2016再開祭 | 鹿茸・弐

 

 

「ろくじょう」
その声に大護軍が一度だけうなずいた。
「取ってきます」
「頼めるか」
「もちろんです」

ろくじょうが何なのかは知らない。
だけど大護軍が言うなら必要なものなんだし、俺に頼んでくれるなら何でも構わない。
取って来いと言われたものなら必ず取って来る。泳ぐ鳥でも、飛ぶ魚でも。

その目を見て大きくうなずいた俺に、大護軍の方が眉を寄せた。
「何か訊かんのか」
「聞きません」
「良いのか」
「はい、大護軍」

大護軍と医仙が必要なものなんだろ。
何だか知らないけど、それだけで取りに行く理由は十分だ。

 

ことの起こりは典医寺の昼飯から戻って来た大護軍に走り寄った時。

よく晴れた空、春の色のやわらかい雲が流れていく。
しばらくは風が強くなることもないだろうし、雨が来ることもない。

流れる雲を見て、空気の匂いをかいで、安心して枝の上に腰かける。
まだ若い葉が揺れるか揺れないか、そんな静かな木の上で大護軍の帰りを待っていた。

典医寺に続く迂達赤の大門の前の道。
遠くから大股で戻って来る姿は豆粒みたいな小ささでもすぐ分かる。

俺は門横の木の枝から滑り降りて、その姿に向かって駆け出した。

「大護軍!」

寄って行く俺に小さく頷いて歩き続ける大護軍は、横目で俺を見ると言いにくそうに切りだした。
「テマナ」
「はい」
「頼みがある」
「はい」

大護軍の頼みを断わるなんてありえない。俺は斜め後ろから大護軍の横顔を見上げる。
「何すればいいですか」
「鹿茸。トギと共に取って来て欲しい」
「ろくじょう」
俺の声に大護軍が一度だけうなずいた。

大護軍はなぜか浮かない顔をしている。
ろくじょうって奴を手に入れるのが難しいか、それとも俺に難しいか、どっちかなんだろうか。
「夕刻、典医寺に付き合え」
「はい、大護軍」
「あの方から詳しい話がある」
「はい!」

くわしい話なんて聞くまでもない。大護軍と医仙が必要なものを手に入れるのを断わるわけない。
話が終わっても大護軍はちょっと機嫌が悪い。
俺は何か悪い事をしたのかな。
足を止めない大護軍の脇、半歩後を俺は並んで歩き続けた。

 

大護軍と一緒に向かった夕方の典医寺。
診察室の窓の外はまだまだ昼の明るさだ。

明るい部屋で大きな卓越しに向かい合う。
俺の隣にはトギ、そして卓向こうには仲良く並ぶ大護軍と医仙。
俺とトギの目を受けて、医仙は説得するみたいに口を開いた。

「あのね、鹿茸って生え替わったばっかりの鹿の角なんだけど。それが欲しいの、どうしても薬に使いたくて」
「取ってきます」
どうして鹿茸なの。

俺の声と、横のトギの不満そうな指の声が重なった。
並んだ俺とトギの卓向こう、でも俺たちよりもずっと近く肩をくっつけた医仙と大護軍が顔を見合わせた。

「トギは何と」
「どうして鹿茸なの?って」
「・・・ああ」

大護軍はトギの声が聞こえにくい。
医仙に伝えられて頷くと、俺とトギの顔を見て、そしてその目が医仙に戻る。
説明をするのはやっぱり医仙じゃなきゃだめだって目で。
医仙は大護軍の目を受けて改まったように言った。

「トギには分かると思うけど、積極的に効果を出すには、薬草より動物由来の方が効き目がいいの。
今回は、王様にも媽媽にも使える生薬として鹿茸が最適だと思うのよ。
昔っから強壮剤として、男性にも女性にも使われるでしょ?
チャン先生の本にも、特に媽媽の冷えたお体に効果がある生薬として書かれてたし」

