2016 再開祭 | 閨秀・参

 

 

「・・・入隊を、許した」

その日の夕餉時。
兵で溢れる食堂へ一人で現れた隊長は、俺の向かいの席へどかりと腰を降ろすと低い声で呟いた。
「は」
「一人には出来ん」
「は」
「常に三人一組を組め」
「判りました。隊長」
「・・・何だ」

卓向いから返る、不機嫌な厳しい声。
思わず怯むが、確かめないわけにもいかん。秋も深まる頃だ。
「医仙の、寝床・・・は」
「・・・気にするな」
「判りました」

気付けば騒がしかった食堂は、水を打ったように静まり返っている。
隊長は太い眉を深く寄せるとそれ以上は何も言わず、無言で席を立ち、肩を怒らせ扉を出て行った。
その背が消えるが早いか、堂内に蜂の巣を突いたような騒ぎが戻る。
「副隊長、医仙様は」
「隊長と同じ部屋で寝起きされるのですか」
「じゃあ・・・」
「隊長がまさか」
「煩い!」

我慢ならずに立ちあがって叫ぶと、皆が驚いたように黙り込む。
「良いか、隊長の決定は絶対だ。余計な事は一切訊くな。明日から医仙には三人一組で動いて頂く。
何処に刺客が紛れ込むか分からんからな。絶対に気を抜くなよ!」
「はい!」

一斉に返る声を聞きながら、俺は黙って息を吐いた。

 

*****

 

「ねえねえ」
聞き慣れた声の筈だ。それでも夜更けの迂達赤の私室で聞くと。
「・・・はい」
「どうしてそんな隅っこにいるの?」

寝台上に座りこみ、丸い瞳が此方をじっと見ている。
「・・・気にせず」

見慣れた筈の私室。揺れる油灯の灯影。窓からの夜の兵舎の景色。
空の月の色も、渡る風の音も、全て親しいものの筈が。

部屋内の椅子を二つ寄せ、寝台から離れた窓脇に据えた。
其処へ凭れた俺に向けられた視線が逸れる事はない。

その気配があるだけで、景色の全てが違って見える。
小さな息遣い。離れているのに感じる花の香。
結い上げていた髪は今は下ろされ、首を傾げる度に揺れる。

「私が椅子で寝るから、あなたはこっちで寝れば?」
「結構です」
「いいの?本当に?」
「はい」
それ以上の声を遮るよう眸を閉じ息を吐き、椅子へ凭れ直す。
それでもこの方は話を終えるつもりはないらしい。

「ねえ」
「・・・・・・」
「ねえねえ?寝ちゃったの?」
「・・・・・・いえ」
眸を閉じたまま言うと、聞こえる声に明るさが増す。
「せめて、そこの高い所で寝れば?」

この耳が困りものだ。声を聞くだけでどんな表情をしているか判る。
「いえ」
三和土で横になれば寝台に近くなる。そんな近くで寝む訳にいかん。

頑なに眸を開けぬ俺に、呆れたような細い溜息が届く。

「隊長?」
その呼び掛け。そうだ、それに慣れていない。
今まで誰にも呼ばれた事が無い。そんな風に細く甘く。
「てー、じゃん?」
「・・・はい」

思わず眸を開け声の方を見れば、その瞳と真直ぐ視線が噛みあう。
慌てて逸らしても、あなたの気配が何処までも追って来る。

「今はあなたの主治医として言うわ。お願いだから、そこで」
痺れを切らした白い指が寝台の横の三和土を指した。
「寝て下さい、隊長?」

無言で凭れた背を勢い良く起こすと椅子を立ち、三和土へ上がる。
履いた沓を床へ脱ぎ、腕を枕に寝台へ背を向け、其処でごろりと横になる。
「枕はいらないですか、隊長?」
「要りません」
「体は痛くないですか、隊長?」
「ありません」

素気ない声にも諦めず、声はいつまでも追って来る。
「明日は何するんですか、隊長?」
「鍛錬を」
「私も?」
「・・・・・・見ていて下さい」
「はい、隊長」
「明日から早い。寝んで下さい」
「でも、隊長」
「はい」
「お手洗いに行きたい・・・歯も磨かないと、寝られません」

思わず三和土で体を起こし、寝台へと向き直る。
厠。洗面。無理もない。
「ついて来て下さい」
先刻脱ぎ散らした沓に再び爪先を突込んだ俺の声に、あなたは寝台から腰を上げた。

 

 

 

 

3 件のコメント

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    わざとなのか…なんなのか
    ウンスなりに ヨンに気を使ってるんだけど、
    どうやら ヨンにはこたえる(•́ε•̀;ก)
    いらぬ妄想が…
    もうちょっと そばに… きて♥
    あああああああ 煩悩との戦い!
    しまった、ウンスの身の回り 忘れてた!
    (๑⊙ლ⊙)ぷ

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    ウンス、可愛い♪♪♪
    本当は、すっごくウンスが気になるし嬉しいはずなのに、ヨンがわざとつれなく返事する様子が浮かび、「ウフフ…」と、笑っちゃう。
    ヨン、眠れるのかなあ…
    さて、厠、洗面…ですね。

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