「いや、俺達は出先で」
俺の声は微笑みで黙殺され
「食べて行くわよね、テマナ?もちろんヨンアも。座ってて、すぐ用意する」
朗らかな声で一方的に言うこの方が席を立ち、口を挟む間もないまま居間の続き扉から厨へ消える。
テマンは申し訳なさ気に縁側から居間へと上がり、卓の端へ座り込むと背を丸めて小さくなった。
「す、すいません大護軍、俺」
「・・・構わん」
互いに眸を逸らし呟き交わす。こんな気まずい席は初めてだ。
「お待たせー、ちょっと手伝ってくれる?」
厨へ続く扉から聞こえた声に、天の助けとばかり俺達は同時に腰を上げた。
*****
「さあ、食べましょ。タウンさんのご飯だから安心してね」
明るい声だけが響く朝餉の卓。
元気良く箸を運ぶ手許に息を吐き、仕方なく箸を取り上げる。
「テマン、ちゃんと食べてる?」
「は、はい」
「独身男性は栄養が偏りがちだから。すぐ外食に頼るし・・・テマンはお酒を飲むところ見た事ないから安心だけど。
野菜もお肉もお魚も、きちんとバランスよく食べるのよ?」
「え、ははい」
「もっとうちに来てくれればいいのに。そしたら私の心配も減る。
忙しいのも分かるけど、ヨンアもたまには強引に引っ張って来て。
そうじゃなきゃ来にくいでしょ?ね?」
「あ、の」
この方の息もつかせぬ声の礫を浴び、テマンは困ったように口籠る。
あんな場面を見た後にこんな小言を言われながらでは、喰った気にもならんだろう。
さすがに窘めようと箸を止め、正面のこの方へ声を掛ける
「イムジャ」
「で?何が問題?」
俺の声にこの方は、ぱちりと音を立てて箸を卓へ戻す。
「家族でしょ?ねえテマン、私たちが仲良くするの見るのはイヤ?」
再び水を向けられたテマンは、正直に首を振った。
「そ、そんなこと、そんなことありません!うれしいです!」
この方は我が意を得たとばかりに頷くと、続いて俺へ視線を当てる。
「ヨンアは?私と仲良くしてるのを家族に見られると恥ずかしい?」
その言葉に、俺も手にしていた箸を静かに卓へ戻す。
「そういう訳では」
「じゃあ、どういうわけでそんなにイヤがってるの?」
「親しき仲にも礼儀ありと」
「私だってわざわざみんなの前を選んではしないけど、そこまでイヤがることないじゃない?まるで私、嫌われてるみたい」
宅内でまで今更名目だ面子だと、堅苦しい事を言うつもりはない。
警戒していないから奴が駆け込んで来た気配に気付くのが遅れた。
しかし家族だからと、全て明け透けに曝け出すつもりもない。
誰にも秘めておきたい想いがあるのは、この方には伝わらんらしい。
秘めておきたい。口には出来ん。
ただ曖昧に首を傾げ卓上の茶を取り上げると、言の葉の欠片と共にそれを飲み下す。
*****
俺を探すなら碧瀾渡で、火薬屋ムソンと言ってくれれば良い。
奴の言葉を思い返しながら碧瀾渡の町の入口で馬を預け、テマンと歩き出した市。
晴れた春の空の下、市は行き交う人波で活気に満ちている。
春になり潮目が落ち着き船が着いたのか、見慣れぬ衣を川風に靡かせた大食国人の姿も多い。
賑やかしさの中、何気なく懐から取り出した手裏房の号牌を帯へ括ろうとした刹那。
通りの向こうから擦れ違った行商人らしき男が足を止め
「旦那旦那、ちょっと見てって下さいよ」
客引きをするように軽い口調で言って、抱えた籠を差し出した。
怪しい気配は無い。
脇のテマンも何も感じぬのか、俺の顔を覗いて首を振る。
「ご用は」
抱えた籠を見せるついでのよう、行商人を装った男は周囲に届かぬよう低く問うた。
「火薬屋ムソン」
その問いに低く返した俺に
「呼んで来ます」
男は何事もなかったかのよう抱えた籠に布を被せ
「目が高いね、ちょっと待ってて下さいよ旦那!」
賑やかな声を残すと、人波を掻き分けて消える。
この号牌の威力は絶大だ。
さすが手裏房と消えて行く背を視線で確かめ、俺とテマンは通りの人波を外れ脇の細道の入口へ立つ。
待つ程無く走って来る一人の男の姿。相変わらず見た目には全く気を使わぬらしい。
蓬髪を馬の尾のように一括りに纏め、擦り切れた麻の上下衣の男は俺を見つけると
「大護軍様!どうしたんです」
そう言って一目散に俺の許へと駆けて来る。
半歩後に控えていたテマンが、俺の半歩前へと一歩出る。
そこで初めてテマンに気が付いたムソンが、
「あれ。確か大護軍様のご婚儀で」
言いながらテマンへと小さく頭を下げる。テマンも奴の顔を思い出したか、黙って頭を下げ返した。
次に風の匂いを嗅ぐように鼻を少し上に向け、その目が奴を、続いて俺を見る。
その嗅覚は獲物を追う狼並みか。風の匂いを嗅いだだけで獲物の居所が判る。
今のテマンは明らかに、嗅ぎ付けた匂いに驚いている。
常人では嗅ぎ付ける事も出来ん、ムソンの衣に染みついているだろう火薬の匂い。
あの婚儀の日、ムソンは懐に火薬を入れて宴会に現れたが、テマンとは顔合わせをしただけだ。
俺を介して会ったからか、若しくは婚儀に向けて気を張っていたか。
あの日テマンはムソンに対して、特に警戒していなかったのだろう。
黙ったまま顎だけで小さく頷くと、テマンはそれ以上何も問わず半歩後に戻る。
ムソンは俺達の無言の遣り取りには気付かぬまま、此方を不思議そうに眺めた。
「今回は急ですね、何かあったとか」
「お前の住いを見たくてな」
「ただのあばら家ですよ。古くて汚い。風が吹いたら倒れそうな」
こいつらしい物言いに咽喉で笑い、軽口を遮って歩き出す。
「案内しろ」
「ええと、じゃあ、こっちです」
それ以上の有無を言わせぬ声にムソンは目を白黒させて、慌てて後を追って来た。
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仲良きことは 素晴らしきかな…
ちょっと お年頃のテマンには
ちょっと刺激的なのかな?
ヨンは ウンスとのことは
二人っきりで( ´艸`) 家族でも
秘密にしたいのよね ふふふ