2016再開祭 | 鹿茸・序章

 

 

【 鹿茸 】

 

 

毎年のことだ。
冬の寒さから春への変わり目が終わったと思ったら、あっという間に梅雨が来る。
今はその合間、ちょうどいい季節。窓の外の春の盛りの薬園は、若葉の緑色。

風も気持ち良いし、空はきれいだし、薬草摘みには最高だ。
梅雨が始まって雨に打たれる前に。夏を迎えて育ち過ぎた葉が固くなる前に。

いい頃合いで刈り取り摘み取る。洗うもの、乾かすもの、蒸すもの、漬けるもの。
それぞれの手順を頭の中に思い浮かべる。

典医寺って所は休む暇なんてない。
いつでも病にかかる人はいるし、怪我を負う時なんてだいたいが予想しない時。
チャン先生もそうだったし、そしてキム先生もウンスだって毎日何の不平不満も言わずに、診察を続けている

少しでも時間があれば本を読んで、役に立ちそうな薬を探している。
そしてみんなで集まって、新しい治療方法を話し合う。

特にウンスの天の医術は先生たちにとっても初めて知るものだから、質問責めにあえば話はどんどん長くなる。
それは薬員にとっても同じ。先生たちと一緒にいろんなことを教えてもらいながら、新しい薬を探す。
つまり患者がいようがいまいが、やる事はいつでも多い。

手元に積んだ土龍を一枚ずつ確かめながら、ほっと息をついた時。
「トギーぃ?」

場違いなほど大きくて明るい声が、広い典医寺中に響いた。
「トギー、どこーぉ?」

私を呼ぶその声が近づいて来る。
また何かやらかしたんだろうか。 呼ばれても返事が出来ないって、いつになったら覚えるんだろう。
いつまで経っても、私よりも年上なのに、どこかが抜けていて目が離せない。
そんなウンスは女の私から見ても可愛いとも思う。
逆に医官としての術は恐ろしいくらいの神業でも、それ以外の時には子供みたいで心配にもなる。

私が知ってる先生たちは、チャン先生もキム先生も、他の医官の先生もみんな落ち着いてて、安心して身を任せられるような人だった。
そんな人たちとかけ離れているウンスは身近にも感じるし、でも逆に普段のウンスしか知らない人は、少し不安にもなるかも知れない。

チャン先生に尋ねた事があった。
先生、侍医って立派な立場なのに、何故いつまでも患者を診るの。王様だけ診て、あとは楽していれば良いのに。
典医寺の薬室、火鉢の上の薬湯瓶からの白い湯気で窓は曇っていた。
きっと季節は秋遅く、それとも冬の初め。
風邪をこじらせる患者が増えていた時期だったんだろう。
だから毎日碌に寝る時間もないほど忙しそうな先生に聞いたんだ。

先生は私の指をじっと見てから、逆に眼を見開いたっけ。
「何故そんな事を訊く」
そう言って、心から不思議そうに。

だって先生ばかりが苦労している。王様も診て、患者まで診て。
反論したら珍しく、表情を変えないチャン先生が吹き出した。
「トギには、これが苦労に見えるのだね」
何がおかしいのかいつまでも、低い声で笑っていたっけ。

だって薬も作って本も書いて、他の先生たちや薬員のみんなとも毎日遅くまで話し合っている。
食べる暇どころか寝る暇もないでしょう。
怒る私の不満げな指を確かめると、チャン先生は静かに首を振った。
「良いか、覚えておきなさい。苦労しているのは患者の方なのだよ。私ではない。
自分が動ける限りは、患者に最善を尽くすのが医者だ」

静かな声で優しく諭す、私はそんなチャン先生しか知らなかった。
だから医官っていうのはそういう考えの人だ、他人を自分より大切にする人だ。
落ち着きがあって動じない、間違えれば確かな事を教えてくれる。そう思い込んでいた。
何から何まで今まで知ってる先生とは違う、天の医官に会うまでは。

「トギってばー!」
大嫌いだった。天界の医官だか神医だか知らないけど、人の領分にいきなりずかずか踏み込んで来て。
厄介者だ、余所者だって自覚があるならまだしも、態度は悪いし口は減らないし。
私に声があるなら怒鳴りつけたくなることも、何度もあった。
生死をさまよう隊長に何をするわけでもないし。
死にそうな隊長を天の医術で助けるならまだしも、何も出来ないならただのお荷物じゃないか。

私はあの頃、確かにそう思ってた。
チャン先生とあの子から、神医が息を吹き込んで止まった隊長の心の臓をもう一度動かしたと聞くまでは。
あの時病室から出たウンスが、薬園の隅で誰にも見つからないように声を殺して泣いてる背を見るまでは。

