2016再開祭 | 秋茜・拾参

 

 

部屋の隅でその名を聞いた私は、思わず伏せていた顔を上げる。
何故内禁衛将様が、ソンジンの事を報告しにいらっしゃるのか。

この二日間。私を側に置くと、王様がおっしゃった日から。
何故。奉恩寺に行ったとばかり思っていたのに。
無礼にも顔を上げたまま戸惑う私を蚊帳の外に、王様と内禁衛将様は御話を続けている。

「そうか」
「顔は見せぬまま、王様の周囲を守っておるようです」
「・・・さて、余かな」
「どう致しますか。今日も既に興礼門を入っております。門の出入りの際に声を掛ければ」
「いや、そのままで良い。衛士は怪しんでおらぬか」
「お言いつけ通り、祭祀の護衛の責任者の一人の為、号牌を丁重に確認せよとだけ」
「それで良い」
「むしろ怪しんでおるのは、禁衛把摠です」

内禁衛将様のお声に、上機嫌だった王様の御顔が初めて曇る。
「どういう事だ」
「朝の出入りで号牌の確認が長い事にすぐ気づいたか、その日の夕より、出入を衛士の交代時間に合わせております。
手薄な刻を狙っているようです」
「さすがと言おうか」
「是非とも内禁衛に欲しい人材です」
「後ほど考えよう。まずは確認だけ続けよ」
「畏まりました」

内禁衛将様はそれ以上余計な事はおっしゃらず、王様も口止めされるでもない。
深く一礼した内禁衛将様が退出されると、王様は明るい御顔で玉座を立たれた。
「ソヨン」
「はい、王様」
「散歩へ行く。付いて参れ」
「・・・はい」

側に置く。王様がおっしゃって二日、私がお側でしている事と言えば、朝の御薬湯と共に康寧殿へ伺い、昼のお散歩に従い、夜の御薬湯を下すと共に御前を辞す、その繰り返し。
その二日間ソンジンも宮中にいたなんて、全く気付かなかった。
庵には戻って来ない。ではどこで寝ているのか。
仲秋節、もう朝晩は冷え込んでいるというのに。

康寧殿から出て庭を歩き始めても、つい視線が泳いでしまう。どこかにいるのだろうか。
あの殿の角、それとも庭の立木の影、四阿の柱の裏。
どこを見てもソンジンのあの静かな目が、こちらを見詰めているようで。
「ソヨン」

三歩前を歩かれる王様が立ち留まり振り向かれると、楽しい悪戯を思いついた子のように、小声でおっしゃる。

「隣に来るが良い」
「なりませぬ、王様」
「構わぬ。余が許す故、隣へ来るが良い」

ここにはどうすれば良いか教えてくれる、いつもどこかで頼りにして来たソンジンはいない。
言葉もなく周囲を見渡しても、迷いなく短い正しい答を教えるあの声は聞こえない。

振り向けば尚膳令監が、必死で小さく御首を振っている。当然だ。
けれど王様は言い淀む私も、慌てる尚膳令監も無視するように、私の方へ三歩歩くと法度の境界線をいとも容易く超えてしまわれる。
「王様!」
「し」

思わず上げた叫び声を制するように、王様は御口すら動かさずに低くおっしゃった。
「このまま」
御声と同時に庭の片隅、月桂樹の木立の奥が小さく揺れた。
「禁衛把摠」
王様は揺れた木陰へと、当然のように御声を掛ける。

ほんの一瞬の間。

その奥から今度は全く音を立てずにソンジンが出て来ると、固く青ざめた表情で真直ぐ王様の許まで歩み寄る。
「は」
「康寧殿へ戻る。守りなさい」
「・・・は」

散歩はもう良いのだろう。
目的を達したらしき王様はそれ以上の御声なく、頭を小さく下げたままのソンジンへ頷かれる。
そしてここ数日で一番上機嫌な御顔で赤い龍袍の裾を捌くと、今来た道を戻られ始めた。

 

*****

 

どれ程待ったのか、目の前のこの男はきっと知らない。
王様に向き合ったまま私など一顧だにしないこの男は。
パク大監との話を立ち聞きされた夜以来、私が一睡も出来ないであの庵にいた事などきっと知らない。

一人の夜、庭に面した扉を開けてそこから覗く月を見ていた。
庭に降る月光の中に、確かに聞こえる声を追いかけていた。

気が付いて、どうかお願い。あの人を守って。
あなたのあの人を、私のあの人をどうか守って。
あの人はとても時間がかかるの。遠回りばかりするの。
不器用で、すぐに目を逸らそうとするから。

お願い、気が付いて。あの人を、どうか守って。

声は夜の中、輪郭を持って浮かび上がってくるようだった。
ソンジンが離れていくのと同じ早さで、日一日とくっきりと。

あなたは誰。

あなたが笑う。その笑顔に心からほっとして、でも悲しくて。
どうして気付いてくれないの。私はこんなに近くにいるのに。
どうかお願い。気が付いて。あなたの私が、ここにいる事。

あなたは誰。

あなたのあの人。私のあの人。気が付いて、どうかお願い。

何度も何度もその声を聞きながら考えた。
私のあの人は、ソンジンしかいない。
けれどソンジンのあの人は、ウンスしかいない。

だからそんな声で頼まないで。どうか泣かないで。
私のあの人は私には気が付かない、絶対に。
あなたの望みは叶えてあげられない、永遠に。

だって私のあの人は、決して私を振り向いたりしない。
今も私になど気付かず、ただ目の前の王様しか見ていないのだ。

 

 

 

 

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