2016再開祭 | 夏白菊・伍

 

 

「ええと、テマンさん、は」

話の糸口を見つけるみたいに咳払いをして、ムソンさんが口を開く。
俺はまだ返事をせずにその目のなかをじっと見る。

大護軍が紹介してくれた火薬屋だから、きっと敵じゃない。
敵なら大護軍が紹介するわけないし、どんなに隠しても俺は分かる。
臭いとか目の動き、そんな小さな事だ。でも大護軍の敵はいつだって、どれほど隠したって嫌な気配がする。

ちょうどさっきの火薬みたいに、鼻先をやすりでこすられるみたいな嫌な臭いがする。
キチョルのときも徳興君のときもそうだった。
ムソンさんが火薬臭いのはそれを作ってるからで、敵じゃない。
だけど本心から大護軍の味方かどうかまでは、俺にはまだ見えない。

暗くなり始めた空。きっともうすぐ雨が来る。
冷たくなる風が教える。卓の上で揺れる黄色い火。
その中で目をそらさず見つめると、ムソンさんも正面から俺をまっすぐ見る。
「テマンさんは、大護軍様とどれくらい一緒にいるんですか」

その声に指を折る。俺が初めて山で出会ったあの時から。
十四か十五で隊長に会った。開京に来た。隊長のそばで
「・・・もうすぐ、十年です」

そうだ、数えたこともなかったけど十年になる。
あの背中だけを追いかけて、あの声だけを聞いて十年。

そして今でも思う。医仙と毎日一緒にいる大護軍を見て。
俺はやっぱりあの二人が大好きで、ずっと一緒にいたい。
二人が幸せなら俺も幸せだし、もっともっと幸せになって欲しい。
この世の誰より幸せになって欲しい。あんなに長く待った分だけ。

兄さんみたいな、父さんみたいな大護軍と、今は姉さんみたいな、母さんみたいな医仙と。
そして二人に嫌な思いをさせる奴は、誰であろうと絶対許さない。
「ムソンさんは、大護軍とどうやって知り合ったんですか」
「直接話せたのは最近です。でも赤月隊の頃に助けてもらった事が何度もある」
「赤月隊」
「はい」

その頃の話を俺は知らない。大護軍にはくわしく聞けないままだ。
苦しかった事だけはまわりのみんなから聞いているから、それ以上聞く必要なんてない。

春になれば誰だって冬の寒さを忘れていいんだ。
また次に冬が来たらその時はもう寒さの過ごし方を知ってるから。
わざわざ春に冬の寒さを思い出す必要なんてない。
そして次の冬も、また次の冬も、大護軍には医仙がいるからもう心配ない。

「でも、あんなに懐のでかい人だとは知らなくて」
ムソンさんは俺に言ってるのか、それともひとり言なのか、ちょっと笑って呟いた。
「赤月隊の頃に俺たちを助けてくれた軍の偉い人、くらいに思ってた。
俺の作った物がいつか大護軍様の何かの役に立てば良いなとは思ったけど。
まさかあんな忙しい人が何度も足を運んで、王様に紹介までしてくれるなんて思わなくて」
「そういう人です」

ムソンさんは多分大護軍にとって大切なんだろう。
だから飯も喰わせるんだろうし、こうして様子も見に来るんだろう。
俺より幾つか年上にも見えるから、大護軍の顔をつぶさないように敬語で答える。
そういう人だ。俺の大護軍は、いつだって自分が一番走り回る。
何気ない涼しい顔で、一番でかい苦労をしょい込んで、それでも大切な事を人まかせで適当に片付けたりしない。
絶対あきらめないし、途中で投げ出すこともない。

だからみんながついて行く。大護軍が少しでも楽になるように。
みんなが考える。自分は何が出来るのか。俺も迂達赤も手裏房も。
ムソンさんもそう考えてるのか。それとも違うのか。今はまだ分からない。この人とは会ったばっかりだから。

暗くなってく空の下で顔をまっすぐ見ると、ムソンさんが言った。
「テマンさん、今俺の品定めをしてるでしょう」
「はい」
「大護軍様に感謝してるのは俺も同じだ。疚しい事なんて何もないから、どんどん見定めて下さい」

その言葉にきっと嘘はない。
大きな口であけっぴろげに笑ったムソンさんは卓の上に頬杖をついた。
「大護軍様の周りの人を紹介してもらう度に安心するんです。もしも俺が作ってる物が成功した時、誰も悪い事に使おうとする人がいないんで」
「はい」
それもその通りだから素直に頷く。
ムソンさんのためでも王様のためでもない。俺たちの誰かに、大護軍を裏切る奴なんているわけがないから。

「俺が一番怖いのはそれだった。倭寇が憎くて作り始めたけど、でも悪用されたらどうしようって。
諸刃の剣って事は判ってるんだ、自分でも」
難しいことは分からずに黙っていると、ムソンさんは何度もうなずく。
「やっぱり俺は正しい人を選んだ。大護軍様のご婚儀の時も思ったけど、今日確信しました」

当たり前だ。高麗で火薬を取り扱うのに、大護軍以上に信用できる人なんていない。大護軍以上に正しく使える人がいるわけがない。
「来てくれてありがとう、テマンさん」
目の前で年上のムソンさんに頭を下げられるけど、意味が分からない。
あっけに取られた俺の頭が何の気配もなく後ろから急に軽く叩かれる。
「先に始めろと言ったろ」

気配もなかったし、避ける間もなかった。
その声に慌てて振り向くと、座る俺の横を風みたいに通った大護軍が椅子に腰かけるところだった。
「何を見つめ合ってる、男同士で」

何を話してたかは、少し照れ臭くて言えない。
俺とムソンさんはまっすぐ合わせてた目を、それぞれ別の方へそらした。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    さらん様
    テマンがどれだけヨンを好きか、どれだけヨンを大切に思っているかが、ひしひしと伝わってきます。
    春が来たら冬の寒さを忘れていい。次の冬には寒さの過ごし方がわかっているから・・・う~ん、座右の銘にしたいくらい(≧∇≦)
    そしてヨンにはウンスがいるから心配ない!
    涼しい顔で一番大きな苦労を背負い込むヨン。決して人任せにはしないで一番よく動くヨン。
    だからヨンのまわりには、ヨンの為なら命をかけられる人ばかりで、そしてその命を何より大切に思って守ろうとするヨン。
    テマンの頭を叩きながら「何を見つめ合ってる、男同士で。」
    さらん様のヨンが言いそうだわ~(笑)

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