この天人は嫌なやつでも、お荷物でもない。ただとっても下手だ。自分の気持ちを表すのが下手なんだ。
もしかしたら私やチャン先生よりも、よっぽど下手なんだ。
だからいつでも大騒ぎをして、笑いながらごまかしている。
そう分かってしまえば、子供みたいな振る舞いの全部が許せた。
ああ下手くそだなあ、いつもそう思ってはいたけど。

知ってる事は何でも教えてくれる。知らない事は何でも聞く。
それは簡単そうで難しい。
まして医官として経験があって、天の医術があれば尚のこと。
知らないって口にするのは、恥ずかしい時もあるだろう。

だけどウンスは自分の気持ちを表すのが下手なくせに、人に聞くのはとても上手かった。自分の知ってることを教えるのも。
そして気付いた。
いつの間にかそうやってみんなに溶け込んだウンスが人に聞くのも、そして知るのも上手いのは、全部患者のためだって。
その患者のなかでも誰より大切なのはあの隊長で、隊長を守るためにそうやって、この世の医術を学んでるんだって。

あの二人は嫌いあってるわけじゃない。
それが何なのかは、その時の私には判らなかったけど。
どんなに口の軽いウンスも、それだけは絶対教えてくれなかったけど
「見つけた!」

騒々しい声と赤い髪が薬室に飛び込んで来たと思ったら、私の手元に積んだ生薬を覗き込む。
「これなぁに?」

土龍。
私が指で伝えると、ウンスはその茶色で薄い板のような生薬を摘まんで端っこを噛んだ。
「ふうん。何に効くの?」
熱冷まし、解毒、鎮痙、利尿に良く効く。
その私の指に何回も頷いて
「そうなのねー」

とても満足そうだから、知らずに齧ったウンスには言わないでおく。
だってそれ以上聞かれていないから。
土龍、それがフトミミズを裂いて中身を出して干したものだとは。

蟾酥の時みたいに吐き出されたら、貴重な薬をって思って腹が立つ。
動物の生薬は薬草を使うより効き目が強いし早い。
体が弱ってる時には強すぎるけど、実症や体力がある若い患者には効果が出やすい。

ミミズを齧ったと知らないウンスは指先の土龍を元の場所に戻すと、私に向かって言った。
「あ、それでね、トギ。お願いしたい事があって探してたの。ここ、教えてくれる?」

懐から、あの大切なチャン先生の残してくれた本を取り出しながら。

 

 

 

 

ヨンの言うことを忠実に聞き行動するテマン、ウンスから聞いた天界の知識に納得し
行動するトギ。その行動がちょっとしたすれ違いを生んでふたりはケンカに。
ヨン&ウンスも自分たちの所為かと巻き込まれるけどみんなHAPPY ENDみたいな
お話はいかがでしょ (tetete22251さま)

 

 

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7 件のコメント

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    おかえりなさ~い
    待ってたヨン♥
    どちらも気が強い
    お二人さんですが…
    意気投合したら すごくいい感じよね
    ウンスなんでもかじっちゃう(赤ちゃんか~い?)
    とりあえず 口で安全確認…
    知らぬが仏… (笑) 

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    さらんさんの大事な人達にいろいろなことがあっただけではなく、さらんさん自身にも怪我があったなんて‼それでもよく戻ってきてくださいました!リクエストのお話も書いてくださって~涙出そう!もう、楽しみでしかありませんが、お体だけは大切にされてくださいね。

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    太ミミズの中を取り出し、干した物…ですか。
    ウンスは、かじったよー。
    以前、チャン侍医の前で、蟇の脳のあたりを集めて干した物…?、かじりましたね。
    トギとの掛け合いで、きっといろいろな薬草や薬が登場するのかな。
    探求心旺盛なウンス。でも、それは全てヨンを想うから。ヨンが大切だから。
    トギと何を伝え合うのか、楽しみにしています。

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    さらん様
    お怪我は如何ですか?
    大層、酷く感じますが。
    治す時は、集中して治してくださいませ。
    でも、こちらに戻ってくださり、感激しています。おかえりなさい\(^o^)/
    トギのウンスに対する思いは複雑だったでしょうね。
    煩いけど、自己中ではなく。
    勤勉になり、溶け込もうとしていたウンスの善き理解者になりましたもんね~(*^^*)

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    お帰りなさい
    さらんさま
    本当に嬉しい❣️めちゃ嬉しい❣️
    楽しそうなお話❣️
    書いて下さって、戻って下さってありがとうこざいます
    楽しみが増えました

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