2016再開祭 | 黄楊・壱

 

 

【 黄楊 】

 

 

「チェ・ヨン」

向かい合う王様の御背越しの窓外は、梅雨の合間の青い空。
重なる葉を薄黄に染めた見事な黄楊が緩い風に揺れている。

そよぐ黄の波に眸を遣って、息と返答とを同時に吐き出す。
「は」

チュンソクも内官長も人払いし、二人きりで向かい合う卓。
康安殿の玉座から、答えぬ俺へと向けて再び御声が掛かる。
「忌憚なき答が知りたいのだ、チェ・ヨン」

御心の裡の腹立たしさを抑えておられるのは判る。
それをも重々承知の上で、しかし譲れぬ事もある。

王様へと視線を戻し小さく頭を下げてお伝えする。
「・・・承服致しかねます」

冷静を装った龍顔に失望と苛立ちが過るのを両眸で確かめながら。
己の返答がその御不興の原因と判っても、決して譲れぬ道もある。
その道が変えられれば苦労はない。
しかし変えてしまえば俺でなくなる。

申し訳なさに逸らした眸に映る、王様の召された龍袍の金色の龍。
金糸の龍は王様の御心裡に隠した苛立ちのまま、黒絹の中で吼えるように身を捩らせた。

 

*****

 

「・・・王様」
王妃の坤成殿の寝室の内。
仄明るい燭台に揺れる灯の中、勧めた椅子に腰を降ろさぬ寡人のせいで王妃も立ったままでおる。

判っておるのだ。寡人の我儘が王妃の気を揉ませる。
愛おしい方をこうして部屋内に立たせたままでいる。
何もかも判っておるのだ。
あの頑迷な迂達赤大護軍が、何故この声に従わずに首を振り続けるのかも。
「・・・王様」

見兼ねた王妃が柳眉を下げ、部屋内を横切るように左右へと歩き廻る寡人の側へと寄って下さる。
「如何されましたか。御医を呼びますか」

王妃の心配気な声に隅に控えていたチェ尚宮が一度だけ頷き、影のように部屋扉へ無音で近付く。
「チェ尚宮」

寡人が声を掛けると影はひたと足を止め、此方へ向き直って姿勢を正し、作法通り無言で深く頭を垂れた。
「御医は呼ばなくて良い。そなたも外で待て」
「・・・畏まりました、王様」

丁寧に礼をするとチェ尚宮は扉を開け、夜気の忍び込むその隙間から廊下へと静かに下った。
「王様」

最後に外からの手で扉が再び閉ざされると少しは気楽になったのか。
王妃は近く寄ると、柔らかな手でゆっくりとこの指先を握り締めた。
「お話下さい。その為に妾は共に居るのです」

こうなったらこの方は意思を曲げぬ。少女のような面差しで、御心は並の男より強く固い。
「王妃」
「今 床に就かれても、お寝みにはなれぬでしょう。寝物語代わりに御心の聖慮をお聞かせ下さいませんか」
「・・・恥ずかしくて、口にする気にもなれぬ」
「王様」

昼の化粧をすっかり落とし、上げていた髪を肩へと流し、燭台の灯の中佇む王妃。
そんなあなたは面紗で顔を覆った初対面の頃よりも、余程お若く見える。
寡人の心を軽くしようとだけ努めて下さるあなたは、まるで幼子のように小首を傾げた。
「ほんの一言だけでも、どうか」

一言で済むとは思えぬ。
だからこそ、あなたにこの憂鬱な気持ちを打ち明けるのは気が引ける。
優しく聡明な王妃だからこそ、打ち明ければ寡人よりも悩み、心を痛めるであろう。
そんな思いをさせるのが厭なのだ。

坤成殿の窓外から梔子の甘い香りが漂って来る。
月のない夜、此処に咲いていると教えるように。

まるで王妃、あなたのようだ。
どれ程思い悩む時にも決して出しゃばらず、此処にいると教えて下さる。胸に届く甘い香りと共に。
その甘い香りの中で、もう一度王妃がゆっくりと寡人の手を引く。
迷いない柔らかい手に導かれ、ようやく素直に歩き出せる。
行くべき場所へ。それが天であろうと地の底であろうと一蓮托生だ。

だからこそ迷いは許されぬ。寡人の迷いはあなたを巻き込む。
故に皇宮の中、唯一人信用の出来るチェ・ヨンに打ち明けたのだ。
寡人の最初の民となったあの無私無欲で、決して嘘を吐かぬ男に。

それをああも無碍に断られるなど、よもや思ってもみなかった。
せめて尋ねるくらいはしても良かろう。何故そんな事を問うのかと。
考えても良かろう。理由があるのではないかと、それは何なのだと。

人一倍無口で観察眼に優れ、余計な事は一切尋ねずに動く。
そして私欲に決して惑わされぬ者だからこそ、これ程信頼しておるのに。
寡人が衝動的で、深く考えもせず物事を口にすると思っておるのか。
問うにも考えるにも値せぬような、無能な王だと思われておるのか。

「寡人は再び、チェ・ヨンの期待を裏切ったのだ」

きっとそういう意味だったのだ。あの忠臣の拒絶は。

ようやく絞り出したこの声に、王妃が静かに頷いた。

 

 

 

 

hinamiさま、お騒がせしました。
いよいよ始まります(おっそ)新章【 黄楊 】です。

 

王様とヨンが・・・
王様とヨンの意見が合わずに、事もあろうかヨンが逆らってしまって二人の仲が険悪な事態に!
二人を仲直りさせようと、王妃様とウンスと叔母さまが大芝居をする?
さて?結末は?
さらんさん宜しくお願いします❤(hinamiさま)

 

皆さまのぽちっとが励みです。ご協力頂けると嬉しいです❤
にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

1 個のコメント

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です