2016再開祭 | 鹿茸・玖

 

 

最後の最後でトクマンを連れて来た甲斐があった。
鹿も捕えられず角も取れず、喧嘩の火消しの仲裁も出来なかった。
しかし鹿に飛ばされたテマンを担ぎ典医寺に連れて来る時に、最も役に立ったのはこいつだ。

肚裡でほくそ笑みながら、駈けるトクマンを眺め遣る。
どれ程騒いでも許してやる。多少は騒いだ方が緊迫感があって良い。
俺やチュンソクでは立場上、こいつのように大騒ぎする事は出来ん。
ましてや怪我の程度が判っているのに、重症かのような猿芝居など。

テマンを背負って小走りのトクマンが、頻りに背後に声を掛ける。
「痛むか、テマナ」
「痛くない!歩けるから下ろせ」
「黙ってろ、もうすぐ典医寺に着くから」
「だからどっこも痛くないって!」

その遣り取りから敢えて一歩退いて歩く俺の横、チュンソクが怪訝な表情を浮かべ小声で問い掛ける。
「大護軍、テマンは」
「無事だ」
「ええ。確かに派手に飛びましたが、あの程度で怪我を負う奴では」

驚いたのは奴が思ったよりも飛んだ事。
それで大怪我を負ったら俺もチュンソクもこれ程冷静ではいられない。
あの方がご自身の頼みのせいではと胸を痛めるかも知れない怪我だと思えば、こんな風に静観したりはしない。

あれ程勢い良く飛ばされたのは、逆に受け止めればもっと怪我が酷くなると知っての事だろう。
鹿の激突の勢いを逃がす為、妙に力まずそのまま飛んだ。
トクマンが騒ぎ立てるのを止めない俺を不審に思って、チュンソクが尋ねる意味も判る。

これで良い。本人の軽い怪我。あの方を泣かせたり、煩わせる程には酷くない打ち身。
多少痛い思いをしたろうが、これが火消しになるかも知れん。

あの方は医官だ。診察すればその怪我の程度は軽いとすぐに判ろう。
慌てふためくトクマンの横、テマンの脈を取り、一先ず安堵したよう息を吐く横顔。
そして騒ぐトクマンを宥めるように
「大丈夫、そんな大騒ぎするような重傷じゃないわ」
そんな声を掛けているくらいだ。

「とにかく典医寺で診るから、2人とも落ち着いて」
その声にテマンを背負うトクマンが足を速めた。

 

*****

 

トクマンに担がれたまま、テマンを運び込んだ典医寺。
キム侍医とあの方が寝台上のテマンの脈を読み、腹や背に触れ、声を交わしつつ確かめる。
問題などある訳が無い。これ程長く共に居て、奴の事は誰より俺達が知り尽くしている。
角のない鹿の頭突き一発で怪我を負うような、生半可な鍛え方はしていない。

それが証にテマンは止めてくれと懇願するような目で、身を起こした寝台から俺を見ている。
俺が首を振ったからそれ以上の言葉こそ口に出さんが、内心は不満で溢れているだろう。
あの方に心配を掛けるのも、心外なのに違いない。

飛ばされたのは事実だ。多少の恥は我慢しろ。
腕を組み寝台上の奴を見降ろし眸だけで伝えると、テマンは悔し気に典医寺の部屋扉を睨む。

惚れた女人の目前での失態は、何よりも悔しかろう。それでも今は堪えるしかない。
「・・・医仙」
その声に部屋中の目が俺へと当たる。

いちいち此方を眺めるなと睨み返せば、チュンソクとトクマンは慌てて目を逸らす。
だが唯一人キム侍医だけは、興味津々と言った様子で視線を当てたままだ。
無傷の敢えてテマンを担ぎ込んだ、この肚裡を知りたいと言わんばかりに。

性悪め。
キム侍医の視線の中、テマンの寝台脇に立つあなたへ一歩寄る。
「チュンソク達は帰します」
あなたは頷いて、チュンソク達へと頭を下げる。
「大騒ぎになっちゃってごめんなさい。テマナは本当に軽症だから、心配ないから」
「はい」

チュンソクもよく心得ている。それだけ言って小さく頭を下げると
「行くぞ、トクマニ」
寝台脇からテマンを覗き込むトクマンを促し、部屋の扉へ向かう。

「隊長、でもテマナが」
「心配ないと今、医仙もおっしゃったろう」
渋るトクマンを半ば強引に連れ出しながら、チュンソクは最後に扉前で此方へ頭を下げた。
「医仙、侍医、テマンをお願いします。大護軍」
「すぐ戻る」
「は」

チュンソクとトクマンは一礼の後、そのまま部屋を出て行った。
さて、次の邪魔者はこいつだ。
「侍医」
「はい、チェ・ヨン殿」

こいつが俺の声にチュンソクらのように素直に従うとは思えない。しかし此度は奥の手がある。
「鹿茸は」
あの方も思い出したか、テマンを担ぎ込んで以来卓上に放ったままの手拭の包を見た。
「そうだ!鹿茸があるのよ、キム先生」
「取りに行くとおっしゃっていましたね」
「うん。ちょっと見てくれる?」

その声に手拭を開き、中を確かめたキム侍医が目を瞠る。
「・・・随分良いものですね。最高級と言っても良いでしょう。時期的にも今しか取れません」
そう言って根元に血の滲んだ鹿茸を一つ取り上げた。

「切って確かめないと正しい事は言えませんが、これ程柔らかければ腊片から白粉片までは食用にも使えます」
「食べられるの?」
「取れたばかりですし、これ程上等なら。医食同源、薬として用いて良い物は、食べても効能があります」
「どうやって?焼くの?生で?」

さすがに食いしん坊な方だけある。途端に瞳を輝かせ、この方がキム侍医に畳みかけた。
侍医も苦笑しながらその鹿茸を指で確かめ
「生では無理です。炙るか炒めるか。但し食すれば尚更精が付くので、二切れ程度ですが」
「そうなのね、食べてみたいなー」

その言葉は本心から出たのだろう。しかし御料牧場で取れた物を臣下が口にする事は許されない。
「医仙」
万一にも口にする事など無いよう、諌める声にあなたが笑い出す。
「分かってる。食べないわよ、これ生だし」

・・・焼いてあれば、喰ったのだろうか。
喰い物に関してだけはどうにも信用ならん。生であって何よりだ。
そして邪魔者は排除する。
「侍医」
「はい、チェ・ヨン殿」
「作れ」
「作れとは」
「作れよ、鹿茸を」
「ああ、そうですね・・・確かに下拵えは必要ですが」
そう言うと侍医はさも可笑しげに俺とこの方を見比べる。

「では邪魔者は早々に退散しましょう。血抜きも洗も必要ですし。私が拵えても宜しいですか、 ウンス殿」
「え、うん。お願いします」
「水刺房の尚宮と相談し、腊片を御膳にお出し出来るか確かめます。それでは」

慇懃無礼とは、こんな態度を指すのだろう。
鹿茸の包を恭しく捧げ持ち薄笑みを浮かべて俺を流し見た後、奴は留めのように一言吐いた。

「どうぞ心往くまでごゆっくり、チェ・ヨン殿」

 

 

 

 

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