2016 再開祭 | 婆娑羅・27

 

 

「さあな、って他人事かよ?!ウンスさんだって、よくこんなとこで耐えられるね。
わざわざ帰って来る気持ちが判んないよ」

信じるからそれ以上は言わん。
疑わんからそれ以上は答すら無い。
短い返答はカイにとっては不満だったらしい。

腕を組みそれ以上を言わぬ俺に業を煮やしたか、カイの矛先は俺の横のこの方へと移る。
矛先を向けられて、この方は目を丸くした。
「え?」
「ありえないでしょ。俺達一応文明人だよ?刺客だの夜襲だの」
「・・・ああ、ねー。最初はそうよねー」

この方もまるで他人事のように口の中で呟くと、小さな手で俺の指先を握る。
攫われたばかりの頃を思い出すのか、それとも俺が思い出すのを懼れるのか。
そうして握り、声を続ける。

「私も毒を2回盛られてるしね。誘拐もされたし。あ、相手はカイくんも知ってる男よ。徳興君。
恭愍王の叔父さん。歴史上にもいたでしょ?それからキチョル。奇皇后のお兄さん」
「・・・はぁ?」
この方が空いた片手の指を折り伝えると、カイは間抜けな声を上げた。

「ど、く?徳興君・・・キチョル?奇轍、って、奇皇后の実兄の?」
「うん。2回目はさすがに私もダメかと思ったわ。この人がいてくれなかったら今頃、尻尾を巻いて天界に帰ってたかも。
最初にキチョルに誘拐された時なんて、この人が敗血症から回復の瀬戸際だったのに、無理矢理連れてかれちゃって。
ね、ヨンア」
「・・・はい」

思い出すたび肝が冷える。本当にそうだ。
この聞き分けのない方を担いででも天門へ連れて行き、開いた途端に投げ込んでやろうとまで思った。
生きろ。生きてくれ。生きてさえ居てくれればそれだけで良い。
最初は己の誓いから、そして最後はこの方への愛おしさで何度も呟いた。

あなたがこの空の下の何処かで笑っていると判ればそれで良い。
あの時天界の薬瓶と共に託された声は俺の中でいつまでも響く。

死なないで。

そうだ。俺もあなたに伝え続ける。あの黄色い一輪の花と共に。

死なないでくれ。

こうして戻っても、久遠の誓いを結んでも気持ちは変わらない。

生きてくれ。死なないでくれ。俺が護るから。
あなたが笑えるこの国を、俺は必ず作るから。

「ちょっと待って。毒とか誘拐って・・・ウンスさんがここに帰って来た後のこと?
モンゴルに行って、帰って来たって言ったよね?」
カイは前のめりの勢いで半身を倒し、卓越しにこの方へ詰め寄った。
「よく覚えてるのね。本当に記憶力良いんだ」

この方は妙な処に感心しつつ、笑顔で言った。
「前よ。初めてここで過ごしてた頃」
「そんな事まであったのに、わざわざここに戻って来たの?!」
「うん」
カイの声音に平然と頷くと
「だって愛してるんだもの。カイくんなら見捨てる?自分が多少面倒な目に遭うからって?
そこにいるべき愛する人を見捨てて、自分だけ安全な場所に逃げられる?」
「それは」
「喜びの時も悲しみの時も。富める時も貧しき時も。病める時も健やかなる時も。
私達の世界でも言うじゃない?知ってるでしょ?」
「言うけど、それは言葉の綾でしょ?そんな事言ってたらキリがないし、この世に離婚なんてないよ!
いや、例え2人の間が変わらなくたって、環境や状況が変われば人間の気持ちだって変わるだろ?!」

この方が落ち着いて話そうとするほどに、カイは激昂していく。
興奮し声を高めたカイに、困ったようにこの方が笑みを浮かべる。
「そうね。口先だけで言う人も、状況次第で急に気持ちを変える人も確かにたくさん知ってるわ。
でもこの人は私にとって、そんな軽々しく扱える、簡単に忘れて見捨てられる人じゃなかった。
大切なんだもの。自分の命より、ずーっと大切な人なんだもの。
やっと逢えたんだもの、奇跡みたいに。さっきのみんなだってそう。
気持ちが変わるなら、もっと前に変わってた。だからそんな事、起きる訳ないの」

