2016再開祭 | 鹿茸・肆

 

 

「御料牧場で、鹿角を取る」
「鹿の角・・・ですか。大護軍」

吹抜けの天窓真下に立ったチュンソクは、一体何の話だとでも言いたげに胡乱な声を返す。

今日もよく晴れそうだ。
其処へ立つチュンソクに降る朝陽は白い帯のように天窓から伸び、その足許に影を刻む。
頷く俺に向け奴は目を細めた。
「それは構いませんが、俺は王様の歩哨が」
「その後で良い。来い」
「判りました」

未だ要領を得ぬ面のまま頷くチュンソクの横、やけに気負った様子でトクマンが前に出た。
「俺は非番です、大護軍」
「ではこのまま行け」
「はい!任せて下さい!」

張り切って隊服の上衣の袖を捲り上げる様子。
こいつはこいつで角切りが赤子の手を捻るが如き、容易い役目とでも思っているのか。
やけに嬉し気な顔でそう言うと、急くようにテマンを促す。
「善は急げだ。早く行こうぜ、テマナ」
「大護軍、お、俺、一人の方が」

言い辛そうに淀むテマンの気持ちも判る。
馬に跨るくらいしか出来ぬトクマンが駆け回り暴れる鹿を抑えつけた上、角を切るのは無理だろう。
獣の扱いに人一倍慣れたテマンが言うのだから間違いはない。却って足手纏いにならんとも限らん。
しかしトクマンは意気揚々と、今にも一人で兵舎を飛び出しそうな勢いだ。

「いや、俺も行く!絶対行くぞ」
「何をするか判ってるか」
「もちろんです大護軍、鹿の角を切るんですよね」

トクマンは嬉し気に頷いて見せる。
「だいたい、迂達赤の役目以外で大護軍が声を掛けてくれる事なんて滅多にないじゃないですか。
行く理由なんて、それで十分です」
ちらりとテマンに目を走らせると、トクマンは少し悔しそうに唇を引き結んだ。

「こういう時頼るのはテマンばかりで。俺だって役に立ちたいです。呼ばれるのをいつも待ってるのに」
「テマンは私兵だ。幾度言わせる」
「私兵とか迂達赤とか、そういう線引きが水臭いんです。俺達だって全員、大護軍の兵なのに」

・・・頼む奴を間違えたかもしれん。
トギと二人では気まずいだろうと、場の雰囲気を変えられる奴を共に向かわせるつもりだったが。
テマンに恋慕の情を教える事も出来ず、喧嘩の火消しも出来ず、鹿の角切りでは足手纏いになりそうな。
しかし俺への忠義はチュンソクと並び隊でも一、二を争う男。
槍の腕と忠義の篤さは、あのトルベの跡を継いだのだろう。
これで女人を扱う手練手管も継いでいれば言う事はないが。

ほんの僅かの期待を胸に、此方を見つめるトクマンの視線に頷く。
例えどれ程望み薄でも、継いでいる事を祈るしかない。

 

*****

 

牧歌的って・・・まさにこんな風景のことよね。

春の牧場の景色は、私の頃も高麗もそう変わらない。
初めて来た牧場は予想していたよりずっと広かった。
真っ青な空の下、どこまでも続くなだらかな丘は一面目に鮮やかな緑に覆われてる。

そこにシロツメクサの白、タンポポか何かの黄色、レンゲのピンク、そんな色が点々と散りばめられて。
それをぐるっと囲んだ柵の中、離れたところから数頭の鹿たちが首を上げてこっちを見てる。

「鹿は、逃げ出したりしないんですか?」
牧場の案内してくれる管理人さんみたいな人に尋ねると、その男性は楽しそうに首を振った。
「ここなら餌に困る事がありません。鹿も賢いものです。こう広いと山と変わらぬのでしょう。
天敵である熊や虎も人里には近づきませんから、代を重ねるごとに逃げなくなります」
「なるほどー」

私に説明して頷き返した管理人さんは、次にこっちに聞き返す。
「ところで医仙様の御所望は、鹿茸と伺いましたが」
「はい。でも角切りは、彼らがしてくれるので」

一緒に立っているテマンとトクマン君を手の平で示すと、管理人さんは心配そうに言った。
「慣れている私たちでも手こずりますから、お手伝い致しましょう」
「大丈夫です。俺がやります。人が多いと鹿が驚くから」
テマンの声に管理人さんの眉が下がる。

