2016再開祭 | 夏白菊・捌

 

 

遅いなあ。

帰って来てからもう何度目か、私は居間から立ち上がって縁側へ出る。
クシャン!!
出た途端に風に吹かれて、派手なくしゃみが飛び出した。

強くなった冷たい風。お風呂の後で髪が濡れたままなのを思い出す。
きっとあの人やテマンなら、天気が変わる前にすぐ教えてくれる。

イムジャ、風が来る。部屋へ。
医仙、寒くなります。何か着て下さい。

そんな風に教えてくれる人が今晩は2人ともいない。
気象予報士の資格なんてない私は、風が吹いて寒くなってから気付く。

慌てて居間に戻って、片付けようかどうしようか悩んでた冬のブランケットを巻きつけて、それでも心配でもう一度縁側に出る。
これだけあったかくしておけば、今あの人が帰って来ても冷え切って心配させる事はないはずよね?

頭からブランケットに包まって、縁側で膝を抱えて溜息をつく。
そうよ。1人で置いていかれるだけならまだ許すわ。
あの人もお役目がある。それが大変だって事も理解出来る。
だけど帰りがこんなに遅いのだけは、どうしても我慢出来ない。

明るいうちに帰って来いとは言わないわ、子供じゃないんだし。
だけど遅いんだったら遅いよって、出かける時に教えて欲しい。
いつもだったら細かいくらいに言ってくれるのに。

今日は王様とお会いします、昼は典医寺に行けません。
今日は鍛錬が長引きます、迎えが少し遅れます。
それに私が言う立場だったじゃない。子供じゃないんだからって。

1人ぼっちの縁側で抱えてた膝を崩して、行儀悪くあぐらを組む。
いつもだったらあぐらを組むのはあの人で、私はそこに座ってるのに。
こうして座ると、固い木の縁側の床にくるぶしが当たって痛い。
あの人は慣れてるのかしら。ただ座るでこんなに痛いのに、そこに・・・キロの私まで乗っけて平然として。
おまけにいつだって後ろからぎゅっと抱きしめてくれる。

今晩はその寄りかかれる胸も抱き締めてくれる腕もないから、やっぱりあぐらは無理。
もう一度足を崩して膝を抱え込んで、痛くなったくるぶしをさする。

目の前に広がる真っ暗い夜の前庭。
見上げても、夜空を覆うような若葉のすき間、夜の空は真っ黒。
強い風でその枝がザワザワ揺れる。

今日は月も星もない。それがないだけでとても心配になる。
慣れたつもりでいてもやっぱり私には高麗の夜は暗過ぎる。
あの人が万一にでも事故にあったら?
ううん、そんなはずない。あの人に限ってそんなはずない。
私が待ってる限り、必ず無事で帰って来てくれる。
あの人が万一にでも敵と戦ってたら?
ううん、そんなはずない。それなら私に教えてくれるはず。
今日はテマンが一緒にいてくれるから大丈夫。
あの人に何かあれば、必ずすぐに戻って知らせてくれる。

あの人が大切にしてる弟、あの人をお兄さんみたいに慕う私たちの大切な家族。
まさか2人とも朝ご飯を食べた後、そのままご飯を抜かしてるなんてないわよね?
うーん、怪しいわ。
あの人は何か始めると没頭しちゃうタイプだし、テマンはあの人を差し置いて1人で食べるなんてありえないし。

碧瀾渡からこんなに寒い風の中を帰って来たら、きっと冷えてる。
ご飯を食べ終わってるなら、あったかい伝統茶を入れてあげよう。
食べてないんならお説教の後で晩ご飯だわ。ううん、晩ご飯の後。
食べてる時には怒るなってことわざもあるくらいだし。ストレスは消化にも食欲にも関係する。

「・・・早く帰って来て?」
強い風に紛れて呟く、ブランケットの中で響く自分の声が思ったより弱々しくてイヤになる。

その時、表門の方で急に大きな音がした。
何を言ってるのかはまだ聞こえない、でも確かに切れ切れのあの人の声、そしてコムさんの声。
その合間にチュホンの蹄の音もする。
そしてあの人らしくない、怒鳴るような声までこっちに近づいて来る。

何?何で、そんな騒々しい帰宅なの?
ブランケットを急いで丸めて立ち上がって、縁側の下、サンダル替わりの靴に足を突っこもうとした時。

「・・・イムジャ」

縁側から片足を下ろした姿勢で体の動きが止まる。
一緒に息も止まった。風のせいじゃなく、体が凍る。

次の瞬間裸足のままで、私は庭へ飛び降りて走る。

居間からもれる光の向こう、ようやく見える暗い庭先に立つあなた。
乱れた髪のすき間から見える顔にも首にも飛ぶ、見慣れた黒いシミ。
「ヨンア!!」

そう叫んで腕に飛び込む。震える手でその頬に触れる。
落ち着いて。落ち着けウンス。思い出せ。救急の基本。

超急性期、外傷の目視確認。
血液は広範囲に飛んでいる、どこかに集中していない。
つまり傷が一箇所じゃない、それとも自己出血じゃないってこと?

顔、首、目視上どこにも外傷はない。脈拍は正常。体温も正常範囲。
いつもより少し低く感じるのは、髪が濡れるほどびっしょりかいている汗のせい。
それが多分チュホンの上で、強い風に吹かれて冷えたから。

門で大きな声を上げて、そしてここまで自足歩行して来た。
それなら少なくとも、内臓や脚部の骨や筋肉に関わる外傷はない。
ああ、暗くてよく見えない。見えない。
「来て!」

そのまま手を握って、暗い庭先から明るい縁側まで連れて来る。
大丈夫、その歩調もいつもと変わらない。
「上衣脱いで」
「今すぐ来て下さい」

話がかみ合わない。そして確かめたあなたの顔色にぎょっとする。
灯りのせいじゃない。まるで紙みたいに白い。頬も、唇も。
「・・・ヨンア?」
「テマンの血です、奴が斬られた」

自分が傷を負った時より何倍も痛そうに眉をしかめると、あなたは低い声で言った。

 

 

 

 

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