2016再開祭 | 黄楊・拾壱

 

 

私たちの前まで歩いて来たあなたは足を止めて、媽媽の前をふさがないように一歩横へ避けると静かに頭を下げる。
媽媽もこの人がここに来たのを見て安心したんだろう。ゆっくり頷いてあなたに声をかけた。

「大護軍、よう来てくれました」
「は」
「王様がお待ちです。お行きなさい」
「・・・某は」

歯切れの悪いあなたに向けて、媽媽が説得するようにお声を重ねる。
「妾のお姉さまのお相手は、王様のお義兄さまだとお伝えした」
「王妃媽媽」
あなたに最後に微笑みかけると、媽媽は頭を上げたまま静かに廊下を進み始める。

あなたの前を通り過ぎる時、唇だけで言うのが精一杯。
あ と で ね?
その唇を読み取ったあなたは、何とも言えない顔で小さく頷いた。

 

*****

 

一体何が起きている。
御部屋前、王妃媽媽の厳しい御声。降って湧いた叔母上の役目返上の話。
あの方を康安殿で見つけた途端、突き付けられた王妃媽媽の御言葉。

妾のお姉さまのお相手は、王様のお義兄さまだとお伝えした。

このまま戻るが最善だ。
先ずは王妃媽媽とあの方が王様に何をおっしゃったのか、あの方に確かめるのが先決だ。
でなければ此方も出方が判らん。
しかし王妃媽媽がああおっしゃった以上、すぐにあの方の許へ駆け付ける訳にも。

王様の康安殿。王妃媽媽の坤成殿。
何方へ行くべきかと瞬時迷った俺に向け、康安殿の方向から呼び声が掛かる。
「大護軍!」
「・・・副隊長」
「お会い出来て良かった。王様がお呼びです」

俺の目前まで廊下を真直ぐ駆けて来た副隊長が頭を下げると
「医仙にお会いになりましたか。ついさっきまで御前に」

今しがた王妃媽媽と共に坤成殿へと向かい廊下を去ったあの方を追うように、副隊長の目が俺の肩越しの廊下を確かめる。
「医仙は何か言ったか、王様の御前で」
「いいえ、何も。ただ御医の朝の拝診が気になられたようで、王様のご体調を確かめに来たと」
「・・・本当にそれだけか」
「はい。それだけでしたが、何か」
「いや」

決定的な言葉はお伝えしていない。
それならばまず王様とのご拝謁に伺うべきだろう。
先触れの副隊長に促され、康安殿の私室へと歩き出す。
これで最後と己に言い聞かせながら。
「王様。チェ・ヨン、参りました」
「入りなさい」

御部屋外の廊下から扉内へと声を掛け、王様の御声と共に内官の手で開かれた扉から踏み込む。
執務机ではなく長卓の玉座におわした王様は、入った俺を確かめると
「ドチヤ」
部屋の隅に控えた内官長に、静かに御声を掛けた。

「はい。王様」
「人払いをせよ。そなたも迂達赤副隊長も、一旦表へ」

昨日の続きという訳か。王様の御声に背後の人の気配が薄くなる。
最後に内官長そして副隊長が扉を出で、静かに其処が閉じられる。

「チェ・ヨン」
「は」
全ての者の退室と同時に御声が掛かる。
立ち尽くし頷く俺に、王様は長卓の上席を御掌で示した。
「座りなさい」
「・・・は」

椅子へ掛けると王様は玉座から此方へ真直ぐ向き合うとおっしゃった。
「済まなかった」
「王様・・・!」
「昨日は寡人の言葉が足りなかったのだ。理由も伝えずに、そなたに結論だけを押し付けた」
「臣に詫びてはなりませぬ」

俺の声に王様は御言葉を切り、此方をじっと見た。
「国本が揺るぎます」
「寡人が間違っていたと気付いてもか」
「なりませぬ」

頑迷に繰り返せば、王様も譲らずに御言葉を続ける。
「では王ではなく、弟として謝ろう。兄に謝る事が出来ぬのは弟としての孝に悖る。
人の道に悖りながら如何して国を治め、民の為にと善政を敷けようか」
「王様」
「そなたの力が必要だ、チェ・ヨン。これから今より更に必要となる。
紅巾族や倭寇との戦だけではなく政の件だ。そなたになら判ると思っておった。
委細を伝えずとも、国の成り立ちも、共に求める道も」
「・・・王様」