「それは確かに、おっしゃる通りですが」
「二頭分もあれば十分なの。お願いだから深追いしたり、無茶したりしないでね?」
遠目に見える群れの中にはお腹の大きな鹿もいる。これからが出産シーズンなんだろう。
私たちに驚いて急に産気づいたりしないかしら。
「お腹の大きな鹿は、なるべくそっとしておいてあげてね?」
「分かりました」

私の声にテマンとトクマン君が頷いてにっこり笑った。
「くれぐれもケガしないようにしてね?」
「大丈夫です」
「そうですよ。のろまな二頭を捕まえて、すぐ終わらせます」

あんたよりのろまな鹿がいるわけがない。

トギがうんざりしたみたいに動かした指に、トクマン君はきょとんとした顔で目を大きく開いた。
「何だ、何て言ったんだ、トギ」
その質問に私とテマンはさりげなく2人から視線をそらす。
とてもじゃないけどその声を通訳する気にはなれないわ。

誰も答えないのを特に気にすることもないように、トクマン君は私を見て言った。
「大護軍は鍛錬が終わればすぐに来るそうです。隊長も王様の歩哨が終わり次第」
「そんな大ごとになっちゃってるの?」
「俺は非番なので真直ぐ来られましたが、聞いていた他の奴らも全員来たがってました」
「え?止めてくれたわよね?!」
「はい、大護軍が。そんなに大勢は要らんと」

・・・やっぱり私、考えが甘かったかもしれない。
テマンが1人で来てくれてパッと切ってくれると思ってた。
迂達赤のみんなまで巻き込むつもりなんてなかったのに。
「非番なのにごめんね、トクマン君」
「医仙が謝る事なんてないですよ。俺が来たかったんです。大護軍はいつもテマンばかりに頼むから」
「お前しつこいな。大護軍が言ったろ」

御料牧場なんだから厩番に頼んで切ってもらえば良い。テマンも必要ないでしょ。

私が口を挟もうとする前にテマンが言って、対抗するみたいにトギが指でテマンに反論した。
テマンが怒ったみたいにトギを睨んで、トギはぷいっと横を向く。
何だか分からないけど昨日から2人の雰囲気がどんどん悪くなってる。
それでも必要ないって・・・それはさすがにいくら何でも言い過ぎよね。

トギの指がだいぶ読めて来たからこそ、思わず冷や汗が出そう。
のん気なトクマン君も険悪な空気に気付いたみたいに、目を白黒させてそんな2人を見てる。
「えーーーっ、と」
どうにかこの重たい空気を変えたくて、私は牧場に響きそうな大きな声を上げた。

「じゃあ、早めに始めようか?」
その声に3人は、複雑な表情でそれぞれうなずく。

「普通は鹿に縄をかけて捕まえてから押さえて、ノコギリで角を切るらしいんだけど・・・そうですよね?」
私の声に牧場の管理人さんがうんうんと頷いた。
「数人で角切場へ鹿を追い込み、そこで縄を掛けます。下手な処に掛からぬ限り、鹿を傷つける事もない。
一番安全な方法です。縄は用意がありますから、持って参りましょう」

その声にテマンは少し首を傾げると、
「一本でいいです」
そう言ってトクマン君を見る。

「トクマニ、お前が使え」
「お前はどうするんだ、使わないのか」
トクマン君の不思議そうな声に、テマンは首を振った。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    槍の腕前は トルベに似ても
    間の悪さはチュンソクに似ちゃってるかしら(笑)
    ま、憎めないのよね…
    クッションの役目のはずが
    テマンのイライラ トギの不機嫌
    火に油っぽくなてる~
    さすがのウンスも (;^_^A 空気悪い~
    さっさと 鹿茸とっちゃおっと
    ウンス心の叫び「ヨ~ン 早く来て~!」

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    いろいろと…大変でしたね。
    お身体の具合はいかがですか?
    このままもうニ度と更新されないのではないかと…内心思って、喪失感でいっぱいでした。
    定時にさらんさんのお話が読める幸せ(o^^o)
    本当に久々に味わえて至福の喜びです。
    有難うございます!
    どうか無理はされない様に…
    細~く長~くお願いします(笑)

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