2016再開祭 | 鹿茸・拾

 

 

キム先生の一言に、嬉しさで思わず顔が緩む。そうだったの?
家に帰れば、好きなだけ2人っきりでいられるのに。
「・・・うふふ」
こらえ切れない笑いが浮かんで、思わず両手でほっぺを押さえる。
キム先生の出て行った部屋の裏扉を睨みつけていたあなたが、急な笑い声にビックリしたみたいに私を振り向いた。

「ヨンア」
「はい」
「そんなに2人っきりになりたかったの?」
「いえ」
「・・・はい?」

1秒の迷いもなく即座に首を振られて、次は私の方が驚いちゃう。
いえ、って、何?その反応。
呆気に取られてぽかんとした私の手を引いて、あなたは迷わず扉へと歩き出す。
「出ましょう」
「え?!」
「ではな、テマナ」

診察台に1人で残されたテマンが、びっくりしたようにベッドから飛び出しそうになる。
「て、大護軍、どこに!」
「寝てろ」
そしてこの人に睨まれて、そのままの姿勢でぴたっと止まった。

「どどどこに行くんですか」
待て、って言われたお利口なワンコみたいに、止まったままでそれでも一生懸命あなたに訴える。
「・・・・・・・・・」

長過ぎる無言。黒い瞳が私をじいっと見る。何よ、私が知ってるわけないでしょ?
手を引っ張られたままあなたとテマンを交互にキョロキョロ見比べる私を尻目に、ようやくあなたは言った。
「・・・・・・ああ、飯だ」

その見え透いた、取ってつけたような言い訳。私も分かる。絶対嘘。
私に分かるくらいなんだから、テマンにはとっくにバレてるはずよ。
「此処に居ろ」
「大護軍、でも俺、もうほんとにどこも」
「医仙が良いと言うまで動くな」
「えぇっ?!」

いきなり話を振られて、名前まで挙げられて。私のせいにするわけ?
「良いな」
「で、でも大護軍、じゃあ医仙にはいつ見てもらえば」
「飯が先だ。行きましょう」
「え?うん、でも」

私の手を掴み直して、あなたは振り向きもせずに部屋を出る。
引っ張られながら首から上だけ振り向いて、私はテマンに空いてるもう片方の手を振った。
テマンはそんな私たちを心細そうに、縋るみたいな目で見送った。

 

*****

 

歩き始めた春の典医寺の薬園。
声が聞こえないくらい部屋から離れた場所で足を止めると、思い出したように掴まれてた手が離れる。

春だから、昼間だから、陽気がいいから別に構わないけど。
構わないんだけど、急に離れた手がちょっと寒い気がする。
「申し訳ありません」
「もしかして私と2人っきりになりたかったんじゃなくて、テマンとトギを2人っきりにしたかった?」

はいともいいえとも答えないまま、黒い瞳がまっすぐ私を見る。
どう答えようか困ったみたいに珍しく2、3度瞬きをした後で
「・・・火消しを」

あなたはそんな、なんとも理解不能な答えを返した。

 

ばん、と大きく戸を開けて、トギが部屋に駆けこんで来た。
そして部屋の中を見まわして、寝台で一人きりの俺に首をかしげる。

だけど話せない。その両手に俺の薬湯の入った茶碗を持ってるから。
「大護軍と医仙は飯に行った。隊長とトクマンは迂達赤に帰った。侍医は鹿角の下ごしらえに行った」

仕方なく渋々教えると、トギは頷いてその茶碗を寝台横に置く。

飲め。

指で言われて寝台の上に起き上がってまだあったかい茶碗を取ると、中身の薬湯をひと息に飲み干す。
どこも痛くないし悪くもない。でも薬湯を飲まなきゃいけない。
大護軍に動くなって言われた。医仙にいいって言われるまでは。
だから二人が戻って来て、医仙がいいって言ってくれるまでは。

早く帰って来てほしい。
そう思いながら、寝台から窓の外を見る。
早く帰って来てほしい。でないとまたトギとけんかになりそうだ。

そう思いながらトギに背を向けて、俺はもう一度寝台に倒れた。

 

そんな風に背中を向けられたのは初めてだ。
いつも顔をそむけるのは私の方だったから。

声が聞こえないだろ。
そう言って怒ったように覗き込むのは、いつだってテマンだった。

ごめん。
指で言ったって背中を向けてるテマンに届くわけない。

ごめん。
今こっちを向いてくれれば、絶対分かってくれるのに。

その背中を揺さぶったら、こっちを向いてくれるだろうか。

私は悪いことはしてない。
これからだって、何でも無条件にウンスや大護軍や、あんたの言う事に従ったりできない。
不思議に思えば確かめるし、間違ってると思えばうんとは言えない。
だけどこんな風に無視されたり、こんな風に気まずくなったりすれば本当に悲しいし、自分が間違ってるのかもしれないと思う。
あんたを怒らせたり悲しませたり、気まずくなったりしたくない。

たった一人。家族もいない私の、この世でたった一人だけの。
何があっても傷つけたくない、痛い思いをして欲しくない大切な。
だからそうなりそうなことは、出来るだけ避けて欲しいんだ。

なのにそれが通じない。
あんたは大好きな大護軍に言われれば、何も聞かずにはいって言うから。
私は話せないし、テマンは話さない。

窓の外から薬園の木の枝を渡る鳥たちの声だけが響く部屋。
背中を揺らしたりしないのに、寝台の上のテマンが仰天顔で寝返りを打って、やっとこっちを向く。

私が大きな音を立てて、洟をすすり上げたから。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    ヨンとウンスが 
    婚姻前 すれ違っちゃった時
    もっと話し合わなきゃねって…
    テマンとトギの 2人の会話を見てたよね~
    2人なりの コミュニケーションで
    いい仲だな~って 思いました。
    こんな時もあるのね
    いつも 泣かない トギが…
    女の子だね~ 
    テマン しっかり~( ̄▽+ ̄*)

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