今日のこの方は随分と饒舌だ。
此方の耳朶が熱くなるような言葉を重ね、懸命にカイへと語る。
「だからお願い。この人やみんなを疑わないで。カイくんがそんな事したら悲しいし、許せなくなるかもしれない。
せっかく偶然会えたんだから、出来る限り楽しく過ごして、無事に帰って欲しい。
その為にこの人もさっきのみんなも守ってくれるから。それは分かってくれる?」
「カイ」

この方の声の途切れた処で、低く声を挟む。
「何、チェ・ヨンさん」
「委細を知りたがっていたろう」

先刻仕舞いこんだ手裏房の飛書を取り出して、卓向こうのカイへ示す。
奴はその文を指先へ拾い上げると、穴の開く程に凝視した。
「黒幇って?」

この方は苦手故天人が読めるかどうか半信半疑だったが、カイは飛書の漢文を読んだようだった。
「刺客」
「完者ってあれ?奇皇后の中国名。完者忽都だよね?」
「・・・博識だな」

天人でなくば密偵と怪しむ処だ。皇宮でも其処まで知る者は少ない。
さすがの天界の知識に内心で舌を巻く。連れて開京へ戻れば、さぞ王様の力となるだろう。
だがそうすれば唾棄すべきチョ・イルシンや奇轍と同列に成り下る。

「で、天人っていうのは俺か、ウンスさんの事なわけだ」
「ああ」
どれ程を眺めても書かれた墨文字は変えられぬと諦めたか、奴はようやく握った飛書を此方へ戻した。

「つまりは信じられないけど・・・俺かウンスさんが、あの奇皇后に命を狙われてるってわけだ。
それでみんなが守ってくれてるんだね?」

その声に頷きながら返った飛書を書筒に戻し、懐へ投げ入れる。
もう蝋燭の灯が頼りの刻になった。
先刻まで眼下に霞んでいた夕景は、すっかり薄闇に沈んでいる。
今宵の雪は未だ舞い始めない。

夜が来る。長く昏く、寒い冬夜が。

「狙ってる理由は?」
カイは未だに得心の行かぬ様子で、窓外を眺める俺に喰いついて来る。
「さあな。この方への逆恨みか、お前の天の力が欲しいか」
「それすら判んないのかよ」
「判らん」
「判んないのに戦うわけ?」
「そうだ」
「ウンスさんと俺を守る為に?」
「ああ」
「ウンスさんならともかく、俺なんてたかが迷子じゃん。無関係の俺の為にここまでやんの?」

俺の指先を握り締めたままの温かな細い指先を、きつく握り締め返す。
あなたのそれらが判っていると言うように、この指の間に優しく潜る。
明日も明後日もこうして握る。
今は白く部屋に漂うこの息の最後の一つを吐き出し終えるその時まで。

言の葉を並べ立てる事に意味は無い。ただ此処に居て、信じて欲しい。
俺も奴らもあなたを護る。決して裏切る事はない。その命の最後まで。
そしてカイだけを見捨てれば、あなたは決して俺を許さない。

目の前の全ての命は平等と、奇轍や徳興君は疎か自身を捕らえに来た元の使臣にまで言い放った方だから。
俺を弑す可能性があると判っていながら、涙を流し拒んだあなたに、双城で成桂の治療を頼んだ俺だから。

「やる」

短く応えると、指先に包むあなたの指に優しい力が籠る。
目許を綻ばせた俺の頬に、あなたの温かな掌が当たる。
顔色を確かめ額へ、そして頸へと移る温もりを肌の上に追う。
最後に手首の血脈を計り、三日月になった瞳に頷き返し眸を閉じる。

此処から先は俺の本領だ。
耳を澄ませ。空から雪の舞い始める音すら聞き分けられる程。
如何に手練れの刺客といっても人だ。音も無く兵舎に忍び込む事は出来ない。

この方を横にした俺が負ける訳が無い。
来るが良い。命が惜しくないのなら。

 

 

 

 

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