2016 再開祭 | 釣月耕雲・拾捌

 

 

呼ばれたトルベが振り返り、姿勢を正してチェ・ヨンへ向き合う。
「はい、隊長」

医仙に礼は尽くしている。気軽に寄る事もない。
役目は果たしている。総てが順調に流れている。
何を知ったとしても無責任な噂を流すでもない。

これ以上トルベに望む事は無い。これ以上無い程良くやっている。
己の心の中の何かを知られたらしい、それ以外は申し分ない程に。

心の何処かに割り切れない思いを抱え、それでもヨンは首を振る。
「・・・・・・良い」

長い沈黙の後でそれだけ絞り出したヨンに、トルベは曖昧に頷く。
その時近くの席の女が立ち上がり、トルベに向かって手を上げる。
「ご馳走さま、美味しかったわ」

トルベが駆け寄ると卓上の銭を数え、女に満面の笑みで応える。
「おう、知り合い連れて戻って来てくれよ。今日の夕刻までだ」
「あんたはそれまで待っててくれるの」
「当たり前だろ」
「ふうん。じゃあ戻って来ようかしら」
「必ず来いよ!」

店を出る女の背へ声を掛けた後。
銭をヨンへと手渡しながら、トルベが満足気に笑う。
「もう一回入りそうです」
「凄腕だな」
「何言ってるんですか、隊長!」

トルベが目を瞠り首を振るのに、ヨニョルが興味深げに聞き耳を立てている。
「言うだけならただですよ。金がかからないんだから言うだけ言っとかなきゃ。
まして嘘じゃない。本当に夕刻まで此処にいるんですから」
「トルベ」
「はい、隊長!」
「お前が迂達赤で良かった」

もしもこいつが商人だったらと考えるだけで恐ろしい。
こいつの周囲の店など、あっという間に潰れただろう。
妬んで闇討ちでも仕掛ければ、あの大槍で一刀両断だ。

考える程自陣で良かったと、ヨンは受け取った銭を厨の横の銭入れに投げ入れた。

 

*****

 

陽が落ちるのを、これ程待ち遠しく思った事は無い。
西空の色が変わり始めてからどれ程客を捌いたろう。

棚に並べた瓶は疎か、箱に詰め込んだ糸瓜水の瓶が総て捌ける。
続いて石鹸も歯磨きの粉も売り切ったのは、西空が染まり始める前だった。

「品が総て売れました」
チャン・ビンが息を吐きながら、ヨンへ歩み寄る。
「残りは茶だ。お前も加勢しろ」
「判りました」

厨の隅の水甕脇。
柄杓の水で手を漱ぎチャン・ビンが茶店に立てば、女達の目が一斉に其方へ動く。
まるで川の中の魚だ。
餌を投げられた途端に一斉に其方へ向け、列を成し流れを渡っていく小魚たち。

「・・・隊長」
その視線の勢いに怖気づいたか、チャン・ビンがヨンへ目を流す。
「物珍しいんだ」
「私は客寄せですか」
「とにかく捌け。中味の話ならお手の物だろ」
「確かに・・・」

そんな短い声を交わす間に、チャン・ビンを呼ぶように手が上がる。
「すみません」
ヨンが動かぬのを認め小さく肩を竦めると、チャン・ビンが声の主の卓へ寄って行く。

チャン・ビンが充分に離れ、トルベもヨニョルも居るのを確かめてから
「・・・医仙」

横を通り過ぎるウンスへ一歩寄り、他の誰の耳にも届かぬようにごく低い声で呼ぶ。
「・・・どうしたの、そんな小さい声で」
ウンスは声の低さに驚いたのが、自分も囁くように問い返す。

必要以上に、互いの距離が近い。
近いのは声が低すぎるからだと言い聞かせ、しかし離れぬままヨンが再び低く言う。
「裏に行きます。何かあれば裏口から抜けて下さい」
「裏?って、この店の裏?」

ウンスの瞳が厨の奥の裏木戸を見たのを確かめてから、ヨンは顎で頷いた。
「はい」
「分かった。みんないてくれるし、大丈夫よ。何かあったらすぐ行く」
「はい」

その声に頷きながら、ヨンの視線は店内の目当ての姿を探す。

店に立つ姿を三日見た。偶さかのよう酒幕で行き合ってから。
金には指すら触れない。では金目当てではない。
ウンスに近寄る様子もない。ではウンス目当てでもない。
己にもチャン・ビンにも必要以上に近寄らず、かといってあの夜同席したヨニョルにも興味を示さない。

今とて後ろ暗い様子も無い。
空の棚の空の天板に敷いた絹を外して畳んで重ね、その手が空けば厨へ入り積まれた茶碗を洗い清め。

しかし此方もそう簡単には担がれん。
明らかに物言いたげに、時折此方を盗み見る目。
最初から不自然だ。
突然酒幕へ現れ、この手に触れる寸前で手を止め。

三日眺めた最終日。
刻切れまでにお前の正体を知らねば、この後あの方は枕を高くして眠れぬかも知れん。
「チャンイ」

ヨンの呼び声に茶碗を漱ぐ手を止め、厨の中のチャンイが目を上げた。
「はい」
その声を聞きながら、ヨンは大股に厨を抜け裏木戸を押し開く。
「来い」

あの方を阻む者なら斬り捨てるまで。その為だけに此処に居る。

 

 

 

 

3 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    トルベ… 確かに 嘘は言ってないしね
    騙してないもん。 うまいな~ ( ̄▽+ ̄*)
    全ては順調…
    なのに なのに チャンイの素性がわからず~
    誰かな??
    最後まで 
    ウンスが ガッカリしないといいな~

  • SECRET: 0
    PASS:
    やっと嵐のような三日間が
    過ぎたけど、もうひと波乱有りそうですね(^^;
    チャンイ…敵では無さそうだけど?
    何処かでヨンに一目惚れしたのかなぁ(^^)
    さらんさん❤
    続きが待ち遠しいです~❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん♥
    今宵も素敵なお話をありがとうございます。
    しかし、「あの方を阻む者なら斬り捨てるまで」とな?
    そして、「その為だけに此処に居る」とな?
    ううむ…"(-""-)"。
    ヨンが憂うとおり、何やら悪意や企みがあるのなら、捨て置けない状況ではありますが。
    もしや、単にヨンに“惚れてる”だけなのでは…。
    だとしたら、トルベ以上に罪な男ですよぉ、ヨン!
    しかも、そんな思い人に「来い」と呼ばれちまったら、期待たっぷりでいそいそと ついていっちまうに決まってるじゃあありませんかぁ。
    ああ、生まれながらにモテてきた男は、これだから始末に困るんだよなあ…(੭ु´・ω・`)੭ु⁾⁾。
    と、勝手に妄想していますが、真相はいかに…??
    さらんさん♥
    今日も暑かったですね。
    水分たっぷりとってくださいね(#^^#)。
    今日も暑い一日でしたね(._.)。
    水分たっぷり補給してくださいね♥

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です