2016 再開祭 | 五徳・伍

 

 

【 徳目之五・譲 】

 

 

夕方の開京城下。
大路を重い足取りで歩く足許、西からの陽を浴びた影が黒く長く東へ向かって伸びている。

両横に並ぶでかい影の頭の一つが、この影へ向けて僅かに傾ぐ。
「聞いた」

何故この人はこれ程愉快そうなのだろう。此度の一件は既に否応なく耳に届いているらしい。
「諦めろ、チュンソク」

並ぶもう一つの背の高い影は、意味が判らんとばかり首を捻っている。
夏の夕陽に照らされた背が熱い。

目立たぬような平服を纏い並んで歩く俺たちの前。
並んだ小さな背がみっつ、夜市の立つ方へ弾むように進んでいる。

いや、弾んでいるのはそのうち二つ。
もう一つは慎ましやかに、二つの影に添うている。

靡く黒い髪、踊る紅い髪、そして乱れぬよう結って上げた濃茶の髪。
その背に靡く黒髪を見つめ、思わず深い息を吐く。

大護軍はそんな俺を横目で確かめ低い声で呟いた。
「言った筈だ」
「はい」
「覚悟しろと」
「大護軍・・・」

短く交わす声に横のもう一人の男が、興味津々といった顔で耳を澄ますのがよく判る。
「何があったんですか」
「首を突っ込むな。第一、何故お前までついて来た」

うんざりした声も気に留めぬようにその男、トクマンが悪びれず明るく言った。
「隊長がキョンヒ様とお出掛けと伺ったので、ハナ殿もいらっしゃるだろうかと」
「・・・・・・・・・そうか」

長過ぎる沈黙の後に絞り出した唸り声に、大護軍が笑う。
「そういうもんだろ」
「大護軍」
「お前も俺を追い抜いて走った」
「あれは」

あれはキョンヒ様が倒れたと聞かされ、火急の事態と思ったからで。

言おうとは思うものの、何を言っても言い訳にしかならぬ気がして結局口を噤む。

「で、何があったんですか隊長」
「首を突っ込むなと言ったろう」
「そんなに思い悩むと、本当に良くないですよ。先日もお伝えしたじゃないですか。禿げますって」

その声に前を行く三つの影のうち、結った髪の背が足を止める。
止まった道連れに気付き、他の二つが遅れて歩を止め後ろを振り返る。

ハナ殿はキョンヒ様と医仙を残し、大路の端へと足早に寄った。
「トクマン様」
「はい、ハナ殿!」

そこから呼ばれたトクマンはまるで主に呼ばれた忠犬のように、一目散にハナ殿へ寄る。
「隊長様に、何をおっしゃったと」
「ああ、深く考え過ぎると禿げますと言って怒られたんです」

ハナ殿はトクマンをじっと見つめ、次に心から嫌悪するように低い声で吐き捨てた。
「髪が豊かで見識の浅薄な男性より、見識が豊かで髪の薄い男性の方が魅力的です」
「は、ハナ殿」

その冷たい視線は明らかに、トクマンの高い背をもう一廻り高く見せる立派な髷に注がれている。
突き放したような物言いに奴は目を白黒させ、慌てて言い訳を試みる。

「そんなわけじゃないんです。ただ隊長が俺に、迂達赤の鍛錬を任せて下さると」
「そんな大切な事を任されて、御答えになったのが外見の事ですか」
「そうじゃないんですって!」
両手を振り回し声を上げるトクマンから、ハナ殿はひたすら顔を背ける。

「もう尋ねたのか」
トクマンの大声の言い訳を尻目に、隊長が低く俺へと問う。
「は」
「成程」
大護軍は腕を組み、慌てた様子で腰を折りどうにかハナ殿の視線を捉えようと奮闘するトクマンを見る。
「待て」

飛んだ声にトクマンもハナ殿も動きを止め、声の主キョンヒ様へ振り返る。
その場に足を踏ん張り、キョンヒ様が顔を紅く染めている。
その紅さは明らかに西陽のせいではないのが判る。
いつもは柔らかな小さな両の手が、震える拳を作っている。
その震えが行き場のない怒りの余りとすぐ判る。

「チュンソクに何を言ったと」
「いえ、ですからキョンヒ様、それは」
「何を言ったと」
「姫・・・お嬢様、もう参りましょう」
口が過ぎたと気付いたか、ハナ殿もようやく言ってキョンヒ様へと駆け戻る。

「情が仇になったな」
場の様子を眺め、まるきり他人事のように大護軍が首を振る。
「ご機嫌が簡単に直るとは思えんぞ」
「相変わらず、トクマン君は天然なのねー」
戻って横に添っていた医仙が、大護軍の声に深く頷いた。

「女はねえ・・・特にキョンヒ様は、チュンソク隊長との年の差をかなり気にしてるから。
っていうより、チュンソク隊長が気にしてるんじゃないかって心配してるのにね」
「俺は」

医仙の言葉。ハナ殿がキョンヒ様の御心を慮り、トクマンへ向けた怒り。
そんなものを聞きながら、言葉に詰まって唇を噛む。

年の差の事など、今更考えるまでもない。初めから判っていた事だ。
今宵の俺には他に伺うべき事、成すべき事がある。

答の見当もつかぬ問い。
毎日新しい、大人の表情を見せるようになった方に。

 

 

 

 

2 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    相変わらずね トクマン~
    空気読まなきゃ。
    キョンヒ様にはもちろん
    ハナさんにも嫌われちゃうわよ~( ´艸`)
    そうよ 外見じゃないの 中身が大事なの
    チュンソクは両方いいのよ~ って
    キョンヒ様は 言うでしょうね。
    もう こちらの二人も
    思いあってるから 心配してる…
    お似合いですよ(〃∇〃)

  • SECRET: 0
    PASS:
    トクマン君またまた
    やっちゃいましたね(^^;
    お気の毒様です~~(苦笑)
    ヨンとウンスも同行するって…
    何処に行くのかなぁ?
    とにかくチュンソク頑張って(^^)

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です