年末年始:2016再開祭 | 朝湯・前篇

 

 

【 朝湯 】

 

 

遅い冬の朝、ようやく朝陽の射す母屋の厨。
前夜から炊き続けている竈の火。
交互に寝ずの番で火を守った俺もコムも、タウンもそしてこの方も。

みんな何処か呆とした顔で、朝の挨拶を交わす。
「ヨンさん、少し休んで下さい。寝てないでしょう」
コムが煤けた手で目許を押さえ、深い息をし首を振ると頭を下げる。

「俺は良い。何れこの後登殿だ」
俺の声にタウンが心配気にこの方を見る。
「ウンスさまも御一緒ですか。殆ど寝ていらっしゃらないのに」
「うん、年末のご挨拶だけね。今回は少し長く冬休みが取れたから、忙しいのは今日までなの」
「だからと言って・・・」

タウンは気遣うように布を温かい湯に浸して絞ると、この方でなく俺に渡す。
受け取って、この方の煤けた頬をその布で拭う。
この手に頭を預けたまま、鳶色の瞳が俺を見上げた。
「ヨンア、私の汚れを心配してる場合じゃないわよ。
あともうちょっとだから、お料理の仕上げしないと」
「・・・イムジャ」

気持ちは判る。名節を、まして年の初めを盛大に祝いたい気持ちはよく判る。
そして心を籠めた料理でもてなそうとする、その気持ちもありがたいと思う。

しかし大月隠の納日に至るまで昼は典医寺の役目、夕からは料理。
倒れずにいるのが不思議だ。幾ら竈を焚き続けたとはいえ、厨の寒さの中で。

「ご拝謁が控えていらっしゃるなら、尚更です」
この方を諌めるよう、タウンの改まった声が飛ぶ。
俺も大概だが、叔母上に仕え続けたタウンの筋の通った頑固な礼儀正しさも唯ならん。

「ウンスさま、料理はもう大丈夫です。どうか大護軍と共に、お湯をお使い下さい。
煤けたお顔や手足で御前に出るなど不敬です」
「だけど、まだトックのスープがね?」
「私が煮ておきます。ここまで頑張られたのですから」

此処まで、と言って指すタウンの指の先。
支度台の上には、見事な彩の惣菜の皿が処狭しと並んでいる。

肉、野菜、魚、菓子、果物。揚げ物、焼き物、煮物、蒸し物。
盛られるのを待つばかりの見事な量の惣菜を眺め
「でもタウンさん、まだこれからジョンやチヂミが」
これでも不満なのか、この方はそう言って首を振る。

「それはお客様がいらしてから、熱いうちに作ってお出しした方が美味しいですよ」
「そしたらタウンさんもゆっくり休めない。いいの、お正月は作り置きで。ぎりぎりまで私」
「ウンスさま」

タウンは聞き分けのないこの方を、穏やかに制す。
「ウンスさまは良いとしても、迂達赤大護軍が御前の事納のご挨拶に煤けた様子で伺えば、世間は何と思うでしょうか。
ましてご婚儀後、初めての年末の事納の日です。妻が夫の身支度も整えずにと」
「そ、それは」

弱みを突かれたこの方が淀めば、すかさず返したタウンの二刀目が入る。
「もしも大護軍が年の瀬まで妻を煤けた厨に立たせているかと、周囲から冷たい目で見られれば」
「ヨンア!」

慣れたものだ。この方の泣き所を突くのが実に上手い。
この方は途端に翻意して俺を見上げ、素直に幾度も頷いた。
「お風呂、入ろう」

コムが笑うと無言で頷いて、湯加減を見る為に厨を抜けた。

「ウンスさま」
タウンさんはにっこり笑いながら、台所を出て行くコムさんを確かめ、次に私に向かって言った。
「お二人別々でとなると、湯が沸くまでまた時間が・・・待つお時間はおありですか」
「え?」

確かにシャワーもお湯もオートでどんどん出て来るわけじゃない。
一度使ったお湯は抜いて、また汲んだ水を張って沸かして。
最低でも準備に1時間くらいはかかるわよね。

私が確かめるように黒い瞳を見上げると、あなたは困った顔で首を振った。
「俺達の拝謁は昼のうちに。王様も大臣らに謁見の御予定が」
「では」
タウンさんはオンニの顔で笑うと、決断を下すように私達に向かって頭を下げた。
「失礼ですが、御二人一緒にお使い頂けますか」
「・・・・・・・・・」

あなたの黒い瞳が、信じられないって様子で丸くなる。
そして私はぽかんと口を開けて、黒い瞳に首を振った。
絶対出来ない。いっくら夫婦だからって、だってこんな朝からそんな事。
湯浴み着があるからって、だからってその下は素肌よ?
「ム、ムリーっ!!」

私の小さく叫んだ声に、今回ばかりはあなたも同意するように大きく頷く。
「では、何方が先にお湯を使われますか」
「イムジャ」

あなたはタウンさんの声にすかさず言って、私の肩を緩く掴んで押し出した。
「先に」
「ダメ!」
着物越しでも、あなたの手が冷え切ってるのが分かる。
昨日一晩、コムさんがなだめてもタウンさんがすかしても頑固に首を振って、かまどの火加減を見続けてくれてた。

「料理は、あいつらの為でしょう」
そう言って、トックに使うキジを捕まえて来てくれたのも。
海老やタラやアワビや牛肉や野菜をどっさり手に入れて来てくれたのも、全部あなただもの。
こんなに頑張ってくれたあなたより先にお風呂に入るなんて無理。

「早く、ヨンア」
「イムジャ・・・」
大きく呆れた息を吐くと、あなたは肩を落とした。

「刻がない。早く」
「だからあなたが素直にはい、って言ってお風呂に行けば」
「押し問答は」
「どうしてそんなに頑固なの?お風呂はね、一家の長が一番きれいなお湯を使うって、昔っから決まってるのよ!」
「頼むから」
「いい?うちには家族がたくさんいるの。名節にたくさんお料理をするのは、大家族の嫁なら当然なの。
ヨンアはその大家族を支えてくれてるんだから、お風呂に最初に入るのも」
「お二人とも!」

我慢できないようにピシっと声を上げると、タウンさんは今回は頭だけじゃなく、腰を直角に曲げるように深く礼をする。
そして私達に向かって有無を言わさないように言い放った。
「失礼ですが、ご一緒に湯をお使い下さい。今すぐに」

 

 

 

 

寒い夜に、二人で温まる話。いろんな温まり方がありますが(//∇//)そこはさらんさんにお任せします。 (pana2683さま)

 

 

 

年末年始特別篇+リク話合体です。

 

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