2016 再開祭 | 婆娑羅・2

 

 

爪先に当たり止まった板を拾い上げる。
カイという男は未だ目の前の天門を睨み、もう一度立ち上がる。
俺の処まで足早に戻るとこの手から板を取り返し、決意に満ちた顔で再び真直ぐ天門へ向かう。

結果は同じだ。
まるで見えぬ手に圧されるように飛ばされ、カイが地へ尻を着く。
二度、三度。

男の項あたりで結わいた金の髪が乱れる。
目に掛かる髪を首を振って飛ばし、再び立ち上がり四度。

「止めろ」
掛けた声は風に消されて届かないのか。
カイは立ち上がり尻を叩くと呻くように呟く。
「行くんだよ」

そう言って小走りに天門へ向かい、そして弾かれて。
俺の横、この眸を見上げたあの方の瞳が驚きで見開かれる。
「・・・何で?」

細い指が天門の光を指す。
「開いてる、わよね?」
「はい」
「あの時。キチョルの時と、同じ」

あの時。丘で無理に引き離されたあの時。
思い出したのだろう。最期に奇轍と共に居たのはこの方だ。
「止めて・・・」

天門を指した細い指が落ち、次にこの指先を手探りで握り締める。
その冷たさに尋常でないものを感じ、目前の男からこの方へ視線を戻す。
「止めて、ヨンア。お願い。きっと今じゃない。あの人が帰れるのは今じゃないはず。そういう意味なの」
「はい」

その声にそっと指を解き、天門に挑み続ける男へ向かう。
この方を守るよう再び半円陣を組むチュンソク達を其処へ置き。

迂闊に門に近寄って迷い込まぬように距離を取る。
俺が肩に手を置くと、男は鬱陶しそうにその手を振り払い、次は無我夢中で突込んで行く。
何度試そうと同じだ。烈しく突込んだ分の反動はでかい。
「何でだ」

案の定、弾かれてそのまま地へ転がり土埃塗れになった男は、風の中に吠えた。

「何でだよ!!」

 

*****

 

「王様」
謁見に訪れた康安殿。
珍しい三名での謁見のお願いに訝し気な御目が、長卓に控えた俺とチュンソク、最後に俺の脇のこの方を順に確かめる。
「・・・勢揃いだな。何があったのだ」
「天門の開く予兆ありと」
「天門・・・」
「王様?」

堪え切れなくなったのか、この方が王様の御声を途中で遮り卓へと身を乗り出した。
「おかしいです。少なくとも私が知る限り、こんなに頻繁に開いたりするわけないのに。
太陽黒点が関わってる事は間違いないはずです。私の計算が間違ったのか、それとも他にも条件要素があるのか・・・」
「おっしゃる事は寡人にも判ります。確かにこれ程容易に開くなら、医仙が戻るのに四年もかかる筈はなかったろう」
「はい。ただその4年も、私がいた所では1年でした。最初にここで過ごした1年も、私の世界ではそれ程長くなかったし・・・」

この方の声に頷きながら、王様は渋い御顔でおっしゃった。
「太陽という事なら詳しくは書雲観も交え、話し合う事が必要かと。しかしまずは此度の天門の一件、大護軍」
「は」
「元側は未だ、天門の気配に気付いてはおらぬのか」

その御声に首を振る。
「今の処は動き無しと」
「静観か、国力不足か・・・」
「王様」
天門の只ならぬ動きに黙っておられぬか、今日のこの方はしきりに口を挟み入れる。

「計算上、次に開くのは60年くらい先のはずでした。だけど現実に私はこうやって4年後に帰って来てる。
そしてまた今回開くなら、私が知ってる以上の何か、他の条件があるはずです。
高麗って確か、天文学はすごく進んでいますよね?」
「天文、とは」
「ああ、太陽や月や星を観測したり、日食や月食を・・・」
「確かに瞻星台では、書雲観が新羅の頃より天の動きを見ているが」
「その人たちと話すことって、出来ますか?」
「満月台にある故すぐにでも。何かお気づきか、医仙」
「今はハッキリとは・・・まず王様、今回本当に天門が開くかどうかを確かめに行ってもいいですか?」
「御自身でか」

突拍子もない願い出に、王様は驚かれた様子で御目を瞠る。
「大護軍」
「は」

その御目がどうするべきかまだ迷うておられる。
眸で小さく頷き返すと漸く御心を決められたか
「医仙を必ず無事に御守りせよ。迂達赤隊長」
「はい、王様」

続いて呼ばれたチュンソクが頭を下げる。
「天門については国の動きにも関わる。隊長は医仙、大護軍と共に出向き、仔細を確かめ報告せよ」

王命は下った。結局こうして、またもこの方の思惑通りに。
出向く以上は一刻も早く。
俺達は其々立ち上がり、王様へと向け深く一礼した。
「王命、承りました」

 

あの日のこの方の言葉。開く筈が無かった。
そして眸の前のこの男。来る筈が無かった。
しかし今、目前で開いた天門が渦を巻き、確かに其処から出て来た男は帰る事が出来ず吠えている。

何故開いたのか。何故入れぬのか。何が理由か。見当もつかずに首を捻る。
少なくとも判っている事が一つ。俺はこの方を無事に護れと王命を受けた。
そしてチュンソクは天門の仔細を報告せよと。

あの時と、同じ。きっと今じゃない。そういう意味なの。

あなたの声が頭の中で渦を巻く。
今で無くばいつなのか。それが判るまで離れられぬのか。

風の中、あなたは黙ったまま地に座り込む男を見ている。そして俺もチュンソクも、国境隊の兵達も。

天門は開きさえすれば、必ず入れるものと思い込んでいた。
入れば必ず何処かからは出られるものだと信じ込んでいた。

俺だけではないだろう、全員が皆同じ事を考えていた筈だ。

この方を迎えに行く為王命を受けた時、俺に迷いはなかった。
王命だ。辿り着けずとも戻れなかろうともその時はその時と。

風の中、横のこの方へと眸を移す。
あなたが門を通る度に起きたその委細を確かめねばならん。
書雲観など挟む暇はない。今すぐにでも確かめねばならん。

少なくとも此処へ来た理由の判らぬ男が目前にいる以上は。

 

 

 

 

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