【 蔥蘭 】
「おい酒母、こっちに酒をくれ!」
大声を上げながら酒幕にの柴垣を入って来た男らは、小卓を据えた縁台に騒がしい音で腰を下ろす。
周囲の大人しい酒客らは眉を顰め、そんな男たちを遠巻きに見た。
厄介は御免だ、その男らが暴れ出したらすぐにでも飛び出す。どの顔にもはっきりそう書いてある。
酒幕の女主人は鬱陶し気に舌打ちをして前掛けで手を拭い、次に男らを振り向いた時は商売用の作り笑顔を張り付けていた。
「はいはい、お待たせしました。酒ですよ」
晩秋の陽が落ちたばかりの宵の口、今他の客に出て行かれるのは困る。
慌てて厨に飛び込み用意した大きな酒瓶を二本、小柄な酒母は急いで運び、男らの卓の上に置く。
男らはそれ以上暴れる気は今はないのか、その酒瓶を取り上げて互いの杯をなみなみと満たした。
そして周囲の客の迷惑など顧みず、互いに大声で叫び交わす。
もう既にどこかで一杯引掛けたのか、それとも理不尽な一件への怒りが声を大きくさせるのか。
「どこのどいつが言い出しやがったんだ、嘘っぱちじゃねえか」
「全くだ」
「何が清廉潔白、剛直にして忠臣だ!」
「笑わせやがる。大方自分で尾鰭をつけまくって言いふらしてるんだろうよ」
周囲を憚らぬ大声に酒幕の影、軒下に吊るす提灯の灯も届かない闇。
今まで騒ぎに目もくれず杯を傾けていた一人の男がふと顔を上げた。
その闇よりも漆黒の墨染衣。初めて男らに注がれる鋭い視線。
騒ぎを起こしている男らが気付けば、即座に口を閉じたろう。
しかし幸か不幸か、男らは射殺すような眼光には気付かず大声を上げ続けていた。
「第一よ、あのお偉い迂達赤大護軍とやらは聞いた噂じゃ、女と見間違える程の美丈夫だって話だったじゃねえか」
「あの不細工な面のどこをどう見間違えりゃ、女に見えんだよ」
「開京の女は揃いも揃って、あんな醜女ってことかねえ」
「碌なもんじゃねえ、迂達赤の中でも一二を争う上背って話だが」
「笑わせる、俺の方が頭半分高かったぜ」
男の一人が立ち上がり、自分の蟀谷辺りに掌を置いた。
その掌の高さを確かめ、血に飢えた狼のようだった男の鋭い視線が初めてほんの僅かに惑う。
「あんな小男が迂達赤で一二を争う上背なら、俺なんか入った日にゃあ迂達赤一の大男になれらあ」
「違いねえな。天下に轟く迂達赤ってのも、知ってみりゃ大した事はねえってことさ」
「ちょ、ちょいと兄さんたち!!」
素通りは出来ないとばかりに、今まで黙っていた酒母が急いで男らを止めに掛かる。
「何て罰当たりな事言うんだい!お天道様が見てるよ!
迂達赤大護軍様っていえば、何度もあたしらを救って下さった恩人じゃないか!うちの店でおかしな話を流さないどくれ!」
「おかしな話だってよ!!」
男らは酒母の声に呆れたように顔を見合わせると、火が点いたように嗤い始める。
そしてそのうちの一人が立ち上がると、酒母に向かって詰め寄った。
「いいか酒母、俺の店に今日来やがったのよ。そのお偉い英雄様とやらがな。それで何したと思う」
男に詰め寄られても酒母は怯まず、逆に男を睨み返す。
「何で大護軍様が、あんたの店なんかに来るんだい」
「そんな事知らねえよ!迂達赤大護軍だって名乗って、俺の店に置いてあった麦を俵ごとごっそり持ってきやがったんだ!
文句があれば開京に来いって言ってな!!」
「だから、開京にいらっしゃるはずの大護軍様が、何で鎮州に」
「大方戦の路すがら、兵糧にでもしたかったんだろうよ!!」
「そんな馬鹿な事があるもんかね!それは絶対大護軍様じゃないよ!
あの方はご自分は召し上がらずに、あたしらがひもじい思いをしないように心配して下さる方なんだよ。
そんなの高麗なら腹から出たての赤ん坊だって知ってる事じゃないか!」
「だったらうちの麦を持ってたあの男が、偽者ってことかよ!」
立ち上がっていた男が唾を飛ばし、血走った目で酒母を睨んだ。
「その小男がはっきり言ったんだよ、迂達赤大護軍チェ・ヨンだって名乗ったんだよ!!」
その大声に男らの周囲の縁台に腰を下ろした、酒幕に集う全ての客たちが息を呑んだ。
同時に闇中で立ち上がった黒染衣の影が、手に嵌めた黒鉄手甲を確かめるように拳を握る。
そして懐から取り出した銭を卓の上へ音もなく置き、柴垣の裏口を滑るように出て行った。

ヨン&ウンスの水戸黄門的な。二人の素性が分かってびっくり…
みたいなお話(Qさま)
皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

SECRET: 0
PASS:
大護軍の名を語る
不届き者が?
これは 黙っているわけにはいかないね~
ヒドは 風車の弥七か?(笑)
まずは ヨンに知らせないとね。
SECRET: 0
PASS:
今までにないお話しのようで、面白そう(*^◯^*)
チェヨンの名を騙るなんて、命知らずな・・・。
SECRET: 0
PASS:
さらん様♪
ついについに!
でごさいます~
ありがとうございますm(__)m
WAKWAKしながら
楽しみに読ませていただきます♪(=^ェ^=)