此方を見る真摯な両の御目に頷き返せば、王様は御口端を下げた。
「そなたがいてこそ、碧瀾渡の火薬を安心して任せられる。関彌領の巴巽も、北方もだ。
そなたが力を持つ事こそが、民にとりこの国にとり最大の善となる、そう思ったのだ。
そなたが望まぬ事を重々判っておった。
しかしそなたに都堂参列の名分がなくば、非常時の出兵の度に煩い重臣らを説き伏せねばならぬ。
それでは刻の無駄だと思ったのだ。
目前に敵が迫り、民の命が危険に晒されている瀬戸際でも重臣らは気になどせぬ。
下らぬ政の駆け引きと、己の保身にしか目が行かぬ」
「王様」

堰を切ったように溢れる王様の御言葉に頷いて思う。
やはり同じだ。共に目指す処、互いが掴みたいもの。
異なるのは互いの立つ処。俺は何処であれ駆けて行く事が出来る。
そして王様は揺るがぬ天地を支える為、自由に動くことはならん。

「某が必要な時は、都堂への参列を御命じ下さい」
「それでは重臣は納得せぬであろう。説き伏せるだけの地位と名目が必要だ。
さもなくばあの者らが、そなたの話に耳を傾けようか」
「・・・ならば」

これだけは決して己からねだるまいと思っていたが。
「都堂への参列時のみ、令牌をお授け下さい」
「・・・令牌」

王命に等しい力を持つ牌。持つ者の声は即ち王様の御声となる牌。
官位を受けぬ以上都堂に参列し、この声を通すにはそれしかない。
「しかしチェ・ヨン、令牌を授けようともそなたが得るのは、今よりも大きな心労のみ。
下手をすれば重臣にも敵が増える。地位も、名誉も、俸禄も、他に一切の得もない。
故に寡人は昇格をと申したのだ。今よりも、そなたに負わせる苦労に見合うものを」
「要りませぬ」
「そうして一人、心労だけを抱え込む気か」
「構いませぬ」

そういう性分なのだ。一介の武官でいた方が余程良い。
都堂参列も、自由に駆ける足を縛られるのも、双方我慢が出来ん。

俺は駆ける。自由に地を駆ける事の許されぬ貴き龍の分まで。
俺は見る。民の求める物を。
聞く。王様へ届くのが難しい民の声を。
それこそ最も必要で、そして最も難しい役目だ。

民は法外な禄など求めない。ただ日々の安寧を。愛する者の無事を。
そして此処に居る俺こそが、王様の一人目の、その民なのだ。
「・・・そなたは変わらぬのう」
「は」
「どれだけ時を経ようと全く変わらぬ」
「は」
「幾度も意を異にした。信じなかった事も、背を向けた事も、望んでおらぬと判っていながら役目を押し付けた事も。しかしそなたは」
「変えられませぬ」
「あの折もそう申しておった。玄高村で」
「は」
「此度こそ漁夫になるつもりか。寡人がこれ以上無理を言えば」
「・・・はい」
それをお伝えしに来たのだ。これで悔いはない。
頷く俺に根負けしたよう、先に息を吐いたのは王様だった。

「では、昇格は一時保留としよう」
「・・・王様」
「取り消しはせぬ。此度は理由も伝えず性急過ぎた。しかし弟からの願いが二つ」
「王様」
「一つは令牌を携えての都堂への列席。そして他に選ぶ道がない程にそなたが必要になった時には、次は黙って昇格を受諾して欲しい」
「某は」
「それ迄は保留とする。故にそなたも答を急ぐでない。互いに言葉も足りなかった」

俺の言葉を遮って、王様は此方をご覧になった。
昨日の御話の時とは違う。御自身の御考えのみを押し付けるでなく、焦って結論を急ぐでもなく。
「今の火急の用は他に有る。参るぞ、チェ・ヨン」

王様はそれだけおっしゃると玉座から徐に立ち上がり、そのまま扉へ迷いなく進まれた。
扉を開ける内官はおらん。横を守りこの手で開くと王様は坤成殿への廊下を足早に辿られる。

人払いの命で扉から離れて控えていた迂達赤と内官長らが、王様の御姿を確かめると同時に駆け寄ると、その御背の後へ従った。

 

 

 

 

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