2016再開祭 | 黄楊・拾弐

 

 

坤成殿の入口扉。
再び顔を合わせる武閣氏はどんな顔をして良いか判らんのだろう。
何しろ此度は王様までいらっしゃる。
いつもであれば扉を守るチェ尚宮、叔母上の姿はやはり見えない。
王様もすぐにそれを察されたか、内官長へ御目を投げる。

「チェ尚宮様は」
内官長は王様の御声を代弁し、扉横の武閣氏に問い掛ける。
「王妃媽媽と御部屋にいらっしゃいます。医仙様もご一緒に」

役目を辞すと言っていた叔母上と、御拝診が終わったあの方が。
王様もその声に頷くと、不思議そうに御部屋の扉を見つめられる。
「ただ今お呼び致します」

その武閣氏を上げた御手で制され、王様は静かに御部屋扉へと近付き、低くおっしゃった。
「・・・開けよ」
そして内官長の開けた扉から御訪問の先触の御声のないまま、突然御部屋内へと入られる。

王様であれば確かに許される事だ。
例え王妃媽媽の御部屋とはいえ、逐一先触れを出し、御許しを得る必要はない。
しかし元の姫君でもある王妃媽媽に対し、常に礼節をお守りになっておられる王様には余りに珍しい。
お側に付く俺も内官長も、共に御部屋内へ進んで良いかどうか迷う。
しかし王様をお守りする以上、王様の御言葉なしに其処で足を止める訳にはいかん。

踏み入った坤成殿の御部屋内は、予想とは全く異なる雰囲気だった。

御心が汲めぬと言っていたはずの叔母上はいつもと何ら変わらず王妃媽媽の横をお守りし、無言で御部屋に入られた王様を確かめて咄嗟に取った警戒姿勢を解く。
そしてあの方はつい今しがたまで笑っていたのだろう。明るい笑顔が中途半端に固まったまま、丸い瞳で俺を見つめている。

王妃媽媽付き筆頭尚宮、武閣氏隊長が辞す辞さぬの逼迫した様子は微塵もない。
茶話を交わしておられたのは、卓上の茶碗から立ち上る湯気が証明している。
敢えて言うならあの方の唇の横の茶菓の屑も。

こんな切羽詰まった時にもそれを払ってやりたい己に苛りつつ、王様の横で素早く自身の唇横を指す。
あの方はすぐに気付いて頬を染め、細い指先で御自身の紅い口唇の周りを拭った。

「・・・王様」
王妃媽媽は無断で御部屋に入った王様に、御気分を害した御様子も動揺される事も全くない。
静かな御声でおっしゃると音もなく御席を立たれ、嬉し気に王様をお迎えになる。

「王妃、これは」
「王様に御教え頂いた通り、チェ尚宮と話をしておりました」
御席に腰を降ろされた王様を確かめられた後、王妃媽媽は向かいへお掛け直しになる。
「それでは」
「はい。妾の気持ちも伝えましたし、チェ尚宮の思いも聞きました。
互いに誤解しておっただけです。言葉が足りませんでした。お騒がせし申し訳ございませぬ」

そこで王妃媽媽は何故か叔母上でなく、王様の御様子を注意深く御覧になる。
王様は御気付きなのかそうでないのか、王妃媽媽の視線に曖昧な御顔で頷かれた。

「雨降って地固まると云ったところか」
「はい、王様。ご心配をお掛けしました」
「丸く収まったなら、何よりであろう。急いで結論を出さず・・・」
ふと御言葉を切ると、次は逆に王様が王妃媽媽を見詰められる。

「チェ尚宮」
「・・・はい、王様」
御目は王妃媽媽だけを映されたまま、王様は叔母上へ問い掛ける。
「王妃との此度の諍いの理由は何か」
「それは・・・」
「遠慮は要らぬ。申してみよ」
「王様」

それきり叔母上は声に詰まり、黙ったままで目を下げる。
おい。
俺に先刻言ったろう。王様と王妃媽媽の御体調と今後の行く末と。
あの方を交えて話し、意見が合わず王妃媽媽の御心を汲み取れず、それが原因で役目を辞すのだと。
俺に言えた事が、何故王様にはお伝えできぬ。
まさかあれは偽りか。本当の理由は違うのか。
忠義故に王様を欺く事が出来ず、そうして声に詰まっているのか。
それとも、王妃媽媽から伝わった御話との齟齬を懼れているのか。
そしていつもなら此方が肝を冷やす程無遠慮に揉め事に首を突込み、驚く程堂々と気持ちを口に出す方が、貝のように口を閉じ不安げに押し黙ったままで居る。

黙ったままで一向に口を開こうとせぬ叔母上。
そのチェ尚宮の声を、無言のまま待たれる王様。
王様の御目を受け、無言で見つめ返される王妃媽媽。
そしてその御三方を順に見ながら、口を閉ざす俺のこの方。
その無言の理由で思い当たる節は一つしかない。
俺と王様の仲違いの仲裁にまさか、皇宮中を、それどころか。
目前の光景に、思わず背が冷たくなる。

それどころか畏れ多くも、王妃媽媽まで巻き込み、王様を欺いたのか。

この方だけでも叔母上だけでも、絶対に成せる事では無い。
しかし王妃媽媽が絡む以上、証拠もなく申し立てする事もならん。

「・・・良かろう。互いに理由が判っておれば、もう二度と起きまい」
何故か王様が取り成すようにおっしゃると、話の流れを変えられる。
叔母上は真白な顔色、硬い表情で、王様へと深く頭を下げた。

「これ程長く尚宮として務めながら、申し訳なく」
「構わぬ。王妃」
「・・・はい、王様」
「あなたの言葉のお蔭で、義兄上と仲直りが出来た」
「何よりでございました」
「しかし母上とあなたの仲違いは、少々・・・」

王様は周囲に臣下の居並ぶ所為か、御気持ちを隠すよう龍袍の腕をゆるりと組まれて、王妃媽媽と叔母上を見比べられる。
「・・・様子が、違うようだ」
「王様」
「寡人には己の事しか考えるゆとりはなかった。王妃のように相手を気遣うゆとりは」
「それで良いんですよ、王様!」

始まったかと眸で制しても、肝心な時には全く気付かん。
咳払いした俺をちらりと見、黙れとこの眸で言うのも判っている筈が。
逆に此方をその瞳で制しながら、あなたは王様と王妃媽媽の御二人を等分に見た。

 

 

 

 

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