「トビムシの毒、らしいんですけど」
薬房の中。
アトピー性皮膚炎の男の子の診察を終えたドクターに、腕の包帯をほどきながら皮膚病変箇所を見せる。
ドクターは台の上の腕を注意深い目で確認しながら、チャン先生と同じ診断を下す。
「飛虫の毒なら、解毒薬はなく」
チャン先生を疑った事はないけど、セカンド・オピニオンもこれなら、もう確定ってことよね。
分かってる。絶望なんてしない。ただ無性に腹が立つだけよ。
「・・・やっぱりね。あいつ、絶対許さない」
ドクターはそんな私をなだめるためか、慰めるためか
「しかし鍼治療で、かなり痛みは抑えられますよ」
皮膚状態を何度も確かめながら、そう教えてくれた。
「毒に鍼治療ができるんですか?」
内服薬でも外用薬でもなくて、鍼?
私が驚いて確かめると、ドクターは自信あり気な穏やかな顔で頷いた。
「ええ、出来ますよ」
こうやって何も知らない自分の力不足を思い知らされるのよ。
解毒に対して外科的アプローチでも内科的アプローチでもなくて、鍼治療。ろくに打ったこともないのに。
「教えてもらえませんか?苦しんでる姿、見せたくない人がいて」
たとえこれからどうなるにしたって、一緒にいる間は絶対にイヤ。
あなたにこれ以上心配かけるなんて絶対に。
そんなことになれば、それこそあの徳興君の思い通りじゃないの。
ドクターはそのお願いを聞いて、いたずらそうな顔でにこりと笑う。
「良いでしょう。美人ですから特別に」
*****
駆け付けた薬房前。
金色の秋の陽の中、幼子のよう膝を揃えて座り込む姿。
通りを隔てた俺を見つけると、あの方は明るい顔で手を振った。
見渡す限り、即座に襲い掛かって来るような姿はない。
間に合ったか。
そのままあなたへ駆け寄ると、手を差し伸べて立ち上がらせる。
無理だ、端から。あなたが大切なのに気を散らした俺が悪い。
此度は間に合ったから良い。しかし単なる運だった。
こうして戻る前に無防備に座り込むあなたが攫われても、何の不思議も無かった。
こんなに肝が冷える思いをするなら、もう何も考えん。
恨が積もろうが、国が揺らごうが、兵が無礼な振る舞いをしようが。
あなたを失う事に比べれば何もかもどうでも良い事だ。
二兎を追う者は一兎をも得ず。俺にとって大切な兎は此処に居る。
薬房前から繋いだままの小さな手を引き先を急ぐ。
逃がすと決めたなら一刻も早く、一寸でも遠くまで。
背後の気配は着かず離れず。
仕掛けて来るなら、兵に溢れるこの邑を抜けてから。
敢えて人から離れ、邑から山道へ再び険しい道を取る。
そして木の影に先刻の弓を背負った三人の男らを見る。
山道の利点は遮蔽物。
武器が弓では余程の名手であっても、周囲の條々に遮られ思い通りに射るなど無理。
この山道、続く林道、その一本道が入り込む先は岩場。
相手が弓遣いなら、戦場としては理想的な場所。
この先に割り込む道はなく、射っても木々や岩に邪魔される。
己の得物も考えずこうして誘い込まれる事自体、戦に慣れているとは思えん。
手を引いて道を急げば、横のあなたの息が苦し気に上がる。
「先に」
道の真中で一旦足を止め、あなたを先へと急がせる。
僅かでも刻稼ぎを。
あの人相書きを読んで狙う者なら、俺が武芸の名手であり、帯刀し、内功まで操ると知っている。
奇轍。大々的に煽り文句を書かれた分、利用させて貰う。
案の定だ。
遮蔽物も無く俺を射貫ける場所で睨み合っても、追手は距離を取ったまま、射る気配は無い。
様子伺いか、若しくは怖れているか。何方でも構わん。あの方が少しでも離れれば。
暫しの睨み合いの後で踵を返し、あの方を追って林道を駆け抜ける。
それでも男達は未だ射る気配を見せず、距離を取って追って来る。
*****
あなたと共に岩場を抜ける。
大きな岩を不安定な足取りで乗り越えながら、その息は未だ苦し気に上がったままだ。
振り返りつつ脇を護って進んでも、矢の一本すら飛んで来ん。
まだ距離は保ったままという事か。
しかしこの方を連れ、飛んで来る矢とその足取りの双方を警戒して岩場を抜けるにも限度がある。
何方から注意が逸れても危ない事になる。
これ以上は無理と判じ目印になりそうな立木の影、すぐには見えぬ岩陰に小さな体を隠すよう押し留める。
「此処で。動かず」
「・・・動けって言われても、もうムリ・・・」
精根尽き果てたよう切れた息の下で言い、あなたは其処へ座り込む。
離れたくない。
それでも此処で二人、ただ射掛けられるのを待つ訳にはいかん。
後ろ髪を引かれる思いであなたを残し、今来た岩場を駆け戻る。
追手が来れば斬るしかない。迷ってあなたを危険に晒すくらいなら。
SECRET: 0
PASS:
ほんと 毒男ムカつく
解毒薬も無いくせに バカヤロー!
ちんまり座って 自分を待っていてくれる
ウンスの姿は… か、かわいい
無事でなにより
離れるなんて 無理だ~!
だけど 次々来られちゃね
こまるわ~