2016 再開祭 | 閨秀・拾伍

 

 

医仙に教えられながら摘んだホッケの実。
おまけに全員で木の皮まで毟るよう言われた時には大層驚いた。
木の皮の入った茶など、今まで聞いた事も無い。

天のお方は、目にした事も無い馳走ばかり召し上がっているかと思っていた。
だが選りによって、木の皮入りの茶だなんて。

兵舎の中庭に据えた焚火の上。
大甕で茶を煮出しながら真剣な顔で甕の中身を見つめた医仙は
「トクマン君。このお茶を煮出す時は念の為、蓋はしないでね?」

焚火の勢いのせいか、額に薄い汗を浮かべておっしゃった。
そして煮出した茶を注ぐ椀を準備しながら
「お茶は調合しておくから、夜勤のみんなが帰って来たら煮て飲めるようにしておいてくれる?」

そうおっしゃいながら、抱えきれない程の椀を載せた大きな盆をお一人で持ち上げようと腕を回す。
「医仙!それは無理です!俺達が」
俺とチョモが医仙を見て、慌てて両脇から盆を支えて持ち上げる。
医仙は俺達二人に等分に笑いかけると
「あー。思ったより重くて内心ビックリしちゃった。ありがとう。もう出来たから、みんなを呼んで来てくれる?」
おっしゃる割に全く驚いた顔もせずに、頭を下げて下さったけれど。

この方はどうしてこう、俺達の気を揉ませるのがお上手なのだろう。
隊長はよくこの方と、あんなに平然とした顔で共に居られるものだ。
階段からは落ちそうになるし、盆をお一人で持ち上げようとするし。

チョモと二人、非番の奴らに声を掛けようと暮れ始めた空の下を兵舎へ歩きながら考える。

いや、よくよく思い出してみれば、もっと以前からそうだった。
隊長に内緒で、何度も逃げ出そうとされるし。
初めて兵舎にいらした時から足を剥き出しにして、隊長に向かって平気で口答えはされるし。

この方はすぐに天界に帰ると思っていた。
少なくとも迂達赤が関わり合いになる方とは思わなかった。
王命で隊長が仕方なくお連れしただけで、王妃媽媽のお怪我の治療が済み次第帰ると思っていた。
もっと正直に言えば、俺達の隊長が医仙をお連れして以来、余りにも変わった事に驚いていて。
まだこんな状況について行くのに精いっぱいだ。

初めて迂達赤にいらした時の、今より若かった隊長をはっきり覚えている。
風来坊のように手ぶらで、供も付けずふらりと独り、迂達赤に現れた隊長。
まるででかい猫か虎のように、陽だまりの窓際で寝ていた隊長。
俺達がどれだけ起こそうとしても、決して起きて来なかった隊長。

いつでも俺達だけを守って、自分はいつ死んでも構わない顔をしていた隊長。
掌から雷を放ち、剣を握れば迂達赤どころか高麗に並ぶ者が無い程強い隊長。
気短で無口で、烈火の如く怒鳴るか貝のように押し黙るかだけだった隊長。
なのに医仙と一緒にいると、今まで俺達に見せた事のない顔ばかり見せる。

だからどうして良いのか、分からなくなる時がある。
俺などが見てはいけない顔を見てしまったようで困る。
今もそうだ。
すっかり暗くなってから兵舎に戻った隊長は、中庭に据えた甕の周囲で医仙の茶の御相伴に与る俺達をぐるりと見渡す。
いつもなら鍛錬するか体を休めろと怒鳴る筈だと身構える俺達を尻目に、何故か穏やかな顔で甕の前に立つ医仙へ歩いて来る。

一斉に頭を下げ帰館を迎えた俺達に軽く頷くと、甕ではなくその前の医仙を驚くほど優しい顔で見る。
きっと俺達には知られていないと思っている。
それとも知られようと構わないと思っている、どちらかなんだろう。

「お帰りなさい、隊長」

そう言って笑う医仙の顔を見詰める隊長の視線。
いつもなら兵舎の庭で飲み食いするなど考えられない隊長が、黙って椀を手に医仙の茶を飲み干す姿。
そして椀を干した後、医仙に向けてほんの少しだけ唇の両端を上げる笑顔。

理由も無いのにほっと胸を撫で下ろす。隊長と医仙が笑い合う事に。
何故なんだろう。御二人が一緒にいるのが当然のように思うからか。
それともずっと一緒に居て欲しいと、俺達がこれ程強く望むからか。

判らない。何故こんなに怖いんだろう。

一度は逃げた医仙に御伴したからか。また逃げると疑っているのか。
一度は帰る方だと思ったせいか。帰ってしまうと思い込んでるのか。
それとも気短な隊長が気を変えて、医仙に怒り出すとでも思うのか。

笑い合う御二人が闇の中の篝火に照らされて、お倖せな筈なのに危うげに見えるせいなのか。

判らないけれどとても不安で、俺は微笑みあう御二人をただ見つめた。

 

 

 

 

2 件のコメント

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    傍からみても いい雰囲気♥
    ウンスがなにか やらかすか、
    テジャンが怒るか?
    ウンスが泣くか、テジャンが怒鳴るか?
    …etc.
    このまま でない
    続かないのは わかるのね
    なにか 感じるのよね(。•́ωก̀。)グスン

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