2016再開祭 | 黄楊・参

 

 

「私にも皆目見当がつかないのです、チェ尚宮殿」
早朝の回廊の隅。
呼び出した内官長殿は、雨の庭を背景に声を落とした。

「昨日確かに大護軍は、王様のお召しでご拝謁を」
「大護軍から率先してご拝謁に伺ったわけではないのですね」
「はい。私が迂達赤まで伺い、大護軍の在所を確かめた上で康安殿へお連れしました」

奴が臣下にあるまじき自由さで康安殿に伺っているのは知っている。
そして王様が寛大な御心で、それをお許し下さっている事も。
しかしわざわざ内官長自らが出向き在所確認の上での呼び出しとは、少々大仰過ぎるのではないだろうか。
通常の拝謁とはあまりに手順が違い過ぎる。臣下がお訪ねし申し出るのではなく、王様からのお召しなど。

「しかし大護軍が入室されると同時に王様が御人払いをされました。私共内官は勿論、室内の迂達赤全員もです」
「それなのに、何の耳も用意されなかったのですか!」

思わず責めるような声を上げてしまう。内官長殿は私の追及に困った様子で俯いた。
「全員扉から離れよとの、王様よりの大層強い御言葉で・・・」
「大護軍が王様に願い出たのですか」
「いえ。大護軍が康安殿に入室され、一言目のご挨拶すら口にされる前の事です。
お相手が大護軍ですので王様が危険な事はあるまいと、全員王様のおっしゃる通りに・・・」

使えぬ。全く使えぬではないか。
内官長殿を睨む訳にはいかず、その肩向こうの軒から滴る雨粒を睨む。
一体何の為に王様の信頼を得て、王様のお側近くに従いておるのだ。
内官とは並の尚宮以上に皇宮の内情に詳しく、他の誰より近く王様の御心に添ってこそではないのか。

王様はああいう御方なのだ。大事こそまず御心に秘そうとされる。
御口にされる前に汲み取ってこそではないか。それが内官であろう。
御口にされた後なら、どんな間抜けでも御気持が判って当然なのだ。

しかしあの甥とは違う。
内官長であるドチ殿を怒鳴りつけ、この間抜けがと頭を叩くわけにもいかぬ。
苛立ちに波立つ肚裡を抑えつけ、仕方がないと己に言い聞かせる。
仕方がない。そうだとも。
周囲が目端の利かぬ奴らなのだとすれば、私が動けば良い事なのだ。

この命を懸けてお育てした王様。その王様が大切にされる王妃媽媽。
そして命より大切なあの甥。その甥が己の命も顧みずに慈しむ医仙。
その四人全員に関わる事ならば、老体に鞭打つしかないだろう。
「この後、何か判ればすぐにお教え下さい」
「畏まりました、チェ尚宮様。必ず」

頭を下げる内官長殿への返礼もそこそこに、回廊を辞し坤成殿に戻る。
何の実もなかった雨中の会話を思い出しつつ、王妃媽媽と医仙との囁き交わす声に耳を傾ける。

あの堅物の迂達赤隊長も立ち聞きをする機転が利くとは考えられぬ。
離れろと言われれば何処までも離れ、唯ひたすらに待つような者だ。
そして迂達赤も隊長が離れている以上、右へ倣えで離れていたろう。
恐らく迂達赤の誰を締め上げようと、これ以上の話は聞き出せぬ筈。

しかし肝心の内官長があの調子では、康安殿の内偵は期待できまい。
長が離れているのに、下端の内官が聞き耳を立てていたとも思えぬ。
内官への揺さぶりを掛け探りを入れても無駄骨になる可能性が高い。

王妃媽媽と王様の目となり耳となり、皇宮内の情報を把握する事。
そして知り得た情報に関し、必要以外の事は忘れ一切他言せぬ事。
御二人がお知りになるべき事は全てお伝えし、御心の愁いとなる種は排除する。
それを成してこそ王様付きの内官であり、王妃媽媽付きの尚宮だ。
誰もが知る情報だけを知っていても役には立たぬ。
誰も知らぬ情報を手に入れ吹聴するなどは最悪だ。
元の頃から王様に従きその程度の心得はあるものと思っておったに、此度は王様の築かれた塀がそれを凌ぐほど堅固だったか。

畏れ多くも王様が内官長にすら伝えられぬ何か。
頑迷なあ奴が役目を辞すると決意する程の何か。
通常とは違う大護軍への呼び出し。
殿中の全員を人払いする程の御話。

大切な王妃媽媽にも医仙にも伝える事の出来ぬ密談が交わされた。
康安殿の中で、王様と迂達赤大護軍だけが知るべき、重大な何か。
それ程の重大事。一体何なのだ。考えようと思い当たる節がない。

戦絡みの事であれば、どれ程秘そうと耳に入って良い頃だ。
もしも緘口令が敷かれていても、兵の様子を注意して見ていれば動きで判る。
奇轍の令妹、元の奇皇后絡みの動きであれば尚更だ。
あの目立ちたがりの皇后が高麗へ圧をかければ、秘しておく事など不可能。
手裏房からなり皇宮内の噂なり、この耳に届かぬ筈がない。

耳に入って来ぬとはつまり王様が誰一人として打ち明けておられぬ、そういう事なのだ。
あの甥、迂達赤大護軍以外にはまだ誰にも。それ程秘密裏に運ばねばならぬ何か。
想像もつかぬ。糸口を見つけようにも手掛かり足掛かりの情報があまりにも少なすぎる。

王妃媽媽と医仙の顰めた御声に耳は欹て、無礼にならぬよう視線は逸らす。

逸らした視界の隅、窓外で雨に打たれて揺れる芍薬の花影を感じながら。

 

 

 

 

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