2016再開祭 | 夏白菊・柒

 

 

ぎこちない飯を終え酒幕を出た帰り路、尾けて来る者は無かった。
周囲の気配には注意していた。テマンも気を張っていた。
絡む事が事だ。刺客であれば見落とす間抜けではない。

嗅ぎ取ったのはムソンを送り届け、テマンと二人暗い道を碧瀾渡の町へ向けて戻っていた時。
テマンがムソンの宅へ戻った後、一人追手を引きつけつつ考える。

となれば近付く気配は夜盗のものか。今は目立たず揉めぬのが得策。
金で片が付くなら懐の銭をくれて、どうにか遣り過ごすのが最善だ。
すぐにでも投げつけてやろうかと懐へ手を入れ、其処に突込んだ銭の袋を握って鳴らす。

この懐にはそんな端金よりも余程大切な物が収まっている。
銭を奪いに懐に手でも入れられて、その竹筒を奪われる方がまずい。

徐々に近づく足音に耳を澄ます。川石を踏む足音は複数。
入密法の耳を持つでもない俺に正確な数は聞き分けられん。
それでも背後の気配を探ろうと、内気を開いて深く息を繰り返す。

内功遣いでない限り負ける気はしない。問題は俺達でなくムソン。
火薬の扱いに慣れてはおっても剣を振る事が出来るのかは知らん。
素知らぬ顔で川沿いの脇道を、昼に辿った時とは逆に碧瀾渡へ下る。
水面に碧瀾渡の灯でも映れば多少は戦いやすくなる。

斬り倒すのが吉か。生け捕るのが先か。単なる夜盗なら気絶させる程度で充分だろう。
此方に目が向くうちに足止めをし、ムソンを確かめ無事ならそのまま碧瀾渡を抜ける。

予定より半日早いが仕方ない。遅かれ早かれこうするつもりだった。
此処で騒ぎになれば一晩とはいえ、奴を此処へ置く訳にはいかん。

ようやく遠くに見えて来た碧瀾渡の薄灯。高麗一の港町は、夜遅くまで眠らぬらしい。
夜市の灯か、酒楼の篝火か、闇の中で浮かび上がるような仄灯を頼りに足を止める。

頼りないとはいえ、墨のような闇を歩いて来た眸には充分明るい。
川石を鳴らして振り向けば尾けて来た男は三人。
人相の悪さは暗がりでも見て取れた。笠で顔を隠すでもなく不穏な気配が漂うでもない。

明らかに物盗りだと、逆に安堵する。
碧瀾渡辺りによくいる手合いの、虚仮脅しで金品を奪い取る奴らだろう。
此処まで見通せればそろそろ良い。
「何か用か」

最後の一歩を鳴らし振り向いて問うた俺に、奴らが先刻までより大胆に詰め寄った。
此方は一人、自分らは三人。数に任せて勝機と見込んだか。
それでも警戒するように周囲を見回し、男の一人が口を開く。
「もう一人はどうした」

語るに落ちる、つまり奴らは俺とテマンしか見ていないという事だ。
一先ずムソンは無事だろう。最初から二手に分かれていない限り。
「途中で逸れた」

口からの出任せに俺へ近寄ると、男の一人がゆっくり言った。
「それなら探してやろう」
その言葉を受けて、二人目が下卑た笑いを浮かべた。
「ああ、そうしよう。だから駄賃を寄越せ」

三人目は黙って俺を見ている。つまり一番の腕利きと言う事だ。
ああ面倒だと思いつつ、素直に懐へ手を突込む。
これで去ねば善し。
さもなくばテマンとムソンの合流を待ち、その足で碧瀾渡を抜ける事になる。

「駄賃か」

先刻の酒幕の支払いの後で持ち金は然程多くない。
それでも夜盗のこいつらにしてみれば、それなりの実入りになる。
少なくとも今宵は、他の者を襲う必要のない額だ。

川石の上に重い音を立て投げ出された銭入れに、驚いたような男らの目が当たる。
剣を携えた俺がそれを抜きもせず、素直に黙って銭を投げ出したのが不審なのか。
地に転がったままの銭入れと、此方を比べ見た後に男の一人が袋を拾い上げた刹那。

「その手を離せ!!」

暗がりから叫びながら二つの足音が入り乱れるように近づいて来た。
聞き慣れた足音だから二つと判る。その声に男達が一斉に振り返る。
「汚い手で大護軍様の銭に触るな、この野郎!!」
「止めろムソンさん!!」

落ちた銭入れを守るように、身を投げ出したのはムソン。
俺を知り、何をすると伝えずとも肚裡が通じるのがテマン。
突然の二人の闖入者に、一番後にいた三人目の男が懐から短刀を抜く。
気付いたテマンは、袖口に仕込んだ手刀を振り出そうとした。

しかし振り出せば地面のムソンを抱き止める事が出来なくなる。
テマンの顔に一瞬の躊躇と焦りが過る。
遅れて振り向きムソンへ刀を向けた一人目の腹を鬼剣の柄で思い切り突く。
そのまま二人目の蟀谷を鞘で力一杯殴りつける。
「テマナ!」

一人目二人目は銭入れに気を取られ、鬼剣の鞘の届く範囲にいた。
しかし三人目だけは離れていた。
そうだ、鬼剣の届く範囲から離れていた。
つまり俺の剣の腕をそれなりに見抜いていたという事だ。届く範囲に近寄るべからずと。

二人目の蟀谷をぶん殴り、その男が倒れ込んだ処で顔を上げた俺の眸に映る、碧瀾渡の夜の河景色。
反撃よりもムソンを庇うと抱き止めた、テマンの小柄な黒い影。
そのテマンの背を斬りつけようと振り上げた夜盗の男の刀の光。

碧瀾渡の遠い薄明りの中に、飛び散る黒い飛沫。
「テマナ!!」
碧瀾渡への暗い夜道。礼成江の川面に声が響く。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

2 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    エッ!
    テマン、斬られてしまったの?
    ムソンを護ろうとしたのね。
    テマンの腕なら、その辺りの男ならやっつけられるもの。
    背中から血飛沫?
    大変ですよ。
    縫う必要があるなら、早くウンスの元に帰らなくちゃ。止血できるかな。

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です