頬に当たる指先が眉の傷を静かに辿る。
一面の夕景の中、その細い指の影だけが眸に落ちる。
眸に痛い眩しい夕陽から庇うよう、優しく光を遮って。
「こうして触れる。きっと言うわ。見つけてくれてありがとう。この傷が何より大切な目印」
「はい」

あの丘での再会以来、こうして事ある毎に触れる左眉。
何があったのかは聞かぬ。きっと大切な事なのだろう。
開京に戻りあなたに問うたあの夜も、傷に触れ泣いていた。
確かめて再び泣かれるより、無言でこうして触れられたい。
「忘れないで。絶対に」
「はい」
「見つけてね。もう絶対に刺したり、傷ついてほしくない」
「はい」
「愛してる」
「イムジャ」
「愛してる。だから探してね。私はそこでずっと待ってる」
「・・・イムジャ」

縁側の庭向うは燃え立つような秋の空。
その風に流されるように群れ飛ぶ秋茜。

そして見るたび胸が軋む愛おしい女人。
あなたは夕景を背に亜麻色の髪を金に透かし、薄茶の瞳で俺だけに微笑んだ。

「絶対に、待っていろ」

頷いた誓いの声に新たな涙を浮かべて。

 

 

【 2016 再開祭 | 秋茜 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

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4 件のコメント

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    赤茜を見るたび、ヨン&ウンス、そしてソンジン&ソヨン(きれいで勝ち気そうなのに、少し怯えの混ざったような女性をなんとなく想像して…)を思い出すでしょう。素敵なお話は、大好きな秋の素敵なしおりとなりました。ありがとうございました。

  • SECRET: 0
    PASS:
    ウンス、良かったね。
    また、ヨンに逢えたね。
    ヨンは、ウンスが迷子になっていても、必ず探してくれるって。
    見つけてくれるって。
    ソンジンの左眉の傷跡…
    ウンスが、モンケの時代に行ってしまったときに、ソンジンのために傷を縫ってあげた跡。
    ソヨンは、それをそっとなぜたよ。
    ソヨンに傷跡をなぜられたとき、ソンジン、ハッとしたでしょ。
    だって、ウンスだから。
    ウンスではないけれど、また逢えたウンスだから。
    ソンジンを心配するソヨンの様子は、
    まるでウンス。
    二人でゆっくり時間をかけて、互いの想いを確かめ合ってね。
    ウンスは、ヨンとの婚儀でその想いを伝えたじゃない。
    「来世も、その来世も、その次の来世も
    けして離れず、共にいる」…ことを誓ったのだから。
    ヨンとウンスは、永遠…
    だから、
    ソンジンはソヨンに逢えたのよ。
    ソヨンはソンジンに逢えたのよ。

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん
    やっと気づいたの♪ソンジンは
    ソヨンはウンスだよと
    昨日のコメントにこれを
    書かなかったな( ・∇・)
    チェヨンとウンスがLOVELOVEて
    いいですね♥
    この場合の表現は
    ムズムズするです(///∇///)
    ソンジンとソヨンの場合は
    キューンだったのに…
    なんだろなぁ?
    素敵なお話ありがとうございました。(*^^*)

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