2016再開祭 | 鹿茸・参

 

 

「どうしたんだろ」

春夜の月の許、縁側の膝上からの小さな声。
此方の返答を待っているか、心裡が口を突いたのか判らぬ。
背後から抱き直し、その口許へ耳を寄せる。
「ねえヨンア、変だったと思わない?今日の2人」

先刻よりも近くなった鳶色の瞳を確かめ、無言のままで首を振る。
相変わらずこの方は男心が読めぬらしい。
俺の心が読めんのに、他の男を読める訳がないが。

テマンは怒った。
トギがこの方に盾突いたから腹が立ったと摩り替えたようだが、本当の処はそうではない筈だ。
トギが己に従わずに理屈を捏ねた。惚れた女人が己の声に素直に従わぬから臍を曲げた。簡単な事だ。
黙って言う通りにすれば良い。後の事は全て任せておけば良い。
それなのに己を頼ろうとせず、意地を張る相手が面白くないのだ。
ましてや最も認められたいこの方と俺の前で、そんな羽目に陥ったのが悔しかったのだろう。
あいつも男だ、腹が立つのも無理はない。
かと言ってこの方の目前でトギを怒鳴る訳にもいかん。だから妙な態度だったのだ。

「そんなものです。男は」
「男とか女とかじゃないでしょ?問題は私の頼んだ生薬のことで2人がケンカしたことなんだから」
こうして盾突く、ああ言えばこう言う、だから少し苛るのだ。
たまにははいと短い一言だけで、済ませる事はしないのかと。

「私が変なこと頼んじゃったせいかも。トギの言う通りまだ鹿茸は残ってたんだし、それを使えば・・・どうしよう、私のせい?」
それでもそんな不安気な瞳で俺を見れば全てを許せる。
一言で良い、尋ねる素振りでも見られれば満足できる。
こうして柔らかい髪を撫で、慰められる近さに居てくれれば。

「あなたのせいではない」
その声に細い肩が安心したよう胸に凭れれば、頼られていると思う。
俺の声だけが慰められると思えば、もっと聞かせ安心させたくなる。

男などそんなもの。この世で一番簡単な生き物だ。
惚れた女人が背を向ければ腹を立て、寄り掛かられれば舞い上がる。
まるで糸に操られる傀儡のように、その女人の一声だけで心が動く。

生意気を言われればどうやって懲らしめてやろうかと思う。
それでもこうして腕の中に抱けば、その小ささに心が痛む。
懲らしめようと一時でも思った、己の狭量さに嫌気がさす。
ただ頼ってくれれば、この姿がその瞳に映っていればそれで良い。
素直に此方の声に従ってくれれば言う事はないが、それは高望みが過ぎるだろう。

トギの事は全く知らんが、この方が従順に俺に従うなど考えられん。
そしてそんな女人なら、俺は端からこの方を選ばなかったかもしれん。

結局は惚れた弱みだ。
生意気だから可愛らしく頑固だから愛おしく、垣間見せる弱さに心を抓られる。
心配で護ってやりたくて、頼まれもせぬ事まで手を廻しまた機嫌を損ねる。男なら皆そんなものだ。

俺の事だけ見てきた所為か、不器用さは似ている気がする。
俺よりは余程素直でも、ああしてふて腐れると押し黙る処。
相手に向かってこうして欲しい、こう変わってくれとまで伝えぬ処。
第一、奴自身が気付いておらん可能性もある。
此方からは明らかに透け見える淡い恋慕の情。
問題は俺の知る限り今まで誰にもそんな想いを抱いた事のない男が、それとどう向き合うかだろう。

だからと言ってこう処せと、手取り足取り教える訳にはいかん。
武技や調息とは違う。決め技があるでも内功が役立つでもない。
俺やヒドがその道に長けているならまだしも、自身が雛同然だ。到底指南など出来る立場でもない。

あの女たらしに教えを請いたい。夢で良いから会って聞きたい。
如何すれば良いトルベ、あのテマンがと。
奴なら何と言う。一生に付すか。それとも先輩面をして手取り足取り指南するのか。

隊長、簡単ですよ。女人は押して押して退く。これに限ります。
あの懐かしい声で、大きな笑みで、得意げに頷くだろうか。
その横であの男が、困ったようにぼつりと言うのだろうか。

隊長、信じては駄目です。それが正しいなら今も独り身の訳が無い。
あの太い声で、呆れたように言いそうだ。

いいかチュソク、俺は好きで独り身なんだ。お前は黙ってろ。
そう言いながら圧し掛かるトルベと、鬱陶しげに払い除けるチュソクの姿が眸に浮かぶ。

「ヨンア?」
呼ばれて視線を戻せば、胸に凭れたまま俺だけを映す瞳。
「・・・はい」
応えれば無言のまま、小さな掌が頬に当てられる。

膝上の体が傾ぎ、横座りになってこの胴に腕が回る。
温めるように強く抱き締め、癒すように優しく背を撫でる。
あなたが居てくれて嬉しい。そう思うのは大事が起きた時ではない。
怪我を負った時でも、病を得た時でもない。
そんな時には申し訳なさが先に立つ。苦労を掛ける事に胸が痛む。

嬉しいのは向かい合う飯の卓、その満足気な笑顔を見る時。
毎夜の寝屋の腕の中、眠りに落ちる寸前の甘い声を聞く時。
鍛錬で滴る程の汗をかき、水を被って青く抜ける空を見上げた時。
一日を終え、迎えに出向いた典医寺で明るい呼び声を耳にした時。

こうして何も言わなくとも、全て判っていると抱き締められる時。

ヨンア。

その呼ぶ声に導かれ、あなたへ向かって駆けて行く。
そこで待つ手を握り締め、ようやく安堵の息を吐く。
男などそんなものだ。素直に認めれば楽になる。認めずに遠廻りするのも悪くはない。

この方の気分を軽くしたい一心で違うと言っててはみたものの、痴話喧嘩の火種になるのは気分が悪い。
細い両腕に抱き締められたまま、息を吐いたのがまずかった。
「・・・やっぱりあなたも思ってる?本当は私の提案のせいだって」

途端に心配そうになるあなたの声に、もう一度確りと首を振る。
誰の所為かと問われれば不器用な遠廻りをする姿を見せた俺だ。
それしか知らぬあの男は、同じように不器用な想い方しか知らん。
「思いません」
決してあなたの所為ではない。但し火種にならぬよう、火消しをするのは必要かもしれん。

温かい腕に抱かれ春風に頬を撫でられる静かな夜。
それでも頭の中は火消しの手筈を計ずるのに忙しい。
しかし師叔は元よりチュンソク、トクマン、ヒド、シウル、チホ。
周囲には誰一人として頼りになりそうな男が思い当たらない。
戦では一騎当千の男達でも、火消しの役には立ちそうもない。
どいつもこいつも雁首揃え、浮いた話の一つも聞かん男ばかりだ。
あの妙な自信に満ちた男のように指南出来る奴など思い浮かばん。

さて、如何するか。

抱き締められた腕の中、月を見上げる振りで顔を上げ、俺はもう一度息を吐いた。

 

 

 

 

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