「どうしよう」
秋の夕陽の縁側で、膝に抱くあなたの声。
細い背越しの声を聞き、横顔を盗み見る。
俺に言った訳ではない。
透ける薄茶の瞳は燃える柑子色の雲の中、金灯実のような夕陽を見ていた。
後ろから回す両腕に細い両腕を掛け、確かめるように引き寄せて。
小さな両掌には余るこの掌をどうにか包み、互いの指を絡ませて。
秋が深くなっていると、あなたの指の温みが教える。
冷たい筈などあるまいに、あなたはこの両掌を持ち上げ口許に持って行き、温かな息を吐きかける。
「どうしよう・・・」
思い遣りの息で温まる手の甲に、前触れなくぽつりと降った冷たい滴。
雨ならば共に並んで眺められる。あなたが好きだと知っている。
雪ならば共に足跡を刻める。長い睫毛の熱に溶けた滴を拭える。
しかしこれは駄目だ。この世に降るあらゆる滴の中で、絶対に慣れる事はない。
拭おうと指を伸ばすには怖く、降るに任せるには辛過ぎて。
「如何しました」
「分からない」
「・・・一体何が」
「分からないから、困ってる」
判らないでは判らん。これでは禅問答の八方塞がりだ。
泣き止むか理由を教えるか、何方かはしてもらわねば。
「考えちゃうの」
まるで幼子のように俺の掌を握ったまま、強く目許を擦る。
この手に伝わる強さが心配になるような勢いで。
それ以上泣かせる愚言を口走る前に、あなたは大きく息を継ぎ、肩越しに此方を振り向いた。
それでもまだ湿ったままの睫毛に胸が痛い。
眸を逸らしても薄色の瞳が追い掛けて来る。
「どうやって見つけよう」
「何をです」
「あなたをよ」
「・・・は」
「次に逢う時、すぐ気づいてもらえなかったらどうしよう」
一体何事が起きたのかと、肝を冷やした己が愚かだったか。
ただ目前の秋の夕景に、僅かばかり感傷的になっただけか。
肝心な時には意地を張り決して涙を見せぬこの方は、何でもない時に突然静かに涙雨を降らせるから困る。
「下らん」
「下らんって、そんな言い方ないじゃない!」
噴き出すのを堪えて呟けば火が点いたように叫び、この掌が冷たく振り払われる。
下らんから下らんと言うたまで。何故あなたがそんな事を考える。
「俺が探します」
「え」
「必ず」
そうに決まっている。さもなくばあなたが呟く事になる。迷子のようなあの声で。
そこにいる?
あの時あなたは、俺に言っただろう。
どうにか生きていくでしょう。毎日毎日知りもしない人を診て。
夜は一人の家に帰って、扉の向こうの世界に尋ねる事になる。
不思議な世界に迷い込んで、あなたに向かって聞き続けるわ。
そこにいる?
それがどんなに辛い事か、あなたが誰より知ってるでしょう。
此処に居る。
その声を届ける為にだけ費やす人生も悪くない。
刺して気付くならば、試しに刺してみれば良い。
怖くはない。必ず救って下さる事を知っている。
どれ程遠廻りの道程にも、無駄などあり得ない。
この心が走らせる足は、必ずあなたに辿り着く。
此処に居る。
指を伸ばしあなたに触れれば、全ての答は判る。
王命があろうがあるまいが、この世であろうが天界だろうが、草の根分けても探し出す。
決して離さない。一人にしない。
二度とあの声で呼ばせない。この命と名に懸けて。
「約束よ?」
今泣いた烏がもう笑う。
あなたはようやく乾きかけた長い睫毛の目許を三日月に緩ませ、俺の頬を静かに撫でた。
「はい」
「じゃあ、サインを決めておこうかなぁ」
ようやく機嫌を直し、悪戯に輝く瞳で俺を見、頬に当たる指先が眉の傷を静かに辿る。
一面の夕景の中、その細い指の影だけが眸に落ちる。
眸に痛い眩しい夕陽から庇うよう、優しく光を遮って。
「こうして触れる。きっと言うわ。見つけてくれてありがとう。この傷が何より大切な目印」
「はい」
あの丘での再会以来、こうして事ある毎に触れる左眉。
何があったのかは聞かぬ。きっと大切な事なのだろう。
開京に戻りあなたに問うたあの夜も、傷に触れ泣いていた。
確かめて再び泣かれるより、無言でこうして触れられたい。
「忘れないで。絶対に」
「はい」
「見つけてね。もう絶対に刺したり、傷ついてほしくない」
「はい」
「愛してる」
「イムジャ」
「愛してる。だから探してね。私はそこでずっと待ってる」
「・・・イムジャ」
縁側の庭向うは燃え立つような秋の空。
その風に流されるように群れ飛ぶ秋茜。
そして見るたび胸が軋む愛おしい女人。
あなたは夕景を背に亜麻色の髪を金に透かし、薄茶の瞳で俺だけに微笑んだ。
「絶対に、待っていろ」
頷いた誓いの声に新たな涙を浮かべて。
【 2016 再開祭 | 秋茜 ~ Fin ~ 】

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赤茜を見るたび、ヨン&ウンス、そしてソンジン&ソヨン(きれいで勝ち気そうなのに、少し怯えの混ざったような女性をなんとなく想像して…)を思い出すでしょう。素敵なお話は、大好きな秋の素敵なしおりとなりました。ありがとうございました。
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ウンス、良かったね。
また、ヨンに逢えたね。
ヨンは、ウンスが迷子になっていても、必ず探してくれるって。
見つけてくれるって。
ソンジンの左眉の傷跡…
ウンスが、モンケの時代に行ってしまったときに、ソンジンのために傷を縫ってあげた跡。
ソヨンは、それをそっとなぜたよ。
ソヨンに傷跡をなぜられたとき、ソンジン、ハッとしたでしょ。
だって、ウンスだから。
ウンスではないけれど、また逢えたウンスだから。
ソンジンを心配するソヨンの様子は、
まるでウンス。
二人でゆっくり時間をかけて、互いの想いを確かめ合ってね。
ウンスは、ヨンとの婚儀でその想いを伝えたじゃない。
「来世も、その来世も、その次の来世も
けして離れず、共にいる」…ことを誓ったのだから。
ヨンとウンスは、永遠…
だから、
ソンジンはソヨンに逢えたのよ。
ソヨンはソンジンに逢えたのよ。
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さらんさん
やっと気づいたの♪ソンジンは
ソヨンはウンスだよと
昨日のコメントにこれを
書かなかったな( ・∇・)
チェヨンとウンスがLOVELOVEて
いいですね♥
この場合の表現は
ムズムズするです(///∇///)
ソンジンとソヨンの場合は
キューンだったのに…
なんだろなぁ?
素敵なお話ありがとうございました。(*^^*)