医仙の声にもう一度うなずく。
「取ってきます」
だったら牛黄や麝香でも良くないか。

その声がまた重なって、今度は俺とトギが顔を見合わせる。

怒っちゃだめだよな。トギにはトギの理屈があるんだろうから。
でも俺にはそんなものはない。大護軍が言ったらそれだけで十分だ。

取って来い、はい。それでいい。理由なんて後でいくらでも聞ける。
いちいち聞きたくない。大事な理由なら、きっとその時は大護軍から教えてくれる。

「鹿の角は春に生えかわります。自然に落ちて」
「よく知ってるのねー!さすがテマナ」
「夏前の、やわらかい角がいいんですか」
「そうなのよ!!その柔らかい時の角が、鹿茸っていうの」
「じゃあほんとに今しか取れない」
「まさにその通りなの」

俺の声に医仙はぽんと手を叩いて、卓向こうから身を乗り出した。
医仙の言葉にも、トギはまだ納得できないって顔で首をかしげる。

それは分かるけど、典医寺に去年の茸参酒が残ってる。

そんな風に指で言うのに、がまんできずに俺は少し声を大きくした。
「医仙が欲しいって言うんだから取りに行こう。簡単だろ」
俺の言葉がよっぽど気に入らないのか、トギの目が険しくなった。

簡単じゃない。生えたばかりの鹿の角を切るのは一苦労だよ。
「俺がやるから心配するなよ」
だからもっと嫌なんだ。あんたがもしも怪我でもしたらどうするの。
「角切りだけだ。それにその時は医仙がいてくれるだろ!」

トギの声を、医仙が卓向こうで小さな声で大護軍に伝えてる。
大護軍は難しい顔で俺とトギと、そして医仙と三人の顔を見ながら、医仙の話も聞いて忙しそうだ。

何でいちいち確かめて、大護軍を面倒な目にあわせるんだ。
何で大護軍の前でくらい、素直にはいって言わないんだ。
何で大護軍と医仙の大切な時間をこんな事で無駄にするんだ。

だからいやなんだ。簡単だ。俺は大護軍に言われれば何も聞かない。
はい、それだけ言って従う。簡単なことじゃないか。
大護軍が必要ない物を欲しがることなんてないし、欲しい時には必ず正しい理由がある。

戦場で大護軍に何か命じられて、何でですか、そんなこと聞いてるひまなんてない。
取って来い、はい。
行って来い、はい。
それだけでいい。後で必ず分かる。だからああ言ったのかって。
それで十分だ。俺はその声を追いかけてここまで来たんだから。
そしてその声が間違えた事なんて、今まで一度もなかったから。

俺にとって大護軍は天で、その声は絶対なんだ。
逆らうなんてひっくり返っても考えられないし、理由もない。
「お前は医仙を信用しないのか。いちいち理由を聞かなきゃ動けないのかよ!」
「・・・おい、テマナ」
「ああ、違うのテマナ、トギは」

がまんしきれなくなった俺の声に大護軍が唸り、医仙が割って入る。
「トギが薬剤を無駄にしたくないのもよく分かるの。でも動物生薬、特に鹿茸は成長してないほど良いし、薬効も高いの。
今までの角の正確な採取時期が分からないから、今回は確かめてから使ってみたいのよ」
わかった。それなら取って来る。

医仙の声に納得した顔で、やっとトギがうなずいた。
何でここまで説明してもらわなきゃ分かんないんだよ。俺はそっちの方が分からない。

ようやく話が落ち着いて、大護軍は安心した顔になる。そしてもっと安心したみたいに、医仙はほっと息を吐く。
だけど俺の心の中にだけは、石が残る。
山道を走ってて、うっかり沓の中に見えないくらい小さな石が入った時みたいに、歩くたびにそれが気持ち悪い。

じゃまな痛みにいらつきながら、大護軍と医仙が立ち上がるのを待つ。
早くこの部屋から出たい。トギから離れないと怒鳴りだしそうだ。
まさかそんな風に思う日が来るなんて、考えもしなかったのに。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    テマンはヨンの頼みなら一つ返事で
    なんでもするけど
    トギはそうはいかない
    なんで、どうして、気になることは納得しないとね。
    天女のすることは いまだにわかんないことばかり
    かも知れないね~
    そんなトギにイライラしちゃったの?
    テマン あらら あららららら~
    仲良くね (・∀・) 

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