2016再開祭 | 鹿茸・捌

 

 

その背を追って俺とチュンソク、一拍遅れてトクマンも走り出す。
しかし本気を出したテマンに追い付くなど、尋常な事ではない。

俺達が寄る前に群れは散り、テマンはもう既に一匹の牡鹿にがっちりと組み付いて引き倒していた。

追い付いた俺が先刻と同じく後脚を、チュンソクが前脚を押さえる。
テマンは素早くその脚に縄を掛けると口に水を含ませ、静かに撫でて落ち着かせてから角を落とす。
先刻よりも一回りでかい角をトクマンが受け取り、此度は剥き出しでそのままあの方の許へ駈けた。

柵越しに角を受けトギと共に確かめたあの方の歓声が此処まで届く。
それを先刻の角と共に手拭へ包み直し、充分だと言うように包を大きく振り回した。
「戻るか」

頷いたチュンソクが横たわる鹿から一歩退き、テマンが素早く両脚を封じた縄を解く。
あの方の望みを叶え、二頭分の鹿茸を取り終え、気の緩みがあった事は否めない。
そして二頭目は一頭目よりも一廻りでかかった。角も体も。
鹿としては突然押さえつけられ、角を切られた苛立ちもあったろう。

しかし選りによって獣の扱いに慣れたテマンが下手をするとは、努々思いもしなかった。

封じた両足の縛めを解かれ自由になった鹿は、先の一頭とは違い、思わぬ速さで地面から跳ね起きる。
脚の届かぬ場所でその縄を解いたテマンが、まだ充分に離れぬうちに。
跳ね起きた鹿が低く構え突進した頭に烈しく腹を突かれ、骨の当たる鈍い音と共にテマンが派手に地面へと飛ばされる。

春の明るい空の許。

先刻嬉し気な歓声の上がった辺りから、此度は高い悲鳴が上がった。

 

*****

 

「テマナ、着いたぞ!しっかりしろよ!」
大声で怒鳴るみたいに言いながら、トクマン君が診察室へ走る。
不安定な背中で揺れてるのが怖くて、横に付き添う私もテマンがずり落ちないように支えながら一緒に走る。
「どうしました」
庭先の大騒ぎに驚いた顔で、診察室からキム先生が出て来る。

「鹿と正面衝突よ」
だからやめろって言ったんだ、簡単じゃないって!

私とトギの同時の声に、先生は続いて入って来たあの人に声をかけた。
「チェ・ヨン殿。一体」
「気にするな」

あなたが冷静に言うと、チュンソク隊長も横で頷く。
キム先生はトクマン君の背中のテマンの手首に指を伸ばすと、無言でその脈を読みながら首を傾げる。
テマンは手首をキム先生に預けたまま
「お俺、本当に何でもないんです。痛くもかゆくも」

そんな風に一生懸命訴えている。
キム先生はそんなテマンに頷いた後、何故か無言でもう一度あなたをじっと見た。
あなたは何も言わずに、キム先生からさり気なく目を逸らす。
「・・・一先ず、中で診察を」

先生はそう言って出て来た診察室へ入って行った。
それに続いてトクマン君を先頭に私たちも中へ駆け込む。

言っただろう、必要ないって!!頼めばいいって!!どうして無理にやろうとするの、なんで人の話を聞かないんだ!!

見開いた目に涙をいっぱい溜めて指で言った後、トギがトクマン君の背中のテマンの上着の襟を掴むみたいに手を伸ばす。
「トギ、今はそういうことしないで」
だって!!
「トギ!」

私の厳しい声に、さすがのトギの指も止まる。
「まずは正確に状態を診たいの。邪魔するなら出て行きなさい」
今駆け込んで来た典医寺の診察室の扉を真っすぐ差した指に、トギが黙り込む。
その隙に私は部屋の隅に置いた洗面器に向かい、トクマン君は背中のテマンを診察台に寝かせる。
「テマンの上衣を脱がせてくれる?」
「はい医仙」

石鹸を使って手を洗いながら私が言うと、トクマン君は短く返事をしてテマンの上着のヒモを素早くほどいて脱がせた。
あなたとチュンソク隊長は一歩離れて、私たちの様子をじっと見ている。
牧場からここまで、結局一言もしゃべらないままで。

私たちにだけじゃない。テマンに大丈夫か、って一言すらもない。
2人して、まるで何も起こってないような平然とした顔で。
何故?どうして?ちょっと冷たいんじゃない?不自然じゃない?

でもそれより、今はテマンの状況の正確な確認が大切。
頭を切り変えてテマンの寝かされた診察台の横に立つ。
「テマナ、痛かったら教えてね」
「う、医仙、俺平気なんです、ほんとに全然」
「うん、角は切ってたから目立つ外傷はないわね。でも念のために。ちょっとごめんね」

そう言いながら腹部の腫れを目視で確かめる。異常なし。
次に肋骨に沿って触れていく。テマンの表情に変化なし。
この様子なら骨折もヒビもなさそう。
腹部を圧迫触診しても、臓器からの内出血の疑いもなし。

「転んだ時、頭は打たなかった?」
「い、いえ、全然。ただ突っ込まれて飛んだだけで」
「腰や背中は?」
「背中はちょっとだけ、打ったかもしれないけど」
「少しだけ起きられる?」

テマンは私の声に診察台の上、腹筋だけで上半身を素早く起こす。
その動きだけでも異常がないのはよく分かるけど。
「両腕、まっすぐ天井に向けて上げられる?」
「はい」
「そのまま肩からぐるぐる回せる?」
「はい」

全ての動きも問題なくスムーズなのを確認して、背中を見る。
確かに打撲の赤みはあるけど、他に全く傷はない。その打撲部分を中心に圧迫触診しながら、最後に確認する。
「右足、上がる?」
「はい」
「オーケー、じゃあ左足は?」
「はい」
「どこか痛んだりしない?」
「全然しません!」
「逆に触った感じが分らないとか?」
「全部分かります。大護軍、お俺ほんとにどこも」

問診時の呼吸にも乱れはない。話をしていても腹式呼吸が出来てる。
そしてこの人に心配をかけるのだけはどうしてもイヤなんだろう、テマンは申し訳なさそうな困った顔で診察台からあなたを見た。

横で確認していたキム先生も、その様子に安心したように頷いた。
だけどあなたは黙ってろって言うみたいに、テマンを見て小さく首を振っただけ。
金先生はそんなあなたとテマン、2人に言い聞かせるような声で言う。
「骨や内腑に問題はなさそうです」
「そうね」
「しかし打ち身です。体力は充分で冷えはないので、灸を据えた後通導散で瘀血を除いておくのは如何でしょう」
「慢性疼痛みたいな持病になっても困るし、良いと思うわ。賛成」
「ではトギ、通導散を煎じて来てくれるかな」

さっきの私の一喝の後、診察台に横になるテマンを見つめたまんま石のように固まってたトギは、キム先生の声に我に返った顔で大急ぎで部屋を出て行った。

 

 

 

 

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